姫君の影武者を務めていますが、シスコン兄殿下が「その程度で我が妹になりきったつもりか?」と執拗にダメ出ししてきて正直ウザいです
榎本快晴
第1話
「ふ、貴様は相変わらず甘いな。その程度で我が妹になりきったつもりか?」
またこいつか。
王宮の廊下で背後から呼び止められ、私は心の中で舌打ちをついた。
振り返ってみれば、この国の第一王子――シルヴァン殿下が不遜な笑みを浮かべていた。
どうせ言い逃れをしても無駄だろうが、とりあえず最初はしらばっくれてみる。
「あら? 何か私に用事ですかお兄様?」
「下手な演技はよせ。今朝から妹と入れ替わっているだろう? 節穴な家臣たちの目は謀れても、俺の目はごまかせんぞ」
私はげんなりした。
腹が立つほどにご明察である。確かに、今日の朝一番で私は姫様と入れ替わった。
本物の姫様は、今ごろ隠遁場所の王領の別荘地へ向かっていることだろう。
私は諦めのため息を吐いて、やれやれと首を振る。
「……あのですねシルヴァン殿下、私と姫様の入れ替わりを見破っても公然と指摘するのはやめてください。誰がどこで聞いているか分からないんですから」
「この付近に誰もいないことは確認済みだ。そんなヘマを踏む俺ではない」
「そうですか」
実際、その点については抜かりはあるまい。この王子は有能なことは有能なのだ。容姿も端麗といっていい。
しかしただ一点、難を挙げるとすれば――
「まったくもって気に喰わん。貴様ごときが我が妹の影武者とはな……。似ても似つかんではないか。我が妹はもっと愛らしく、可憐で、まさに天使のような……フフ」
――どこからどう見ても気持ち悪いシスコンということである。
確かに本物の姫であるエレメア様は国民の間でも絶大な人気を誇る素晴らしい人物だ。しかし、シルヴァン王子の妹に対するこの溺愛っぷりはさすがに閉口せざるをえない。
「……ちなみにお聞きしたいんですけど、どうして私と姫様の入れ替わりに気付いたんですか?」
「愛の力に決まっているだろう」
「そういう戯言を聞きたいんじゃありません。具体的に、私の外見あるいは言動のどういう点が姫様と異なっていましたか。今後の改善の参考にしたいので」
「ふっ、全部としか言いようがないな。模倣できている点を挙げる方が難しいくらいだ。他人の空似というレベルにすら達していない。あまりにも完成度が低すぎる」
それはさすがに納得できない。
十分に装いを整えれば、私は国王夫妻――つまり姫様の実の親の目だって欺くことができるのだ。
影武者としての長年の訓練の甲斐あって、姫様の一挙手一投足を忠実にトレースできている自信はある。
だというのに、このシルヴァン王子だけはこれまで一度も騙せたことがない。
変な第六感でも使っているとしか思えない。
「さて、妹と貴様が入れ替わったということは、近々どこかに外遊する予定でもあるのか?」
「ええ。隣国での晩餐会に。今は関係良好ですけど、一昔前までは敵対してましたからね。念のため、陛下の勅命で私が行くことになりました」
「……父上か、気に喰わんな。影武者などに妹を守らせようとは。愛しのエレメアを守るべきはこの俺を置いて他にいるまい。くそっ、なぜ俺を護衛として随伴させんのだ……」
苦悶の表情で己が胸を掻くシルヴァン王子。
姫以上の要人である第一王子を護衛役などにするわけがない。
確かにこの馬鹿王子は強いことは強いのだ。たった一人で、手練れの王室警護兵たちを十人以上相手にすることもできるらしい。
ただそこまで強くなった理由が「愛しの妹を守るため」というのが微妙に気持ち悪い。そのモチベーションだけで、十数年も過酷な鍛錬を黙々と続けていたという。まあ、若干引く。
「殿下の葛藤はどうでもいいですけど、国王陛下に直談判して影武者の仕事を撤廃させるとかはやめてくださいね。私はこれでもこの仕事に誇りを持ってるんです」
「何? まさか貴様、この俺を差し置いてエレメアを護る騎士ナイトを気取るつもりか?」
「そんな気持ち悪い称号は要りません。私は姫様を尊敬してますし、何より昔からの大事な友人ですから」
もともと私は、王宮に住み込む使用人の娘だった。
そこでたまたま幼き日のエレメア姫と出会う機会があったわけだが――当時の第一印象は「鏡に映った私がいる!」だった。
そして、向こうもまったく同じ印象を持ったらしい。
そこから仲良くなるには大して時間はかからなかった。
エレメア姫はもともと身分差を気にしない方で、たまにふざけて互いに入れ替わっては周囲の大人を困惑させたりした。そうした悪戯が目に留まって、後に影武者に抜擢されたというわけだ。
しかしよく考えれば、その当時からこのシルヴァン王子だけは一度も騙せなかった気がする。
姫様と入れ替わった幼少期の私を見て、彼の第一声が「誰だ?」だったことはよく覚えている。バレた=叱られると思って大層震え上がったものである。
結局、「そうか! 妹の友達か! ぜひ仲良くしてやってくれ!」と嬉しそうに歓迎してくれたが。なんならその後も、遊びで王宮に忍び込む手引きをしてくれたぐらいだ。
そんな好意的な態度も今となっては昔の話。
