013 大伐採

 

 朝だ。柔らかい下草に覆われた地面には、緑の天井によって三日月型に濃い影が落ちている。

 そして、日の当たる直径五十メートルの円形広場を斑らもようにする合計三十四頭の獣たちが屯していた。

 

 こいつらは、深夜ながらハレテフククルが自分の縄張りから連れてきた、バイコーンの群の一部だ。

 地響きと共に現れた馬群に、戦々恐々としたクロスたちだったが。

 従霊契約を結んだ時に手に入れた、『従霊交信』のスキルをセットして交わした事情説明で、危機ではないということがわかった。その後にづづく自己紹介でハレテフククルは己を女王だと称した。


 まあ、それはいい。

 なんせ、この後の発言が爆弾だったから。

 クロスだけに聞こえる言葉でハレテフククルは


「我が主人よ。今は下僕に甘んじているけれど、ゆくゆくはあなたと番になることを希望します」


 と他のバイコーンにはない燃える鬣を桃色に染めながら宣言したのだ。


 その時、クロスの思考はクエスチョンマークに埋め尽くされた。

 なんて、という聴力への疑義と。

 なんで、という理由への疑問と。


 フリーズから復活して、問い直しても同じ様なことを言われたので、クロスははっきりと拒絶した。

 自分に人型以外の生物とそういう関係に至る趣味はない。

 迷惑だから諦めろと告げると、女性経験を問われ、無いと答えたら、一発やってみれば案外いけるかもしれませんよと誘われた。

 

 何を言われているのかかわからない。

 いや、分かりたくない。


 そう思ったのが顔に出ていたのだろう、その時の会話はハレテフククルの方が一旦引いた形で、その話は終了した。


 昨夜の会話を思い出し、背中に感じる呼吸と熱を意識したクロスは首をふった。


 すっかり馬臭くなった広場の中心から少し離れた場所に、クロスは腰を下ろしていた。クロスのすぐ後ろにハレテフククルが四つ足を折り曲げて伏している。

 牝馬の願いを拒否したのに、その背中を背もたれにして身を寄せていた。

 なぜこんな状態になっているのかと言えば、クロスの胡座を組んだ脚の上に据えられてる生首が原因だ。

 昨夜から度々、ハレテフククルに八つ当たりされかけた生首は、目の下にクマ濃い隈のできた顔でつぶやいた。


『なんか、色々な感情が麻痺してきた気がする』


「同感だ」


「ぶるる(なんですか、我が主人)」


 ハレテフククルは生首がクロスに触れることに嫌悪感を明らかにしていた。

 実態はクロスからヘンリエッタに触れているのだが、それが恋する乙女となったバイコーンの女王には、「下劣な生物がクロスに甘えて世話をさせている」という認識になるらしい。

 その解釈を聴かされたクロスは頭が痛くなった。

 しかし、これは仕方のないことだ。

 曲がりなりにも人類を脅かしてきた魔王の生首を、そこら辺に棄てていくことはできないだろう、というのが一番の理由。そして、互いに転生者だという事が解って、コミュニケーションが可能になった相手を、無下にする事はしたくないというのが第二の理由だ。

 なので、今の状態は勘に障るだろうが、ヘンリエッタが生首の間は、諸処活動のために、我慢するように交渉した。

 代わりのハレテフククルからの要求が、ヘンリエッタに触れるのと同等のスキンシップだったというわけだ。



 現在、クロスは森の中から集めてきた蔓草をより束ねて、極太のロープを編んでいた。強度を高める複雑な編み方はわからないので、三つ編みだ。


 何を目的にそんなことをしているかと言えば、開拓である。

 せっかく言うことを聞く馬力が手に入ったのだ。

 有効活用しよう。

 まわりの木々を伐採し、平地を拡充して牧場としつつ、住処を建設したい。


 蔓草のロープは馬たちに伐採した丸太をひかせて移動する、引き綱とする。

 だが、大前提として。


『斧もないのにどうやってあの大木を切るつもり?』


 傍らに据え置いた生首が疑問を投げてきた。


 たしかに。

 聖騎士に任命され、旅に出る前に教会から支給された鎧は、旅に出てからすぐの街で、革鎧と鎖帷子などに買い換えたのだ。それいこう金属の鎧は最小限にしてきた。さらに、この地に墜ちた時、鎖帷子もこわれてしまっている。

