第五章 ベアトリーチェの意地

第30話 ベアトは調子づく―盗賊団長マティウスが訪ねてくる

 傭兵団館裏の訓練場。

 所々雑草の生える、広い砂地。

 

 十人対二十人の模擬戦闘が行われていた。


 砂煙のなかに騎上の麗人。

 『エフタルの麗騎』

 ベアトリーチェの亜麻色の長髪が、乾いた風を受け馬上に揺れている。


 彼女は十人の人員を率いて、倍の二十人を前に構えた。

 相手の指揮官はカラフルな衣装に羽根つき帽子、馬上に木剣をかかげる垂れ目の【盗賊団長マティウス】だった。



 ベアトリーチェの配下となった盗賊団長マティウスは、約三十人の配下を引き連れロンバルディアの街へ上納金と、目一杯に馬車に載せた土産を持ってきた。


 マティウスら盗賊団が到着するや挨拶もそこそこに済まさせると、ベアトリーチェは彼らを館の裏の広大な訓練場に連れ出した。


 突然の訓練の指示に、ベアトリーチェとの再会と観光気分に惚けていた盗賊団三十人は戸惑いの色をみせた。しかし、訓練が二十対十の模擬戦闘と聞かされると、誰がベアトリーチェの部隊十名に入るか?で殴り合いの喧嘩を始めた。

 結果、ベアトリーチェの部隊の十名はクジ引きで決められることになった。



 馬上のベアトリーチェは配下の十名にそれぞれ指示を与える。そして、ちらりと訓練場の隅を見る。

 視線の先、立ち合いの傭兵団長ルーヴェントが『訓練開始』の白い旗をあげた。副官のディルトとカシス、そして三人組、さらには手の空いている傭兵団員が横に控えている。


 ベアトリーチェは天地を貫かんばかりの叫び声をあげる。

 それだけで、相手側の二十名は明らかに浮足立った。続いて配下の十名も雄たけびをあげる。


 ふたたび、戦場に乾いた風が吹いた。


 ―――ゆけ、敵の喉元を食いちぎれ

 腕が振り下ろされる。

 ベアトリーチェの部隊が身を寄せ合い、烈火のごとき気合いをもって相手方二十名に突き進む。

 全ての剣先が指揮官のマティウスを目指した。砂煙が舞い上がると、二十名のかたまりが二つに崩れ、マティウスは馬から引きずり降ろされる。


 ―――散れ、掃討せよ

 ひと固まりだったベアトリーチェの配下十名が応答の声を上げ、それぞれ爆発するように散らばると、混乱した敵部隊を、背中から打ち据えてゆく。


「勝負ありだ! 双方剣を引け」

 ルーヴェントの低くドスの効いた声が訓練場に響く。


「終了だよ、やめて!やめて!」

「ストーップ! 訓練中止だよ」

「はいはい、勝負あり、落ち着いて!」

 三人組が合図の旗をふりながら駈け寄ってゆき、もみ合いを続けている者たちを制止した。


 すでにベアトリーチェは人の輪の中心にいて、敵味方関係なく手を取り声をかけている。


 傭兵団の副官であるディルトとカシスは、その場に立ち尽くしている。将として、人を率いる者として『持っているもの』その格の違いを見せつけられたのだろう。


 小規模人員での模擬戦だったが、ベアトリーチェの指揮・指導力は神授の才としか言えないものだった。




「いいぜ、流石だベアトリーチェ……エフタルの麗騎よ」

 ひとり訓練場に残ったルーヴェントは冷静に考える。


 黒鷲傭兵団長の正規兵は百名。

 ベアトリーチェの配下となった盗賊団の総勢も百名(注・現在、来ているのはそのうちの三十名)。


(なあ、ベアト。いちど本気で、お前と百対百の模擬戦をやってみたいぜ)