現在では、どうも私に妙な対抗心を燃やしている気配がある。妹を守る役目は奪わせんぞ――といった感じで。
「……やはり俺も外遊に随伴させてもらう。たとえ不測の事態があっても俺がいればすべて捻じ伏せられると証明してやる。貴様だけにいい格好はさせん」
「いまさら殿下も一緒になんて無茶は通りませんよ。潔く諦めて王宮で待っててください」
「だが……」
「心配しなくても、これくらいでいい格好になりはしませんよ。隣国とのトラブルなんて最近はめっきり起きてないんですから」
「いや、それはそれで心配だ」
何が心配なのか、と私は首を傾げる。
トラブルがなくて平和なのは何よりだと思うが。
シルヴァン王子は額に汗を浮かべながらブツブツと話を続ける。
「確かに最近の隣国とは関係がいい……だからこそ、向こうの王族や貴族がエレメアに言い寄ってくる可能性がある。いわゆる和平の象徴としての政略結婚というやつだ。晩餐会でどんな虫が寄ってくるか分からん」
「まあ……そんな話はあってもおかしくないですけど」
エレメア姫も、ついでに私も今現在十五歳である。王族でこの歳まで縁談が決まっていないというのはむしろ遅い方だとすらいえる。
ちなみにシルヴァン王子も十七歳のくせに縁談が決まっていない。申し込みはあってもことごとくが破談に終わっている。
理由は推して知るべし。
「いいか貴様。もし変な虫に言い寄られても、絶対に隙を見せるなよ。業腹ではあるが、貴様が影武者を務める間、その言動はすべてエレメアのものとみなされる。もし貴様が口説かれて満更でもない顔をしようものなら、エレメアがどこぞの男に靡いたことになってしまう。そんなことは許されない。天が許してもこの俺が許さない」
「分かってますよ。私だって、そんな出すぎた真似をするつもりはありません」
「いいか、絶対だぞ」
やたらと必死な感じなので、弱味につけこむ形で私は質問してみる。
「分かりましたけど、じゃあその代わりに私と姫様を見分けてるコツを教えてください。愛の力とかいってごまかすのは禁止で」
このシスコン王子の目をも欺くことができれば、私は影武者として完璧になったといえる。職務を忠実に全うしていくためにも、どこが不十分なのか入念に確認しておかねばならない。
問われたシルヴァン王子は難儀そうな表情を浮かべた。
「ごまかしているつもりはないのだが。さて、どう説明したものか……」
「そんなに難しいんですか?」
「むしろ反対だ。簡単すぎる。貴様は俺を見て『第一王子のシルヴァン様だ』と一発で理解できるだろう?」
「まあそうですね。内心では敬称欠くときがありますけど」
それと同じだ、とシルヴァンは力強く頷く。
「俺も貴様を見れば、誰だかなど一目で分かる。我が麗しのエレメアではなく、ミラという平凡な娘だとな。それでは説明にならんか?」
全然なっていない。
やはりこの変人にまともな答えを期待するのは間違いだった。
それにしても。
ミラという本来の名前を呼ばれるのは久しぶりだな――と、場違いなことを思った。
―――――――――――――……
「いやっほー! あ~自由っていいわぁ~。入れ替わってる間は公務も何もしなくていいっ! 本当にもうずっとミラが姫様やっててくれればいいのに~!」
王領の別荘地に忍び向かう馬車の中。
本物のエレメア姫は、羽を伸ばしきった態度で久方ぶりの休暇を満喫していた。
と、同乗する侍女がその態度を窘める。
「姫様。冗談でもそのようなことを仰ってはなりません」
「んもう、いいじゃん。私がやるよりミラの方が仕事熱心だし公務も真面目にやるって。なんなら、もうちょっと入れ替わる機会増やさない?」
「あくまで影は影です。それに、あの者の変装も完璧ではありません。長く続けさせれば誰に見破られるか分かりません」
「そう? 完璧だと思うけどなあ。どこからどう見ても私そっくりだし」
「シルヴァン殿下は容易く見破ると伺っておりますが」
ぷはっ! とエレメアは噴き出す。
「あ~。アホのお兄様ね、あれは例外中の例外だから考えなくていいって」
「しかし、見る目のある者には別人だと見抜けるということでしょう?」
「見る目ねえ……」
ニヤニヤと笑みを浮かべてエレメアは続ける。
「実はあのアホお兄様ね。子供の頃、私がちょっと気合い入れて街の子供とかに変装したらすぐ気付かなくなったの。わざと顔を土で汚してみたりしたりするだけで。見る目があるどころか、なんなら普通より鈍いくらいの節穴よあいつ」
「はい?」
「だけど不思議なことに、ミラのときは何に変装しても一発ですぐ見抜くんだよね。あの子が私に変装しようと街の子供に変装しようと、絶対にミラって気付いちゃうわけ」
沈黙する侍女の前で、エレメアは「他言無用ね」と楽しげにウインクする。
「まさしく愛の力ってやつよね。矢印は私向きじゃないだろうけど」
姫君の影武者を務めていますが、シスコン兄殿下が「その程度で我が妹になりきったつもりか?」と執拗にダメ出ししてきて正直ウザいです 榎本快晴 @enomoto-kaisei
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