014 新大陸の魔族
前触れはバイコーンたち反応だった。
切り株をひく馬たちが一斉に綱を落とし、笹穂型の耳を立てて、同じ空の方向を見たのだ。
「あ?」
『なに?』
「ぶるる(我が主、敵襲です)」
太陽が山影に入っていく間際、光と陰の境で一瞬だけ星が生まれた。
バイコーンたちは散るように駆け出して森の中に飛び込んでいき、ハレテフククルがクロスの前にでる。
ハレテフククルの巨体の影にすっぽりと隠れてしまうなか。
「ヘンリエッタを守れ」
命令を置いてクロスは瞬発した。
飛来したのは百を超える矢の雨だ。
その上、逆光ながら山際上空にポツポツと滞空する人影を視認した。
それに向かって一歩で十五、二歩で六十メートルに至る。一瞬で広場を抜けたなら、その身をピンボールゲームみたいに弾きながら森の中でさらに加速した。
矢の雨を潜り抜けた。
仕掛けは『力場操作』スキルの重力場制御だ。
自分に係る重力を、地面方向ではなく、斜面に対して並行に付け替えている。
クロスは、解ると思った。
次にどう身体を動かせばいいか、考えなくても浮かんでくる。
自分を流れに乗せて、さらに木の幹を蹴り付け、時に押し込み、山の斜面を水平に駆け落ちていった。重力落下に加えて、腕力、脚力で加速したクロスが、広場から直線距離で約五百メートル先の目標の直下に辿り着くまで、三十秒も掛からなかった。
下を反転して制動したクロスは、幹を蹴って宙返りし、地面を蹴った。
跳ぶ。
●
背に二対の黒翼を羽ばたき滞空しながら、カラステング族の小隊長は双眼鏡で部下たちの射撃術の腕前を確認して、一瞬の満足感を経た。
やはり、我が隊員は優秀だ。
禁則地守備隊は、我らも踏み込むことが許されない「禁じられた森」を外縁から警備するため、人員も装備も少々特殊となる。
ゆえに部隊の練成難易度も高いのだ。
隊長職には、主にエンジェルやジン、時に竜人など、飛行可能で高貴とされる種族が選ばれるのが通例だ。そんあ守備隊のなかで現在、下賤とされるカラステング族ながらも守備隊の小隊長となった自分はとりわけ優秀であるという自負がある。
外縁から一キロの禁則中心まで、超長距離射撃による、侵入者のせん滅。
これによって、自分の成果が証明されたのだ。
「着弾確認! ……効果ありません」
二メートルほど前方で同じように滞空し、観測魔法を展開している五つ年下の副官の報告で、しかし、気を引き締めなおす。
「やはり、双角馬の女王にはただ加速しただけの弓矢は効果がないかい」
「はい、着弾と同時に燃やし尽くされました」
「わかった、次射徹甲矢用意!」
「……ね、隊長! 地表から高速でこちらに接近する敵影が!」
その言葉を受けて、自分は腰に下げていた刀剣を抜いた。強いだけでは隊長にはなれないが、強くなければ隊長にはなれない。
「観測を継続しろ! 各分隊は準備でき次第連続射撃開始、途切れさせるな!」
そして目にもとまらぬ速さの影が目の前を過ぎた。
●
「……跳びすぎたな」
クロスは足の下に二つの人影をみた。
背中から出した黒い翼で空にとどまり、一人は目の前に魔法陣を展開して、もう一人はこちらを見上げて日本刀らしき武器を正面に構えている。
見た感じ年若い、少年だ。
前世の密教修験者の恰好に、肩章や詰襟など軍服じみた意匠を混ぜた変な服装で、クロスはその背格好から、前世で職場の先輩から勧められた某弾幕同人ゲームの鴉天狗のキャラを思い出した。が、たぶん男の子だ。
「何者だ!」
クロスは問いかけてきた鴉天狗の男児に、待てという意味で掌を示した。
上空への落下を終了し、滞空できる程度に重力場を無の状態に微調整するのが案外難しかったからだ。
そろそろと降下して、敵と同じ高度まで降りてきたクロスは、むけられる警戒の視線に、正対して表情を動かさないまま問い返す。
「そっちこそ何者だ? いきなりの弓矢の雨とは、ずいぶん敵対的な挨拶だな」
