第2話
「うっ……えっぐ……おえっ」
「スライムを体内に残したままにいると魔力を吸って復活することがあるからな、ちゃんと抜いとけよな」
「う、うぅ……ごえっ……おごっ…」
おそよ年頃の女の子が出してはいけないような嗚咽を漏らしつつ喉に指を突っ込むララノアを尻目に俺はと言えば、狩り終えたスライムの死体を持ってきた小瓶に詰めていた。
「狩ったモンスターの死体の一部をこうやって採取、これを提出することで報酬を……」
そこまで言って俺は言葉を止め、ララノアの背中に手を当てて治癒色の魔力を流してやる。
本職の白魔道士程の治癒力は無いがこれだけでも幾分楽になるはずだ。
「ゆっくりでいいから、深呼吸して」
「はぁ、はぁ、息が楽に……ありがとう、助かるよ……」
「お、おう?」
エルフは治癒系の魔法が得意だったと思うんだが、何故かコイツの身体からは一切の治癒色が見えない。
というか毒の色しか見えない。
つかなんかこいつ口調が?
「ふぅ……だいぶ落ち着いたよ…」
「あ、あぁ、なら良かった」
さっきまでのツンケンした態度はどこへ行ってしまったのか。
どこか憑き物でも落ちたかのような、穏やかな表情でララノアがコチラへ頭を下げてくる。
これは一体どういう風の吹き回しだ?
「あの、ララノアさん? なんて性格違くない? スライムと一緒に悪い部分も吐いちゃったりした???」
「あ、いやその、本当に申し訳ない。さっきまでの失礼を謝罪させてほしい……です」
再度、ララノアが頭を下げた。
話が全く見えない、突然過ぎて脳みそがフリーズしてるのだけは分かる。
「実はな、さっきまでのアタシはキャラ変してただけなんだ……」
「なぜそんな無駄なことを???」
俺の質問にどこか恥ずかしそうに肩をモジモジと揺ら仕方と思うと、頬を紅潮させてララノアは答えた。
「舐められたくなかった……みたいな?」
「は?」
は?
思わず間抜けな声が出てしまう。
「冒険者とは舐められたら終わりなんだろう? いやね小さい頃、里に迷い込んだリーゼントの冒険者に教えられたんだ…! 冒険者は舐められたらそこで終わり…! そいつは一生搾取される側だぜ、って!」
「えぇ……」
堰を切ったようにララノアのマシンガントークが炸裂する。
「アタシはその冒険者から色んなことを学んだよ、パンチの仕方やドロップキック、目潰し、金的、喧嘩の売り買いまで……だからあのキャラは総ちょ、その人の受け売りなんだ」
「なるほど、ね」
つまりまとめるとこうだ。
子供の頃に出会った大人に悪い常識を植え込まれてしまったと。
そういうわけか。
いやどういうことだよ。
「分かってくれたかな?」
「ちなみにだけど、それって俺以外に話したことあるの?」
「ん? 話すわけないだろう? そんなこと言ったら舐められてしまうじゃないか」
何を言っているんだこいつは、とでも言いたげな顔で首を傾げるララノアに俺は言葉を失った。
正さねば、この野蛮なエルフ後輩を俺が正してやらねば……!
「……本当に助かったよ、先輩。ありがとう」
「えっ。あ、いや別にいいよ。先輩が後輩を助けるのは当たり前のことだしね」
助けるのは当たり前のこと、か。
こんなこと冒険者業を始めてから初めて言ったな。
それにしても、素直に面と向かって人に感謝されると妙に照れてしまう。
ましてやさっきまであんなに生意気だった奴からの感謝、寝耳に水というかなんというか。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、困ったような表情でララノアがぼそりと呟いた。
「……正直言って、見捨てられると思っていた」
「うん、さっきまで明日からどうやって1ヶ月間逃げ切れるか考えてたよ」
「えっ」
「えっ」
おう、自覚あったのに心底意外みたいな顔すんなや。
「おーいおいおいせんぱーい……受付嬢から貴方はとても真面目で仕事に真摯だと聞いてアタシは期待してたのにぃ」
「いや仕事は金が関わってくるから真面目に取り組むがよ、お前あんなひっどい態度取っておいてよくもそんな」
「いや待て。さっきまでと貴方は言ったな。ということは今はそういう気持ちじゃないんだろ〜?アタシを見捨てる気はなくなったのだろ〜? ……そうなんだよな?」
…………。
「まぁ、うん……ソウダヨ」
「どうして目を逸らす!?」
◇
「そういえば先輩はどうして治癒の魔法が使えたんだ?」
キンスラ討伐を終えてギルドへの道すがら、すっかりキャラ変したララノアが今更な質問を投げかけてきた。
「俺は生まれつき魔力に色が無いんだが、その代わりに触れた色に魔力を変えることができてな。どんな魔法、スキルも使えるんだよ」
「どんな魔法も…!? 冒険者なんてやってていいのか……?」
「どんなことも出来そうで聞こえはいいが、元手となる色の魔力がなきゃ強化魔法くらいしか使えないし、さらに本家と比べたら威力は最大でも4割程度、器用貧乏ってやつだよ」
実際問題、聞こえほど便利なものでは無い。
子供でも使えるような初級魔法すら効果が4割まで落ち込むもんだからまともな効果が欲しければ中級魔法を求められてしまう。
そしていちいち中級魔法なんて使ってたら魔力が持たない。
「だから俺は狩人なのさ。狩人のスキルは基本的に使用者の技術力重視、故に魔力の色はさほど問題にならないってわけ」
「はー……なるほど」
狩人のスキルはいい。
肉焼き、ナイフ投げ、罠設置、弓術、遠投、潜伏、便利なスキルが盛り沢山だ。
まぁ代わりに他の職業と違って高威力のスキルが無いので強敵や大型モンスター相手はかなり骨が折れるのだが。
「凄いな人なんだな、先輩は」
「よせやい、照れるだ……あれ?」
ララノアを見てふと、あることに気が付いた。
出発当初に持っていた筈の武器が無い。
「おいララノア、弓と矢筒はどうし「捨ててきたぞ」
「なんで!?」
「元々形だけだったからな。受付嬢さんに、持ってるだけで遠距離職に見えるから駆け出しのパーティに誘われるだろう、と言われたから持ってただけだ」
あぁ…あの人か、色々苦労してんだな……いや苦労か?