 そんなわけで、斧に加工するのに適した素材は手元になかった。


 しかし、クロスはステータスを見ながら思う。

 習得している魔法一覧で神聖魔法のうち結界魔法の説明はこうなっている。


 結界魔法:格子状の物理的な通過を拒絶する結界を派生させる。


「思うんだが、木を切るのに、斧という道具があるひつようはないよな。この世界には魔法があるんだから」


『へ~、なに? クロスはあんな大きな木を切り倒せるような風刃の魔法が使えるの?』


「はは、そんなぴったりな魔法を持ち合わせているわけ無いだろうが」


『え、なんで自信ありげ? なぞテンションじゃん』


「道具は使いようだ。結界魔法はわりと自由に形状を変えて展開することができるからな。これを細く線上に脛に添わせれば、斧の刃の代わりになりそうじゃないか。もし結界が衝撃に耐えられなくて壊れても作り直せばいい。つまり魔力が続く限り無限に生成される脚斧の完成だ」


 蔓集めの時に一緒に採取した、アケビっぽい木の実を食べて空腹が満たされたせいか、少し早口になってしまった。ちなみに、昨日黒雷に打たれて焼けたシイタケ(仮)とくるみ(仮)はバイコーンたちが寄りつかないので、クロスの懐に保管している。


『ええ……、そんなに上手くいくかな?』


「ひひん!(言うだけで建設的な言葉の一つも出てこないとは、本当にお邪魔虫ですねこの生首は)」


 言葉は判っていないはずだが、ヘンリエッタはムッとした顔をした。

 

「ま、やってみて駄目だったら次の策を考えればいい。ダメなら死ぬって状況では無いからな」


 魔王城での戦いよりも無謀なことは滅多に無い。

 クロスは編んだ蔓綱と生首を持って、広場の北側へと向かった。方角の選択理由は消去法だ。南はやがて海に出てしまい、東側はあの魔王を発狂させた塚から魔素が溶け出ているのか、川が大きくなっていくにつれて木々も心なしか頑強になっている、そして西には山があり切り開くには向かない。


 森側に入って、試し切りにちょうどいい直径十センチほどの若木を選び、クロスは魔法を展開した。

 聖句とされる呪文を唱えつつ、ボロ切れになりつつある革のズボンの上に幅一ミリの極細格子ができるのをイメージした。

 二十節もあって早口でも五秒かかる句を唱え終わると想像通り、脛に沿って直上五センチの位置に、格子の密度が高くて線にしか見えない結界ができた。


「……ほっ」


 軽くためを入れて振るうと、ガっと固い音を立てて幹の表皮を割り、三ミリほど帯状結界が食い込んだ。徐々に力を込めて蹴りの威力を上げていくと、それから五回で切り込みは半ばまで達し、ばきばきと音を立てて若木が倒れた。


『おー、ぱちぱち』

「いけるな」

 

 倒した若木を枝打ちして、先のとがった丸太状態にする。根本を縄で縛り、侍るハレテフククルにたのんで近くにいたバイコーンに綱をかませて広場中央へと運ばせる。

 クロスが次の樹を選定している間、若木の切り株の根本で馬が切り落とされた丸太を運ぶ様子を観察していた魔王が声を上げた。


『ねえ、クロス、なんか困ってるみたいだけど』


 よばれて、振り向いたクロスは、しばらく道行半ばで立ち止まった馬をみて、はっとした。

 広場中央の塚付近には、ハレテフククル以外のバイコーンは近づきたがらない。そのため、だいぶ手前までしか運んでくれない。ついでに、運んだ木材から縄をほどくのはクロスがやらないといけない。

 

 そんなわけで、クロスの忙しい一日が始まった。


 まず、切り倒す樹を選定して結界の脚斧でひたすらに蹴り、直径一メートルを超える幹を切り倒す。

 倒れた幹の枝を打つために再び蹴りまくり、出来上がった丸太に結んだ綱を三グループに分けたバイコーンの一グループに咬ませ、集積地まで運ばせる。運び終わったら綱をほどき、今度は太く張った切り株の根を引っこ抜くため、打ち払った枝をスコップにして地面を掘り、切り株に綱を引かせて引っこ抜いたものをまた集積地に運ばせる。

 余っている二グループの内一グループのバイコーン共に切り株が抜けてひっくり返された地面を踏ませて地ならしを行い、そのまま次の樹に取り掛かる。

 最後のグループは休憩と森を出て食事だ。

 クロスは超人化した体力に任せて、ほぼ休みなしに作業を続ける。


 この重労働を繰り返して、広場を二十メートル北に拡張できた夕方、問題は起こった。


 矢が降ってきた。


 襲撃されたのだ。

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