第34話 魔性の女

 逃げた男を捕まえてじっくり話を聞いてみたが、結局首謀者が誰なのかはわからなかった。まったく、骨折り損とはこのことだ。


 しかも、変なのに絡まれる始末ときた。


「おはようキミたち。昨夜は大変だったね」

「……なんでお前が部屋にいるんだ。不法侵入か?」

「ちゃんと家主に許可は取ったよ。洗脳して」


 朝っぱらから人の部屋に断りもなく侵入して平気な顔して洗脳だ? もしかして魔法使いってのは実力が上がれば上がるほど頭がおかしくなっていくのか? だとしたら今すぐリリアンヌに魔法を使わないように言いに行かなくちゃならん。


「まあまあ、そう邪険にしないでよ。これからのことを相談しに来ただけだからさ」

「相談?」

「そう。ボクたちの、これからのこと。結婚式はどうするとか、子供は何人がいいかとか」

「出てけ」

「冗談だよ、冗談」


 本当にふざけた奴だ。ロックよりもふざけているかもしれない。


 しかし、下手に刺激するのも正直怖いのも事実。こいつの実力がどの程度かわからない現状、敵対するのは避けたい。


「ボクは魔性について調べに来たんだ」

「ああ、それは昨日聞いたよ。で、魔性ってのは結局なんなんだ?」


 そうだ、魔性だ。昨日の夜は結局何の説明もないままだった。


「魔性はね、生まれつき持っている魔法のことだ」

「生まれつき? 先天的にってことか?」

「そう。普通の魔法は誰かに教わったり修練を積まないと獲得できないけれど、魔性は生まれつき備わった物だ」

「で、その魔性と今回のことと何か関係があるのか?」

「リンネ・モラヴィアを知ってる?」

「あ? 誰だそれ」

「知っています」

「え? 知ってるの?」


 タマラは知ってる。俺は知らない。


 で、誰?


「察しが悪いメガネですね」

「おう、メガネを馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にしているのはあなたです。メガネではありません」

「そうか。ならよ……くはねえな」


 馬鹿にされたんだ。いいわけがない。わけがないが、ここでケンカをしても話が長くなるだけだ。大人しくしておこう。


「で、誰なんだ?」

「青いバラ、黄金のリンゴ、イチジクの花束。この三つを探して来いと言った女性です」

「ああ、あの」

「そう、あの女さ。たぶん彼女が魔性持ちなんだとボクは睨んでる」


 魔性を持つ女、リンネ・モラヴィア。絶世の美女でありこの騒動の中心にいる人物、か。


「旅の途中でよくないニオイを感じてね。ちょっと調べてたんだよ」

「なんで?」

「なんでって、ボクは七明賢の一人だからね」

「しちめいけん? なんだ? ラーメン屋かなにか?」

「らーめんや? なにそれ?」


 ラーメン。そういや、全然食べてないなぁ。まあ、こっちの世界にはラーメンなんて存在しないし、そもそもメガネは食事ができないから、どうしようもないんだが。


「ラーメンて食い物を売ってる店のことだ。材料を揃えてくれりゃ作り方を教えてやるよ」

「美味しいの? それ」

「美味い。まあ、俺も素人だ。あんまり期待はしないでくれ。っと、話がそれたじゃないか。で、しちめいけんてのはなんなんだ?」

「七明賢。ボクのように聡明で賢い魔法使いのことさ」

「賢い、ねえ」

「あ? 疑ってるねぇ。ルネ・デカルトの名前を知らないの?」

「知らん」

「知りませんね」

「……あっそう。まあ、いいや。とにかくすごい七人の魔法使いのことをそう言うんだ。昨日言ってたヒュームもその一人だよ」

「ヒュームも……。ってことはもしかしてロックやベーコンもか?」

「なに? 二人を知ってるの?」

「知ってるも何も俺を作ったのはそのベーコンだ」

「ああ、そうなんだ。どっかで嗅いだことのある魔力のニオイだと思ったら、ベーコンのか」


 ベーコンの匂い。なんだか美味そうな感じだが、全然美味くない。


 しかし、ロックやベーコンと同じ。と言うことはもしかして。


「ヴィルヘルムの十三予言……」

「なに? それも知ってるの?」

「まあ、な……」


 ……さて、こいつはどっちだ。ヴィルヘルムの十三予言を知っているということは、悪魔の子を探しているということだ。


 どっちだ。敵か、味方か。


「星が昇ったなんて噂があるけど。ま、ボクにはあんまり関係ないかな。熱心に探してる人がいるし、そっちに任せとけばいいし」


 どうやら、敵ではなさそうだ。


「それよりも魔性だよ。あんまり放置しとくと面倒なことになりそうなんだ」

「面倒?」

「もう十分面倒なことになっていると思いますが」

「もっと面倒にだよ。ボクはね、面倒事が嫌いなんだ。平和が一番だからね」

「まあ、それには異論はないな」


 異論はない。平和が一番。その通り。


 本当に平和が一番なんだがなぁ……。


「面倒事は大きくなる前に潰しておく、ってことでいいのか?」

「おお、話が分かるじゃないか。その通り。で、キミの出番だ」

「……は?」


 なんで俺?


「おそらくボクの見立てではリンネ・モラヴィアは魅了の魔性を持っている。でも、キミにはそれが効かない」

「なんで?」

「なんでって、事実効いてなかったじゃないか。ボクの魔法が」


 ああ、なるほど。確かに効いてなかった。そう言えば、ヒュームの精神攻撃もリリアンヌたちには効果があったが、俺にはなかった。


「……ものすっごい嫌なんだが」

「じゃあ、この国が滅んでもいいんだね?」

「なんでそうなるんだよ」

「そうなる可能性があるからさ」


 国が滅ぶ、ねぇ。女一人のせいで、か。まさに傾国の美女というわけね。


「人を魅了して惑わす。それだけならまだ良いんだけど、それが戦争にまで発展することだってある。世界の平和と安定を守るのもボクたちの仕事だからね」


 いい加減で面倒な奴かと思ったが、案外まともな奴なのかもしれない。


 まあ、行く当てもないし、乗りかかった船だ。


「わかった、協力してやるよ」

「最初からそう言えばいいんだよ」

「やっぱりやめた」

「ごめんごめん、冗談だよ」


 まったく、ロックにこいつに、七明賢て奴はこんなのしかいないのか?


 世界を守る七人の魔法使い。こんな奴らばかりで本当に世界が守れるのかねぇ……。

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メガネ転生~転生したらメガネだったぜいやっほおおおおおおい!~ 甘栗ののね @nononem

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