第33話 白い魔法使い
状況はどうだ? 良いか? 悪いか?
ここは洞窟の中だ。隠し通路は、ありそうにない。逃げるとしたら入って来た道を戻るしかないが、そのためにはこいつをどうにかしないとならない。
「そんなに警戒したくても。ほら、見ての通り。ボクが悪い奴に見える?」
悪い奴、には見えない。見えないが油断はできない。俺の解析鑑定を弾いたんだ。
今まで解析鑑定ができなかった相手はロックやヒューム。俺よりも明らかに実力が上の、というか異常者だけた。
こいつも見た目に騙されちゃいけない。しかし、今は見た目で判断するしかない。
見た目から判断するに、年齢はリリアンヌと同じか少し下くらいだろう。性別は、わからん。男にも女にも見えるし、声からも男女の判別ができない。
容姿には特徴がある。絹糸のような白髪、白い肌、華奢な体つき。アルビノ、にも見えるが、ちがう。アルビノの場合、ウサギのような赤目のはずだ。こいつは赤目じゃない。
こいつの目は鮮やかな青紫色をしている。まるで作り物みたいに、きれいな……。
「……ヤバイ! タマラ! あいつの目を見るな!」
「気付いたんだ」
あれは、あの目はヒュームと同じだ。相手の意識を惑わす目だ。
「メガネがしゃべってるのかな? 面白いねぇ」
しまった。慌てて声を出しちまった。
チクショウ、仕方ない。隠すつもりだったが。
「大丈夫だよ。ちょっと警戒心を緩めてるだけ」
「あんた、ヒュームの仲間か?」
「ヒューム? やーだよ。あんなのの仲間なわけないじゃん」
ヒュームを知っている。だが、仲間ではない、のか?
「それにしても、ボクの精神干渉に気付くとはなかなかだね。でも、まだまだでもある」
「なんだと?」
「ボクの名前はルネ。ルネ・デカルト。職業は魔法使い。風の単属性使いだよ」
なんだ、いきなり。自己紹介を。
「キミのそれ面白いね。人間の可聴域を超えた音だ」
こいつ、俺の発する超音波が聞こえるのか?
ちょっと待てよ。超音波、風、空気、振動――。
「まさか」
「もう、遅いよ」
音だ。目じゃない。こいつ、音で。
「タマラ! おい!」
「問題ありません。私はとても正常でござござございままます」
「全然正常じゃねえ!!」
やられた。チクショウ! あの目はブラフだ。勘違いさせるための囮だったんだ!
「おいしっかりしろ! おい!」
「ももももんだだだいありりりませせせん」
「あはは、壊れちゃった」
「笑ってんじゃねえ!」
ふざけやがって! なんなんだこいつは!
「ほら。そいつ逃げちゃうよ」
「あ、こら! 待ちやがれ!」
クソっ! 俺だけでも追いかけるか? いや、ダメだ。タマラをここに置いてはいけない。
「さてさて、キミはなんだい? 生き物のような、そうでないような」
「さて、なんだろうな」
俺にもわからねえよ、自分がなんなのか。
だがな、んなことはどうでもいいんだよ。俺がなんだろうと、俺がやりたいことはひとつだけだ。
「タマラに指一本でも触れてみろ」
「やだな、怖い怖い。どうされちゃうのかな?」
俺は、強くはない。相手の身を思いやりながらタマラを無事に逃がすなんてことができるとは思えない。
なら、やるしかない。
やるしか。
「……怖いね、キミ」
……何を笑ってやがる。俺たちを馬鹿にしてんのか。
いや、苛立つな。感情に流されるな。こいつをどうにかすることだけを考えるんだ。
「怖いから降参で」
「……は?」
降参? どう言うことだ?
「だから降参だよ。というかそもそも戦う気はないし」
「じゃあなんでタマラにこんなことを」
「いやいや、先に武器を向けて来たのはそっちじゃんか。ボクはそれに対抗しただけだよ。正当な防衛行動だと思うけど?」
……まあ、そうと言えばそうだが。
「まあでも状況が状況だしね。今回はお互い様ということで」
「信用できないな」
「そう? じゃあやり合う?」
「……遠慮しとくよ」
「それがいいよ。本気でやり合ったら、ね?」
なにが、ね? だ。大した自信だよ。チクショウめ。
「さて、それじゃあ帰るとしようか。ボクの用事はもう済んでるし」
「そうかい。あんたは勝手に帰れ。俺たちはまだ」
「そう? ならボクも付き合うよ」
……何を考えてやがんだ?
「キミに興味があるからね。しばらく付きまとうことにした」
堂々とストーカー宣言とはね。だが、どうすることもできん。戦って勝てるかもわからないし、こっちの世界にはストーカー防止法なんてものもない。
しばらく、様子を見るか。
「で、キミたちはここに何しに来たの?」
「その前にタマラをもとに戻してくれ」
「あ、ごめんごめん。忘れてたよ」
ルネ。こいつは一体何者だ?
「はーい、それじゃあ正気に戻しまーす。1、2、3。ハイッ」
「……う。わ、私はなにを?」
どうやら、元に戻った。のか?
「大丈夫、か?」
「はい。特に異常はありません」
「……ホント?」
「何を疑っているんですか?」
音を使って相手の精神を操る魔法。視覚を利用する魔法なら対策できるが、音となると咄嗟に対処するのは難しい。そもそも俺はメガネで、音をどうこうする物じゃない。
まあ、その常識にとらわれたところが俺の弱点ではあるんだが。
「……ところで、この方は」
「こんばんは。ボクはルネ・デカルト。魔法使いさ」
「とりあえず、敵じゃない。はずだ」
「曖昧ですね」
「敵じゃないよぉ。敵対してもなんの得にもならないし」
さて、こいつの目的が何なのかは知らないが、こっちの目的をどうにかしないと。
「あの男は?」
「逃げたよ。こいつのせいでな」
「ごーめんね」
「……なんか腹立ちますね、こいつ」
「えー、ひどくない?」
確かになんとなく腹は立つが、今はそれどころじゃない。
「追いかけましょう」
「そうだな。今ならまだ追いつける」
「ねえ、キミたちはどうしてここに来たの?」
「あ? 今それ説明する必要あるか?」
「時間がないので」
「ボクはね、『魔性』を調べに来たんだよ」
人の話を聞かねえ野郎だ。いや、野郎じゃないのか?
「キミたちが追いかけようとしてる彼も魔性が関係していると思うんだ」
「……どういうことだ?」
こいつ、何を知ってる。
「さっき逃げた男からも魔性を感じた。まあ、かなり微弱だったけどね」
「そうか。で、その魔性ってのは?」
「急いでるんじゃないのかい?」
こいつ、ふざけてんのか。
「ま、とりあえず追いかけようか。まだ遠くには行ってないだろうし」
「あんたが引き留めたんだろうが」
「え? ボクは何にもしてないよ? キミたちが勝手に僕の話を聞くために足を止めただけじゃないか」
「あんたの魔法で足止めされたのが原因だと思うが?」
「あの程度の魔法に引っかかるほうが悪いね」
……クソがっ。こいつと話している時間が惜しい。
「まあまあ、そう怒らないでよ。仲良くしよう」
「ああ、そうしたいよ」
ぜひ、そうしたいね。クソ魔法使い。
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