雨の日のロボット
@LunarCipher9
第1話 雨の日のロボット
ロミは、家政婦代行のロボットだ。数日前から、ぼくの家に住み込みで働いてもらっている。彼女と出会った場所は、ゴミ捨て場だった。前の主人に捨てられているところを、拾ってきたのだ。
最初は、女の子が捨てられているように見えて、びっくりした。しかし、近寄ってよく見ると、腕にシリアルコードが印字されており、ロボットだとわかった。それほどに、ロミは人間にしか見えないのだ。
どうやら廃棄時に、記憶をリセットされたようで、前の主人のことを何も覚えていないらしい。それだけでなく、家事に関する知識も全て忘れてしまったようで、料理や掃除の仕方も含めて、ぼくが教える必要があった。これはとても大変だった。
ロミは作業を覚えるのが早く、教えたことはすぐにできるようになった。ただ、どうしてもすべてのことを教えることはできず、料理をこぼしたり、洗濯物が生乾きになってしまったりしたことがあった。そのたびにロミは、申し訳なさそうな顔で、ぼくのもとにやってきて、こう言う。
「申し訳ありません。ナオキ様。」
そして、ぼくは必ずこう返すのだ。
「そういえば言ってなかったね、こちらこそごめん。」
そして、箸の使い方や、洗濯物の干す場所の工夫などを教えるのだ。
こんな調子で、最初のうちは大変だったが、最近はロミもすっかり家事に慣れてきたようで、良かったと安心すると同時に、頼られることが少なくなったように感じて、少しさみしさも覚えるようになってきた。
ある日のこと、ロミは近所のスーパーに買い出しに出かけた。ぼくは、家で大学の課題に取り掛かっていた。そういえば誰もいない時間は、久しぶりだ。家の中が、とても静かに感じる。
天気予報では、今日は午後から雨が降るらしい。ロミなら雨が振る前に帰ってくると思うので、大丈夫だろう。
すると、突然インターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうか。宅配を頼んだ覚えもない。
そんなことを考えながら、ドアを開けると、そこにはずぶぬれになったロミが立っていた。
「ロミ!?どうしたんだ」
「ナオキ様、申し訳ありません。スーパーの帰り道で、突然雨に降られてしまいました。傘は持っていたのですが…」
見ると、たしかにロミは傘を持っていた。しかし、それはずぶぬれの本人とは対照的に、全く濡れていなかった。特に壊れているようにも見えない。
「その…傘の開け方がわからず…」
合点がいった。
今までロミに一人で出かけさせたとき、雨が降ったことはなかった。たしかに、一度もロミに傘の使い方を教えていないかもしれない。反省しながら、すぐに傘の使い方をロミに教える。
「そういえば、まだ教えてなかったね。ここを押し込むと、傘が開くんだよ。」
試しにロミの前で、傘を開けてみせる。ロミはうんうんとうなずきながら、その様子を見ていた。
「なるほど、動作を覚えました。次からは、確実に開けられるようにします。」
ロミの言葉に優しくうなずく。
「お手数をおかけしました。すぐに昼食を作ります。」
そう言って、台所に向かおうとするロミを、呼び止める。
「その前に、濡れたままで部屋に入るのは良くないから、お風呂に入りな。」
「お風呂?」
ロミにそう返され、思わずハッとした。そういえば、お風呂に入れたこともなかった。
「そうだね、体を軽く洗うんだ。このまま部屋に上がると、汚しちゃうからね。」
「なるほど。」
わかってくれたようで、ぼくは安心する。良かった。正直、体の洗い方を教えるのは、避けたかった。ロミは本当に、人間の女の子にしか見えないからだ。できれば、自分で洗ってもらえればいいなと思っていたのだ。
「それでは、洗ってきます。」
そう言って、ロミは風呂場に入ろうとした。服を着たまま。
「ああ、待って!服は脱いでくれ。」
振り返ったロミが不思議そうな顔で、こちらを見る。
「服?この皮は、脱げるのですか?」
そう聞かれて、改めてロミに何も教えていなかったことを悟り、思わずため息をついた。それを見たロミが、また申し訳なさそうな顔をしている。
「申し訳ありません、ナオキ様。私はこの部屋で、再起動したときからずっと服を着ていました。それから今までずっとこの皮を身につけてきていた。故に、『服を脱ぐ』ということを知らないのです。申し訳ありません。」
ロミはそう言って、静かに頭を下げた。そこまで言われると、却ってこっちが申し訳なくなってくる。
「いいよ。まだ言ってなかったからね。」
ぼくは、ロミに服の脱ぎ方を教えることにした。さすがに、いくらロボットとはいえ、ロミの目の前で服を脱ぐのは、恥ずかしかったので、今着ている服の上からさらに服を着て、それを脱ぐ様子を見せることで、説明することにした。下着までは、流石に教えることはできないので、そこだけは何となくでやってもらうことにした。そもそも、ロボットは下着を着けているのか。着けているとして、どんなものなのか。何もわからず、かといって実際に見るわけにもいかないので、感覚でやってもらうしかなかったのだ。
「何となく…ですか。わかりました。やってみます。」
「頼むよ。」
そう言って、ぼくは部屋に戻り、テーブルの椅子に腰かけた。
すると、風呂場から声が聞こえた。
「申し訳ありません。ナオキ様。水はどうやって出すのでしょうか。」
そういえば、教えていなかった。ぼくは慌てて、風呂場に向かう。しかし、途中で気づいた。このままだと、ロミの裸を見てしまうのでは?
一応、口頭で伝えることにした。シャワーの音が風呂場から聞こえてきたので、少し安心した。良かった。どうやら、ちゃんと伝わったようだ。
キッチンに行き、水を飲む。少し、落ち着いてきた。自分は、ロボット相手に気を遣いすぎているのだろうか。しかし、ロボットだから大丈夫だと何度言い聞かせても、ロミの姿を見てしまうと、つい人間として扱ってしまう。
しかし、それならどうして自分は、入浴の仕方を教えなかったのだろう。人間として扱っているのなら、当然教えるべきだ。何故、お風呂だけ不要だと考えていたのだろうか。何か、そう考えるようになったきっかけがあったはずだ。少し、思い出してみる。
初めてロミに会った日の翌日、彼女は充電が足りないと言い出した。
「申し訳ありません。ご主人様。充電したいのですが、使ってよいコンセントはありますか?」!
ベッド脇のものが空いていたので、そこを貸すことにした。すると、ロミはポケットからプラグを取り出し、それを彼女の腕に突き刺した。よく見ると、彼女の腕にはプラグに対応した穴が開いている。
人間にしか見えないロミの腕に、プラグが刺さっている様は、とても痛々しいものだった。思わず顔をしかめたぼくを見て、ロミは言った。
「ご主人様、ご安心ください。私は、人間ではありません。」
その様子を見て、ロミはやはりロボットなのだと改めて思った。
突然、シャワーの音が止んで、風呂場の戸をスライドさせる音がした。まだ10分も経っていないはずだ。本当にちゃんと体を洗えたのだろうか。
「ナオキ様、何か体を拭くものをお貸しいただけるでしょうか。」
その声に振り向いたぼくは、面食らった。そこには、一糸まとわぬ姿のロミがいた。
「ごめん、言ってなかったね。服は極力着たほうがいいんだ。」
「申し訳ありません、ナオキ様。」
ロミは頭を下げた。
雨の日のロボット @LunarCipher9
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