第32話 価値観の違い

 冷静だねぇ、タマラさん。


「私はそのルードと言う男を知りませんからね」

「赤の他人が死んでもなんとも思わない、と?」

「はい。動揺していたら護衛は務まりません」

「まあ、そうだけどもさ……」


 何というか、泣けとまでは言わないが、ちょっとくらい死者を悼む姿勢ぐらい見せて欲しい。とも、思ってしまう。


「冷酷、だと思いますか?」

「まあ、な」

「正直ですね」


 そう言えば、あの時もタマラは冷静だったな。リリアンヌと王都へ行って、メイとレオに出会った時、スラム街で倒れている人間を見た時もタマラは動揺している様子はなかった。


「でも、そうだな。たぶん、俺とは価値観が違うんだ。だから、キミのことを否定はできない」


 タマラとは本当に住む世界が違う。本当の意味で、世界が違う。


 俺は死とほとんど関りのない人生を歩んできた。メガネになる前の人間だった頃は死にそうになりながら働いてはいたが、実際に誰かの死を身近に感じたことはほとんどない。身近に死を感じたのは、じいちゃんやばあちゃんの葬式の時ぐらいだ。


 けれど、この世界は俺の前世の世界よりも生と死の距離が近い気がしている。それだけでも、俺とタマラの考え方に違いが出てくるだろう。


 昨日のタマラの姿。盗賊を叩きのめしたあの時。あの時のタマラには躊躇いがなかった。迷うことなく盗賊たちを蹴り飛ばしていた。


 たとえ格闘術を習得していたとしても実際の戦いとなると普通の人間なら迷いが出てくるはずだ。相手を傷つけることに躊躇するはずだ。


 けれどタマラには迷いも躊躇いも見られなかった。それどころか盗賊を倒していくタマラの目にはなんの感情も見られなかった。


 戦い慣れている。もしかしたら、タマラは……。


「たとえキミの手が汚れていたとしても、俺は……」

「……殺し方は知っていますが、まだ使ったことはありませんよ。まったく」

「……ほんとに?」

「殺し以外は、ですが」


 殺し以外、か。


「確かにあなたとは価値観が違うかもしれませんね。というか、妖精と同じなわけがないと思いますが」

「そうか、そうだな。その通りだな」


 考え方や価値観が違う。でも、俺はタマラを信じている。リリアンヌが信じて慕っているのだから、きっと悪い人間じゃないはずだ。


「リリアンヌの前では、優しいタマラでいてくれ」

「言われなくともそのつもりです。嫌われたくは、ありませんから」


 そうだな。嫌われたくはないだろうな。


 タマラがリリアンヌを愛しているのは俺にもわかる。タマラは生まれたときから目の見えなかったリリアンヌをずっと支えてきたんだ。愛してもいない相手のためにそこまではできない。俺はできる自信がない。


「ですが、リリアンヌ様の前では、です」

「……できれば殺さないでくれよ」

「善処します。相手を殺さないように手加減できるほど強くはないので、万が一の時はご勘弁を」


 ……殺人。この世界でも人殺しは重罪だ。ただ、こちらの世界は俺の前世の世界よりも命を落とす危険が多いのは事実だ。


 不可抗力、正当防衛。こちらの世界では自分の身を守るための殺人はある程度容認されている。盗賊なんかを返り討ちにしても罪に問われないどころか賞賛されるだろう。


 さて、そうなると、これからやることはきっと賞賛されるだろうな。


「見えるな?」

「ええ、はっきりと」


 夜の森の中。前方約30メートル先に洞窟。ここに先日シャロンたちを襲った盗賊達がいるはずだ。俺の探知追跡機能ではこの辺りを示している。


 洞窟の入り口に見張が一人いる。こちらにはまだ気が付いている気配はない。


「さっさと済ませるか」

「日が昇る前には帰りたいですね」

「そんなに時間をかけるつもりか?」

「さあ? 素直に吐いてくれたら早く終わるでしょうね」


 人が死んだ。正直、良い気分じやない。ルードと言う名前だけしか知らない男だが、気分が悪いもんだな。


 それにもしかしたらもっと死人が出るかもしれない。ルードと同じように口封じされる可能性もある。そうなれば、シャロンを襲撃する指示を出した相手が誰なのかわからなくなってしまう。