 足を踏みしめ、握っていた木剣を数回振ると、踏みしめた砂が風に舞った。


 いまだ戦闘の余韻が残る訓練場の隅で、ただひとり残った傭兵団長ルーヴェントだけが、犬歯をむき出しにして笑っていた。


 □


「おいベアト。これが全部、お前への献上品だと?」

「はい、そうみたいです」

「ちっ、床が抜けそうだぜ……」


 館の商談室の隅に、盗賊団が持ってきたベアトリーチェへの上納品や土産が積み上げられている。


 ルーヴェントはそれらの品を眺め、金貨いくらぶんに相当するか頭の中で計算する。ベアトリーチェは、このような風景になれているのだろうか、表情をそこまで変えていない。


「殿下(=ベアトリーチェ)、ルーヴェント団長おつかれで~す」

 盗賊団長マティウスが女性の部下を一人連れて会議室に入ってきた。

 女性部下は淡い緑のチュニックと茶色のズボンという姿。


 訓練を終え、盗賊団員たちと大衆浴場で身体を綺麗に洗ってきたようだ。盗賊団員達はロンバルディアの街へ観光へ出たという。夜になったら娼館にいったり、飲みにいったり、催し物を楽しんだりするのだ。


 マティウスの部下は銀髪ショートヘア、猫科の動物を思わせる水色の目をした女だった。ボーイッシュな愛くるしさをもった顔立ちだが賢そうにも見える。

 訓練の時はマティウスを守り良い働きを見せていた、そうルーヴェントは思い出した。


「コイツは、【ユーナギ】て言います。我々との連絡役として憶えておいてもらえれば助かります」

そう紹介され、彼女は愛嬌よくニコリと笑い会釈をした。


 マティウスは緑と黄色の混じった道化師ピエロのような衣装を身に着けており、赤いスカーフを身に着けている。

 けっして上品とは言えないが、ある意味洒落ているともいえる。

 彼の顔つきは、やや垂れ目ぎみで鼻筋の通った美男子でもあった。ベアトリーチェの好みの顔立ちだった。



「さてさて殿下、お久しぶりですな~。まったく、うちのヤツら手当たり次第に土産を詰め込みやがって、つ~まらないものばかりですが受け取ってくだせえ」


ベアトリーチェは静かに窓の外を眺めながらマティウスに返答する。

「マティウス、献上品と土産はしかと受け取ったぞ。団員達も良い動きを見せたぞ、彼らはまだまだ強くなる、そう伝えておいてくれ」


「へえ、わかりやした! あいつらも喜ぶことでしょう。しかし流石は殿下、今日は、本物の部隊の指揮ってヤツを見せていただきやした。下賤な盗賊のあっしには、もう~もったいない限りで」

「貴様は下賤ではない。それに、部隊の指揮ではない、あの人数では部隊ではなく『班』というのだ……んんっ、アレは?」

 ベアトリーチェは、お土産の一角にある綺麗な瓶に目をつけたようだ。


「お〜、流石は殿下ですな。あれは『黒騎士』といわれるベラヌールの銘酒でごさいます、今夜にでも団員の皆さんでぜひどうぞ~」

マティウスはいかにもというゼスチャアで手のひらを差し出し、垂れ目が床に落ちそうなまでに垂れ下がった。


「夜まで待てるものか、今から飲むぞ! マティウス」

「はへぇ?」

ベアトリーチェの声ははずんだが、マティウスの顔はグニャリと歪んだ。


ベアトリーチェはヒバリの鳴き声の口笛を吹く。

「はっ」

商談室入口ドアの向こうで、呼び出されたディロマトの声が聞こえる。

「ディロ! グラスを四つと、ソーダ水、氷を持って来い。ユキさんに見つからぬようにな」

「御意!」


ルーヴェントはイライラしながら、口をはさむ。

「おいベアト、商談室での飲酒は禁止だろ。ユキに見つかったら罰金ものだぜ」

そこからのベアトリーチェの反応は、ルーヴェントの予想に反していた。


「……お酒飲みたいんです。せっかく、マティウスがベラヌールの地から持ってきてくれたんですよ」


見逃してくださいませんか? 

ベアトリーチェは視線を送る。


「傭兵団長、今夜は……ゆえ」


ベアトリーチェはやや頬を赤らめると、上目遣いでルーヴェントを見る。

計算上の演技だが、もはや そう思わせないものを漂わせている。


「ちっ……」


(おいおい、コチラのほうも化けてきているんじゃねえか、ベアトリーチェ)


ルーヴェントは、心の中で苦々しく吐き捨てた。



***

さて、次話で、マティウスよりベアトリーチェを激怒させる報告がもたらされる。こうご期待!



ベアトリーチェが盗賊団を配下にした話は、第19話・第20話で読めます

★第19話 盗賊団をとっちめる為に酒場に乗り込む話

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668617371133

★第20話 盗賊団を配下にする話

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668617450011

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