「禁則地に踏み込み、荒らした下手人を討伐するのが、女神様より与えられし我ら禁則地守備隊の役目! 当然だ!」
「へえ、禁則地守備隊。そんなのがあるのか。俺たちがその禁則地という場所に入り込んだから悪いと主張するんだな。……で、どうするつもりだ?」
「ここでお前を斃し、双角馬共を追い払うとも!」
そういうと、少年は切りかかってきた。
ホバリングから強い羽ばたきで上昇して、高速滑空することでこちらに接近する。とびかかる動きに近い。
クロスは、自分の重力場を操って、背後に落ちることで躱そうとおもった。
彼我の距離は七メートル強。刃渡り八十センチの刀の間合いには遠いが、相手はそれを瞬く間に詰めてくる。
相手の身長は目測百五十二センチメートル、手足の長さはそれぞれ七十センチ弱。相手と同等の速さで五メートルほど落ちれば、刃は届かない。
だが、だめだ。
相手の速度に合わせるための加速をかける足場がない。
最初の思い付きを否定したクロスは、力場を操り、前へと落下を開始した。
とびかかってくる敵をしたからかいくぐる動きだ。
左の下腕を頭上に斜めにかざし指をそろえた手刀を作る。小指先からひじまで一直線となった手刀の刃筋に、帯状結界を展開した。
「はあああ!」
気合の咆哮とともに少年の刃がクロスに降りかかる。少年はこちらの対応を見て、正面に振り下ろしていた軌道を途中で斜め左から右に落とすように修正。
刀の刃が結界の上を滑った後は急所を隠し、肩で体当たりするような態勢だ。
「ふん!」
二人が交錯する一瞬、クロスは左手を伸ばし、少年の後ろ襟首をつかんだ。がくんと、両者の体が反動ではねる。衝撃で手放された刀が落ちていく。
滑空して速度が乗っている少年を止めて、片腕にかかる衝撃で肩が外れるかと思ったが、無事だ。
詰襟は後部に引っ張られた衝撃で前の袷がはじけ飛んだ。
腕力に任せて少年を引き寄せたクロスは、少年の背中を殴って体軸を合わせ、組み付き、右腕を脇下から回して緩んだ襟をつかみ引っ張ることで、少年を締め落とした。
重力を無に合わせて停止し、気を失った少年を小脇に抱えなおしたところで、脳裏にぴりっとした感覚を得たため、首を傾げた。
弓矢が通り過ぎていく。
矢の飛来した方向に手足を振って身をふると、二百メートルほど離れた場所で、魔法陣を出していたもう一人の鴉天狗。こちらは少女が、背負っていた弓を構えてこちらを狙っていた。
非常に、怒っているようだ。
部下っぽい感じだったが、恋人だろうか
「よくも姉さまを!」
ん?
姉?
弓を構える少女と、手元で気絶している少年を見比べる。
姉かぁ、と思った。翼で飛ぶ種族としては、もしかしたら普通で、あちらの妹の方が特殊なのかもしれない。
「返してほしかったら、攻撃をやめろ。ああ、安心していい。生きているぞ」
いまも絶え間なく鋼鉄の矢が風に乗ってハレテフククルたちのいる広場に飛んで行っている。
「わかりました。……総員射撃止め」
足下を通過していた矢の川が枯れた。
「さあ、これでいいでしょう。姉さまを返してください」
「いいだろう。取りに来い」
警戒した表情で少女は黒い四本の羽を動かして、姉よりも滑らかなホバリングでクロスの方に近づいてくる。こちらとの距離が三メートルまで近づいたとき、クロスは少女の方へ落下を始めた。
少女が矢を構えるより早く、接近し懐に入り、相手のみぞおちを空いている方の拳で殴った。
急所への打撃で気を失った少女が落ちていくのを捕まえて、クロスは矢の発射地点に向き直った。
大きく息を吸う。
「お前たちの隊長と副官は、俺が預かった! 今後攻撃を仕掛けてくるようならば、二人の命はないと思え!」
クロスは気絶した少女たちを抱えて、拠点の咆哮へ垂直落下を始めた。
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