 なら、そうなる前に、やる。それしかない。


「一人残して他は全員だ」

「なるべく殺さないように、ですか」

「できれば、な」

「できれば、ですね」


 そう、できれば。やむを得ないときは、仕方がない。相手の身を気づかってタマラが命を落としたりしたらどうしようもない。


 だから、無理はせず、だ。てきれば手は汚したくはないけども。


「五分だ」

「はい?」

「五分で制圧できなければ撤退だ」

「まあ、長居をすれば仲間がくるかもしれませんからね」


 その通り。一応、洞窟の中にいる敵の数は把握できている。


 数は9。だが、これは把握できている数でしかない。


 俺の追跡機能は見たことがない相手には使用できない。一度でも見たことがあれば追跡できるが、見たことも聞いたこともない相手を追跡することはできない。


 だから警戒しなくてはならない。洞窟の中に9人いることはわかったが、それ以外に仲間がいないとは断定できない。敵の数がわからない以上、時間をかけるのは危険だ。


「9人、か……」


 あそこにいた盗賊は7人だった。となると、残りの2人はおそらく。


「しかし、五分ですか」

「厳しいか?」

「まあ、なかなか無茶を言うなとは思いますね」


 確かにそれはそう。


「十分ぐらいに」

「いえ。面倒なのでそのままで」


 面倒、ね。


「さっさと帰って寝るか」


 面倒事はさっさと済ませるにかぎる。


「……カウントを始める」


 レンズにタイマーを表示。カウントダウン開始。


「まずは」

「あれですね」


 入り口の見張りを、狙撃。


「ぎょぎゅん!?」


 ……よし、成功。動かないことを確認してから、接近。


「どうやらうまくいったようだな」

「どうやらって、確証がなかったんですか?」

「まあ、細かいことは気にするなよ」


 魔弾。自分で考え出したものだが、対人で使うのはこれが初めてだ。しかし、何とかなった。見張りを一発で気絶さることができたんだから、上等上等。


「念のために頭に一発入れておこう」

「了解」

「キョッ」


 気絶している見張りの頭部に魔弾を一発、と。これで最低でも三日は目を覚まさない、はずだ。


「中の様子はわかりますか?」

「少し待ってくれ。魔法での探知から切り替える」


 魔法で内部を探ると相手に気付かれる可能性がある。もし敵の中に魔法使いがいたら、探知魔法を察知される危険がある。


 となれば、ここは超音波探知のほうがいい。探知できる範囲は狭くなるが、相手に気付かれる危険は低くなるはずだ。


「……よし、いいぞ。トラップの気配もない」


 入り口は問題なし。


「行こう」


 やっぱり五分は短かったか。しかし、あまり長居もしたくはない。


「洞窟の内部は奥が広くなっているみたいだ。どうやら残りの全員がそこにいる」

「わかりました。では」


 洞窟の奥にある広い空間。そこに残りの盗賊が集まっている。光源は、ある。ランプの明かりだ。これなら暗視機能を切ってもいいだろう。


 よし、大体の状況は確認した。


 突入。


「ぎょはっちゅ!?」

「おいどうしたンガ!?」

「ぎょげふっ!?」


 敵の位置は把握済み。奥の広間の入り口付近に三人、奥に五人。隠れている人間は、いない。


「て、てめえなにぼぐへっ!?」

「おいっ! いったいなぎょぶっ!?」


 ……制圧完了、っと。


「タイムは?」

「4分57秒」

「ギリギリですね」

「いいさ。上出来上出来」

「な、なんなんだテメエは!?」


 問題は、なかったな。銃の扱いも完璧だ。タマラの戦闘技術は相当高いらしい。今回は入り口にいた見張りを狙撃するためのライフルと近距離用のハンドガンだけだったが、やはり、いい。


 二丁拳銃とメイドとメガネ。最高に、いい。


「ぐひひ」

「何を笑ってるんですか、気持ち悪い」

「そんなことはいいから、尋問だ尋問」


 そう、尋問だ。せっかく一人残したのだから、こいつから聞き出せることは聞き出さないと。


 こいつ。やっぱり、気になってた通りだ。


 最後に残した、ひとり。こいつはシャロンが盗賊に襲われたあの現場から逃げた男だ。おそらく、シャロン達の元護衛だ。


「お、おい、お前はいったい」

「動かないで。死にたいのですか?」

「ひいっ!?」


 まあ、死んだと思うだろうな。遠目から見たら仲間たちが死んでいるように見えるだろうよ。


 ……死んではいないはずだよな? 魔弾は脳や神経にダメージを与えるだけで命までは奪わない、はずだ。


 はず、だよな。一応、あとで確認を。


「大人しく私の指示に従いなさい。そうすれば」

「ねえ、これ死んでるの?」

「!!??」


 んだ、誰!?


「動くな!」

「ああ、そんな怖い顔しないでよ」


 気づかなかった。こいつ、こいつは……。


「ボク、敵じゃないから。ねえ?」


 弾きやがった。俺の解析鑑定を弾きやがった。


 そんなことが、できるのは。


「魔法、使い……」


 厄介なことに、なってきた。


 ちくしょうが。

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