ブラックテリトリー
釣ール
オマエミタイナヤツ/アンタミタイナヤツモジャネ?
「辞めさせてもらいます。」
世の中は未だに冷たい。
多様性だのポリコレだの未だに叫ばれるのに絶句するが雇用形態も合理的配慮も前進的でとてもじゃないが副業前提で働かされる令和で明るくポジティブなんて、行動できるだけの頭の悪い自己啓発野郎がある程度儲けられるぐらいの腐った世の中で働き続けるのは選択肢としてはなしだ。
まだ二十歳と世間では言われるが黒鞠にとっては言うほど体力がある年齢ではない。
元プロファイターとして夢を見て戦っていたが現実はとても口に出せるものじゃない。
困ったときは身体を鍛えよう。
顔を隠して発信している筋トレ配信専用アカウントがある。
数字はそれなりに取れたが、それでもかつてファイターだったころのファンにバレることもなく…いや、バレていてもわざわざコメントなんてしないか。
引きこもりだとかサラリーマン、独身…そんな肩書きだけにとらわれ、嫌悪し、排他する世界で生かされて楽しいことなんて何もなかった。
だが黒鞠も罪がないわけじゃない。
償いのためにひたすら身体を鍛える。
古典的なものから、現役時代にやった時に新しかったものまで。
偏っている。
だからファンがつかない。
贅沢は言わないから、筋肉好きなら男連中に見られていても数字にもなるし、どこかで女の子向けの・・・って、そう簡単にはいかないか。
コンビニを避け、少し遠い距離のスーパーで弁当を買う。
自炊にも飽きた頃はこうして労力と残り少ない持ち金でやりくりする。
筋トレ趣味でよかったぜ。
「おい。
そこの人間!
止まれ!」
ああん?
この布ガスマスク連中は一体なんなんだ?
こちらへ触れようとする奴を何人か蹴りとパンチで撃退した。
周りはみんな見ないふり。
「そこまで腐ったか!お前らそれでも人間か!くそっ、おぉら!」
峰打ちのつもりなのに攻撃してくるやつはそこそこ強いレベルだからか一人で対処できそうだ。
しかし背中に電気ショックの痛みが襲う。
何処かの映画にありそうなシチュエーションだ。
布ガスマスク連中に取り押さえられ、どこかへ連れてかれていく。
「はっ!な、なんだ!夢か。」
まさかの夢オチか。
起きた時には半裸で縄跳びが首をしめていた。
黒鞠は我ながらどういう寝方をしていたのか気になってしかたがない。
寝相は悪いがここまでではなかった。
ちゃんと監視カメラでもつけるか。
恋愛も疎かにしていてこんな半分ディストピアみたいなことしたくないが。
何か写ればネタにできそうだ。
合成技術は無職の黒鞠にとっていくら基本無料のアプリやソフトを使っていても未だに結構金がかかるから。
なんか。
時代遅れなまま今まで来ていることが多すぎるな。
黒鞠は絶望感が脳を支配する瞬間をドラミングで散らすとさっそく筋トレを開始した。
だがどうにも身体が重い。
体温計で測ると三十八度だった。
体調不良か。
そういう時はおとなしく筋トレを控える。
だが無職になってまもないからこそ少しだけ無理をして筋トレをし、身体を弱らせてぐっすり眠ろうとした。
すると何か気配がする。
人間じゃない。
そしてここは借家の一階で、他の住人は害獣対策をしっかりしているから屋根裏に何かいるわけでもない。
イヒヒヒヒッ!
意地悪く笑う幽霊らしき何かを発見。
まだカメラはつけていないが肉眼ではっきり見える。
体調不良が見せる幻影の可能性もあったがちょうどいい暇つぶしだ。
しかも幽霊が何か話している。
「ヒトリノオトコニシュウダンガオソウ。
ジッケンタイトシテサシダスタメボウゴマスクヲ…」
黒鞠はお前が犯人かと幽霊へ指を指す。
「てめえのせいで半分眠れなかった。
だが殴っても効かねえんだっけ?なら、イメトレの中でてめえをぶん殴ってやる!」
思い出す。
先輩にしごかれて、一番いうことを聞いて鍛えていた自分だけ結果を出せずSNSでアンチに叩かれたことを。
そこで怪我までして続けられなかった。
やりたくもない労働にたいして疑いもせず献身していく自分。
らしくなかった。
三十年も変わらない日本の労働環境に、なんともならない賃金。
そして世間の目だけは厳しくなる。
「次は私が危ない目にあう。」
それを自覚するやつほどダウンする。
そんな世界をお前ら幽霊は知らないだろう?
どうせ人間が死んで幽霊になることはない!
断言できる。
お前らはいつも人間の生死を嘲笑ってる。
幽霊である自分の話を、人間のように投稿や応募ができないから弱った人間へささやいて自己満足している。
それがお前ら幽霊の正体だ。
「てめえらの余興のために生かされて死ぬわけじゃねえんだよ!」
かといって幽霊に全てをぶつけるのも違う話だ。
理不尽な暴力を無造作に怖い話を語りかける幽霊に八つ当たりするだけ。
向こうの思う壺だ。
しかもこちらは体調不良。
しかし黒鞠は売られた喧嘩は買うタイプだった。
イメトレが冴えてきた黒鞠はイマジネーションの中に幽霊を取り押さえる。
体調不良の時に見る夢というものがあるらしいが今ではそれが武器だ。
幽霊は想定してなかったのか、黒鞠のイマジネーションに引きずり込まれていく。
実在している架空の存在。
なら脳まで筋肉の自分の世界で叩きのめす!
自分の世界は嫌われるというけれど、話せなければどうということでもない!
これがないとこういう生物に追い打ちをかけられる。
黒鞠が見た悪夢のように。
黒鞠の物騒なイマジネーションに幽霊がB級映画でモンスターに食われる人間のようにそっと飲み込まれていった。
三日後のこと。
すっかり体調はよくなった。
勿論それでも労働はしないが。
またサンドバッグ殴りたいなあ。
イメトレも限度があって、ちゃんと実践しないと意味がない。
幽霊に勝つことはできた。
まさに「ブラックテリトリー」。
自分の土俵で勝てる人間は強い。
このあまり頭が良くない人間が何十年、何百年と支配し続ける醜い世界でも…。
自分の土俵を鍛えつつ、美しさを黒鞠だけでもとく必要があるのかもしれない。
それまで、やることが山ほどある。
なんで忙しいのだろう。
軽くシャドーをこなしながら、黒鞠は幽霊に勝った自信だけを頼りに今を生きる。
ブラックテリトリー 釣ール @pixixy1O
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます