僕とエーリカ

間川 レイ

第1話

1.

「アラァァァァァァァァム!魔道兵だ!」


その言葉に塹壕から飛び出して突撃に移っていた僕たちは慌てて塹壕に逃げ込む。直後、塹壕に逃げ込んだ僕たちの頭上を巨大な炎の舌が嘗めていく。火炎放射術式だ。運悪く塹壕に逃げ込めなかった兵士たちが炎に包まれ耳をつんざくような絶叫が上がる。熱い、熱い、助けてくれ。だが僕らにはどうすることもできない。魔道兵の放つ火炎放射術式の炎は受けたが最後、そいつを焼き尽くすまで決して消えないのだから。


「糞、糞、糞!死神め、魔女め!」


僕の隣で運良く塹壕に逃げ込めたゲラートが口汚くののしる。魔女という蔑称を口にしてまで。何故魔道兵が魔女と呼ばれるか?それは簡単だ。僕は恐る恐る塹壕の淵から敵陣の様子をうかがう。そして、敵陣の塹壕の手前、彼女はいた。魔道杖と呼ばれる、魔法を増幅させる力のある長大な杖を構える一人の年頃の少女。そんな彼女の手前に、巨大な魔法陣が浮遊している。


見間違えることなく「魔女」、ならぬ魔導兵だった。厄介だな。内心呟く。魔導兵。それはここ数年で戦場に現れ、猛威を奮っている兵科のことだ。かつてはお伽話や空想の産物として語られた魔導。解剖学や錬金術を祖とする魔導工学によって、後天的に魔法とよばれる超常現象を引き起こせる様になった兵隊のことだ。魔導工学の先生が言うことには、魔導適正が発現するのは年頃の少女に限られることから彼女たちは「魔女」と呼ばれる。あらん限りの恐怖と悪意を込めて。


そんな彼女が杖を一振りすればご覧の通り。轟音とともに塹壕のひと区画が吹き飛んだ。でも僕らとてやられっぱなしではいられない。生き残った小隊長の誰かが号令を取る。


「対魔道兵射撃用意……。はじめ!」


その声に弾かれたように僕たちは彼女に銃を向け一斉に引き金を引き絞る。彼女の展開する魔法陣に無数の着弾の火花が発生するも、彼女に堪えた様子はない。当然だ、魔道兵の張るシールドを歩兵の装備ごときで貫通できるわけがないのだから。それこそ対魔道兵狙撃ライフルでも持ってこない限り無理だ。


お返しとばかりに放たれた重爆撃術式が僕の右手約100メートル、そこで健気に弾幕を張っていた軽トーチカを吹き飛ばす。粉々になって吹き飛ぶかつて軽トーチカだった部品と人体のパーツ。それを見てゲラートがぼやく。


「畜生、俺たちの魔女はまだ来ないのか!」


その言葉に反応したわけではないだろうが、直後、僕たちの頭上を魔導光をまとった一人の小柄な魔導兵が高速で通過していく。とたん僕たちの塹壕から割れるような歓声が響く。


その魔導兵は、やっぱり少女の形をしていた。


彼女は敵の魔道兵と猛烈な勢いで術式をうちあっている。光はねじ曲がり、炎がぶちまけられ、重力術式に大地は陥没する。正しくこの世の終わりのような光景だった。


「せいぜいお前らで殺しあってくれ、魔女(ウィッチ)」


そう憎々しげにつぶやくゲラートの姿が、酷く印象的だった。


2.

結局その日の戦闘は、敵の魔道兵の撤退ということで決着がついた。後方の陣地に下がった僕たちはつかの間の休息を獲ることになる。僕は配給されたたくさんの豆と僅かばかりの肉の切れ端の入ったスープを手に、ゲラートの姿を探し求めていた。ゲラートの姿がなかなか見つからない。


まいったな、これではスープが冷めてしまうよ。そう思っていた時、ふと軍服の裾が引っ張られる感触に気づいた。何だよゲラート、いたのなら返事ぐらいしてくれよ。そう言って振り向いた先にいたのはゲラートではなかった。小柄な少女、先ほど敵の魔導兵とさんざんやりあっていた味方の魔導兵がそこにはいた。


「どうされましたか、中尉殿」


僕は慌てて口調を上官向けの物に変える。少女のなりをしていても、魔道兵の階級は基本的に少尉からだ。そして少女の階級章を見るに中尉。僕たち兵隊などより遥かに上、それが伍長と呼ばれる僕たちであっでもだ。それに何より、変に機嫌を損ねてローストされたくはなかった。


だが中尉殿は困ったようにもじもじするばかりで僕の質問に答えようとしない。


何なのだ、いったい。さすがの僕もイライラし始めた時、あたりにぐぅぅぅという腹の虫の鳴く音が響いた。出所は僕ではなかった。ということは。


僕は目の前の中尉殿の顔を見る。中尉殿は顔を真っ赤にしていたが、やがて決心したように口を開いた。


「あの、そのスープを分けてもらえませんか!」


と。


僕は断った。これはゲラートと僕の分だ。譲るわけにはいかない。それにスープが欲しいなら自分で配給車に取りにいけばいいだけの話だ。それこそ魔道兵は歩兵なんかよりよっぽどいいメニューがもらえるはずだ。何せ士官様なのだから。ちゃんとした肉にたっぷりの野菜の入ったシチューでも待っていることだろう。そう言った。


「それがもらえなかったんです!」


中尉殿は言った。なんでも士官食堂の配給担当者が大の魔導兵嫌いで、『魔女にやる飯なんてねえ!』と怒ってスープをくれなかったのだとか。


よくやるよ。僕は内心呆れた。軍の規則では魔道兵に対する差別は禁止されているのに。大体士官にただの兵隊が楯突いてタダで済むわけがない。その担当者とやらは事態が発覚すれば最低でも重営倉は免れまい。そんなことわかっているだろうにそれでもやるのは、それだけ魔導兵に対する差別意識が強いということなのだろう。


まぁ、その気持ちも全く理解できないわけではない。「魔女」とは恐怖の代名詞だ。この大量生産、大量消費の時代において単騎で戦局を覆しうる。ただの一人の「魔女」を狩るためだけでも、最低でも対魔導兵狙撃ライフルの集中射撃か、最悪砲兵でも引っ張り出してこなければならないほどだ。


「他の方にもお願いしたのですが、皆さん断られてしまって……。お兄さんだけが頼りなんです……」


そう俯きがちに言う中尉殿。どうやら一般兵科の士官にも嫌われているらしい。まあ、それもやむなしと言えなくもある。何せつい先日敵のの魔導兵に僕らの部隊はコテンパンに殴られまくったのだから。増援として送られて来た中尉殿には悪いが、他の士官たちが邪険に扱うのもわからないわけでは無い。だが、わからなくも無いだけだ。僕個人としてはどうでもいいと言ったところだ。僕個人に「魔女」に思うところはない。ただ、別の場所で殺し合っていて欲しいところではあるけれど。巻き込まれたくはないので。


ついでに、あまり魔導兵と関わり合いになりたくもない。変に情けをかけて、他の士官様と関係が拗れるのも嫌だ。何せこちとらはただの兵隊に過ぎないのだから。死地に放り込まれるのはまっぴらごめんだ。ただそんな内心なんてまさか素直に言えるわけないから、何とかしてお引き取り願うべくのらりくらりと話を逸らす。どうか諦めて去ってくれますようにと祈りながら。


だけど中尉殿はしつこかった。僕だけが頼りというのもあながち嘘ではないのかもしれない。そこを何とかと食い下がってくる。上官なのだから、いっそそのスープをよこせと命令すれば良いものを、そこには思いが至らない様子。あるいは思い至ってもあえて行動には移さないか。ただただ、愚直に頭を下げてくる。そのスープを分けてくださいと。その間も腹の虫はグーグー鳴っていて。この調子だと、最悪昼飯も食べていない可能性すらある。


はあ、仕方がない。僕は内心ため息をつく。流石にこのまま見捨てては寝覚が悪い。それに敵魔導兵に唯一まともに対抗できる中尉殿が空腹で戦えないなど、笑うに笑えない。ゲラートには悪いが、スープは自分で取りに行ってもらおう。そう思ってジャックの分のスープを差し出す。


目を見開く中尉殿。揶揄われているのではないかという半信半疑の目。冗談ならやめてください。傷つきます。そう目で訴えかけてくる中尉殿に構わないと苦笑しつつスープの皿を差し出す。ぱあと顔を輝かせる魔道兵殿。その笑顔は年相応で。


僕は初めて目の前の中尉殿も年頃の少女であることに気づいた。


3.

ゲラートの分のスープを完食した少女は、「ごちそうさまでした」とすっかりピカピカになった皿を返してくる。よっぽど飢えていたらしい。いい食べっぷりだった。何なら僕の分のスープもと差し出すが、しばらく名残惜しげに見つめられていたものの、「いえ、それはお兄さんの分ですから」と断られてしまった。僕はそんな彼女に苦笑しつつスープを飲み干す。


「優しい方に出会えてよかったです」


そう満足げに微笑む彼女。「お兄さん、お名前なんていうんですか?」その言葉に答えるかしばし迷ったけれど、結局教えることにした。ケンリッヒだ、と。ケンリッヒお兄さんですか、いいお名前です。そう言って微笑む彼女。ケンリッヒなんて有りふれた名前だ。ケンリッヒという名前にいいも悪いもあるまいと苦笑したけれど、彼女は言った。ケンリッヒさんはたくさんいるかも知れませんが、お腹を空かせていた私を助けてくれたのは目の前のケンリッヒさんです。だからケンリッヒさんはいいお名前です。何だその理屈は。僕は笑った。彼女も笑った。その笑顔はやっぱり年相応に可愛らしくて。


僕は聞いた。彼女の名前は何というんだと。僕も教えたのだから教えてくれと。


彼女はびっくりしたように目を大きくしていたけれど、やがて微笑んでいった。「エーリカです」と。エーリカ。いい名前だと思った。「ありがとうございます!」そう花咲くように微笑んだ彼女の笑顔がとても印象的だった。


4.

僕とエーリカはよく話すようになった。任務前、任務後。後方の陣地に戻った後。「私、これでも志願兵なんですよ」。エーリカは微笑んでいった。それはすごいと僕は答えた。僕みたいな徴収兵からすれば、自ら進んで前線に立とうとするその精神は尊敬に値すると。


「違うんです」


エーリカは照れ臭そうにほおを掻いていった。「故郷の弟たちのためなんです」と。なんでも、志願の魔導兵は徴収された魔導兵より給料が倍近くいいらしい。弟たちを首都の学校に通わせるためには、私が頑張らないといけないのだと。


「弟たちはすごく優秀なんですよ!」


ゆくゆくは首都の大学に行かせたいんです。そう自慢げに微笑む彼女の姿は、こんな糞みたいな戦場でもやけに輝いて見えた。


5.

その晩僕はゲラートから呼び出された。兵舎裏で向き合う僕たち。


「最近あの魔女とよくつるんでいるみたいじゃねえか」


その声はどことなく怒っているようで。僕はわずかに戸惑う。ゲラートは比較的ドライな奴だ。魔導士嫌いであることは知っていたけれど、誰と誰とがつるもうが気にしない。そう言うところのあるやつだから、なかなかうまくやってこれたと思ったのに。だから僕は言った。


「どうしたんだい、君らしくもない」


君はそんな奴じゃなかったろと僕は言った。はああ、と重々しいため息を吐くゲラート。その横顔はどことなく疲れているようにも見えて。


「確かに俺は誰と誰とがつるもうが気にやしないさ」


だがな、と続けるゲラート。


「魔女だけはやめておけ」


そう、真顔でいうゲラート。普段のヘラヘラとした斜に構えた様な笑顔も引っ込めて。それは明らかに普段の彼らしくもなかった。そんな彼を見るのは初めてだった。だから思わず茶化す様にいう。


「おいおい、君まで魔女は呪われてるって言うんじゃないだろうね。いまは19世紀だ、中世じゃない」


だけど、ゲラートは心底疲れた様な顔で言った。


「呪われてるんだよ、連中は」


ゲラートは続ける。


「一体どれだけの人間がお前と同じ様なことを言ったと思う。やれ連中も人間だ、幼い少女だ。うんざりするほど聞いたさ。お前みたいなやつからな」


「だがな、違うんだよ。」


そう、諦めた様にいうゲラート。


「奴らは化け物だ。頭を切り開かれ、魔法なんて得体の知れないものを使える様にされた化け物だ。見た目が可愛いからって油断するな。そういうふうに作られてるんだよ、あいつらはな」


そう言うゲラートは心底忌まわしげで。エーリカはそんなのじゃない、弟たちのために頑張ってるんだ。思わず反論する。


「弟ね」


皮肉気に笑うゲラート。


「あれに弟がいるってことは誰が保証できる」


その言葉に思わず黙り込む。


「口から出まかせかもしれない。いや、あるいはお前みたいな兵隊の同情を引くためのストーリーを叩き込まれてるのかもしれない。あるいはそんな偽の記憶が刻まれてるのかもしれない」


畳み掛ける様に言うゲラート。どうか思いなおせと必死に目で訴えてくるゲラート。


「それだけならまだいい。俺にはあいつらは人間に思えんのだ」


ゲラートは続ける。


「奴らがただの作り物じゃないと誰が保証できる。そもそも人は生身で空を飛べない、火を吹けない。そんなことができるのは化け物かクリーチャーだけだ」


そう言うゲラートの瞳は恐怖に揺れていて。ゲラートは続ける。縋る様に、引き留める様に。


「あいつらは俺たちの上に君臨する死神だ。俺は魔女とつるんでろくな死に方をしなかった奴らを大勢見てきたんだよ。だから、魔女だけはやめておけ」


そう力なく微笑むゲラート。それはまるでどこか懇願するような響きがあって。急に何十年もゲラートが年老いたように見えた。


いや、ゲラートは実際僕よりも何年も長くこの前線にいる。だから僕なんかよりも、ずっといろんなものを見てきたんだろう。ゲラートの言葉にはそう思わせる何かがあった。


だけど。僕の返事は決まっている。あの無邪気な頑張り屋の年頃の少女。彼女を見捨てることはどうにもできそうになかった。


それに僕は彼女に友情に近いものを感じているのだ。友人を見捨てることなんてできなかった。


それが作り物の、化け物がみせた幻だとしても。


だから僕は「ごめん」と謝る。


「そうかい」


そう力なく答えるゲラート。「忠告はしたぜ」。そう言ってとぼとぼと兵舎に引き返す彼の背中が、やけに小さく見えたのをよく覚えている。


6.

翌日の戦闘は激戦だった。双方序盤から魔道兵を投入し、無数の術式が飛び交う。流れ弾の術式が、地を焼き天を焦がし、その度に数十単位の人命が失われる。そこはまさしく地獄だった。僕はそんな地獄の中で、必死にライフルを抱えぶっぱなしていた。彼女の援護になるように。少しでも彼女が楽になるように、祈りを込めて。


いったいどれだけの時間がたっただろう。早朝から始まった戦闘も今や、すっかり戦場は夕日に照らし出されていて。


僕はその中で戦う二人の少女を見ていた。僕は心の中で必死に祈る。どうかエーリカに武運をと。あの子にはまだ幼い弟だっているんですと。だから彼女に武運をと。


そう、何度目かのお祈りをしたころ、視界の中でずるりと体勢を崩す彼女の姿を見た。疲労が限界に達したのだ。そしてそれを見逃す敵ではなかった。


だだだだーん、と重々しい対魔道兵狙撃ライフルの一斉射撃音が響き渡る。シールドを貫通され真っ赤な花を咲かせるエーリカ。力なく崩れ落ちるのが目に入る。敵陣から歓声が上がる。とどめを刺そうと、敵歩兵が塹壕からはい出そうとする姿も。


気づけば僕は塹壕から飛び出していた。意識してのことではなかった。気づけば体が動いていたのだ。彼女を救うために。僕は一気に彼女のもとへと駆けだした。「あの馬鹿!」というゲラートの叫び声を背後に残して。


7.

ビュンビュンと、敵弾が集中するのを感じる。ゲラートが号令をかけてくれたのだろう、応射の弾丸が僕を援護するように飛んでいくのを感じる。僕は大小さまざまな弾丸が飛び交う中を、必死にエーリカのもとへと走った。


そして何とかエーリカが滑り落ちた砲弾のクレーターにたどり着くことができた。


エーリカは既に虫の息だった。今にも息絶えそうなぐらい弱々しいその姿。その姿はどう見ても人間の少女だった。エーリカは必死に声を振り絞って言う。


「何を……してるんですか、ケンリッヒさん……。ここは危ないですよ、すぐに逃げてください」


と。ひゅうひゅうと浅い息を繰り返しながら。それでも彼女は微笑むのだ。私はここまでです。だからケンリッヒさんは私を置いて逃げてくださいと。


「馬鹿野郎!」


僕はエーリカの頬を張った。目を白黒させるエーリカ。


「諦めてどうする!故郷に残した弟や妹がいるんだろう!」


その言葉に顔をくしゃくしゃにするエーリカ。


「私だって、私だって、死にたくなんかありません!でもケンリッヒさんを危険にさらすわけには……!」


そう救助を拒もうとする彼女。そんなエーリカに僕は苦笑する。ここまでやって来ておいて、今更危険もくそもあるものか。それに、「私は死にたくない」。その言葉を聞けただけでもここまでやってきた甲斐はあるというものだ。化け物が、クリーチャーがそんなこと言うものか。だから僕は微笑んで言うのだ。


「子供が意地を張るんじゃない」


と。


「生きて弟たちに会うんだろう?」


そう言って差し出した手を、「お願い、します……」と彼女は握り返してくれた。


8.

僕は彼女を背負ってクレーターを出る。とたん、再び敵弾が集中するのを感じる。だがその勢いはさこ基ほどよりもまばらだった。味方の応射の勢いに恐れをなしたのか、それとも背負ったエーリカが何かをしてくれていたのか。それはわからないが、大小さまざまのクレーターが残る戦場を僕はエーリカを背負って歩く、歩く。


「ケンリッヒさんは、どうしてここまでしてくれるんですか……」


そう背負われながら話しかけてくるエーリカ。


「戦友だからだよ」


僕は苦笑して答える。


「戦友というだけでここまでしてくれるもんなんですか」


そう言うエーリカに「歩兵とはそう言う生き物なのさ」と答える。友を見捨てず、友と共にあり、友のために死ぬ。それが歩兵の魂だと。


「馬鹿みたいですね。たった一つの命なんですよ」


そう涙声でいうエーリカ。それはやっぱり、とても人間らしくて。


「かもね。でも、君を救えた」


「……やっぱり馬鹿です」


そう言ってギュッと回された両手は、暖かかった。


そして味方の塹壕が見えてきた。


塹壕の中ではすでに、医療班が待機していて、その隣には「肝を冷やしたぜ」と毒を吐いてくるゲラートの姿もある。「心配させてすまないね」と片手を上げて拝みつつ、医療班にエーリカを委ねる。エーリカが担架に乗せられながらぽつりと言う。


「ケンリッヒさん、本当に、ありがとうございました」


その言葉に苦笑いしつつ手を振る。戦友を救う。当たり前のことを、当たり前にしただけなのだから。


そして僕も続いて塹壕に降りようとしたとき、たあんとやけに澄んだ銃声が響いた。


ドカンと背中に重い衝撃。ぐるりと世界が回る。崩れ落ちる。膝で一瞬止まる。


たあん。二発目の銃声。再びの衝撃。大地に突っ伏すのを感じる。もう指一本動かせない。視界がどんどん暗くなっていくのを感じる。まずったな、これは。そう思うも、身体はピクリとも動かない。もう何も見えない。音だけが、やけに遠くから聞こえる。


「スナイパー!スナイパー!」


「スモークをたけ!スモークだ!」


「ケンリッヒさん!そんな!私のせいで!……放してください!離せ!」


「畜生!また魔女だ!お前が!……お前が!」


僕は心の中で思う。怒らないで欲しいな、僕は死ぬぬけれど、ゲラート。これは僕の選択だ。


そしてエーリカ。叶うことなら泣かないで欲しい。僕は君を救えて満足なのだから。君が何だったとしても、君は僕の戦友だ。


死んだ祖父の姿が見える。散っていった戦友たちが笑顔で手を振っている。皆がよくやったと笑っている。


戦友を守って死ぬ。確かに、なかなか悪くない死に方なんじゃないだろうか。


だから僕もおおいと彼らに手を振って。みんなが待つ光の方に駆け出していった。

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僕とエーリカ 間川 レイ @tsuyomasu0418

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