ただの詐欺の主犯格なのでは?
というか、それにしたって捨てることは無いだろう捨てることは。
「それに弓なんて使ったことないしな」
はっ?
「は? 今お前なんて言った?」
「ふっ……それに弓なんて使ったことないしな!」
「なぜ自信満々に言い直した!?」
エルフと言えば弓の名手を排出しまくる弓のエリート種族じゃないのか!?
ましてやエルフの里の民はみんな弓術スクールに通わされるのは有名な話だ、前に出会ったエルフの子の話じゃ通わない子は村八分を食らうレベルだったはず。
何故か誇らしげに胸を張るララノアに俺は嫌な未来を想像して軽く目眩を覚える。
これ拾ってくれるパーティあるんだろうな……?
なし崩し的にパーティを組むなんてことになったらどうしようか。本当にどうしようか。
………………。
頼むぞ、奇特なパーティよ現れてくれ……!
「今日の報酬はどれくらい貰えるんだろうな! 初報酬だぞ先輩! 初報酬!」
俺の心配を露知らず、ララノアは今にもスキップを踏みそうなレベルで上機嫌で…あ、ほんとにスキップ踏み出したよ。
なんて、悩んでるうちにギルドへ帰ってきてしまった。
ギルドの扉がいつになく重い……いや待ってまじで重いな。
『むっ、扉が重いですわね。ふんっ!』
なっ!?
扉を開こうと手を掛けていたドア突然こちらへ吹っ飛んで来たかと思うと、ドアノブが俺のみぞうちに。
「おぼぺっ」
クリーンヒット。
ちくしょうめ!
あまりにも突然過ぎて全然回避取れなかった……!
「先輩!? 唐突にどうした!?」
俺が聞きてぇよ。
「立て付けの悪い扉にはタックルをぶち込むに限りますわね!」
ガシャガシャと金属音を立てて、ギルド内から一人の女が顔を出す。
その女は全身を超重量の金属鎧に身を包み、軽くウェーブのかかった銀髪をたなびかせて言った。
「このアイリス・ジルバードの道をとおせんぼするなんて100万年早くてよ〜〜〜!」
アイリスと名乗った鎧女は宝石のような紅い瞳をこちらへ向けて。
「あら、傅くどころか仰向けに倒れてしまうほどわたくしを崇め奉るだなんて良い心掛けですわね。見所ありですわ!」
…………。
何だこいつ!?
「おいおい、うちの先輩に何してくれてんだ!? あぁ!?」
顔を真っ赤にさせてブチ切れるララノアの怒号が付近に響き渡った。
絡み方が完全にチンピラのソレなのが気になるが、俺の代わりに怒ってくれるのは正直ありがたい。
よし、どんどん言ってやれ。腹が痛すぎて全然喋れん。
「アタシの尊敬する先輩に何しでかしてくれてんだぁ!? 慰謝料を寄越せ、慰謝料を!」
「慰謝料!? な、なんですの貴女!?」
「アタシか? アタシはこの人の後輩でありパーティメンバーのララノアだ!」
ん?
今なんか不穏な情報無かったか?
「わ、わたくしは先週からこのギルドで冒険者として働かせていただいているアイリス・ジルバードですわ! フリーですわ!」
新人……?
「ほぉん、フリーか……ちなみにご職業は?」
「セイバーですわ!」
アイリスの答えを聞いて上から下まで眺めたと思ったら、ハッと何か気づいた様子でララノアは「少し待て、作戦会議」と言いそそくさと俺の方に駆け寄ってきた。
重装備相手の作戦なんて関節を壊して空気穴に毒をぶち込めば終わりだろうに、会議するほどのことあるか?
「せ、先輩! セイバーでフリーだそうだ! めちゃくちゃ強そうだしパーティに誘わないか!?」
「嫌だよ、つかお前ともパーティ組んだ覚えないが?」
「えっ」
「えっ」
だからその心底意外みたいな顔やめろ。
「ちょ、ちょっとアイリスさん!? 何やってるんですか!?」
「あら職員さん、さっきぶりですわね。実は扉の立て付けが悪かったものでタックルで破壊してしまいましたの」
「ええっ!? 困りますよ!?」
「モーマンタイですわ、今からわたくしが最高に立て付けの良い扉にDIY致しますから!!! 釘とトンカチ、それとドライバーをお借りしても宜しくて?」
「も、もーまん? はぁ……? いやまぁ、直してくださるならまぁ構いませんけども……」
騒ぎを聞き付けた職員さんがアイリスへ詰め寄って何やら言っている。
と思ったらこちらへと駆け寄ってきた。何故か満面の笑みで。
なんだろう、嫌な予感がする。
「アルバスさん! いい所に帰ってきてくれたましたね! 実は頼み事がありまして!」
「嫌です」
「まだ何も言ってない!」
「嫌です、何も聞きたくないですし何も知りません。明日から有給30日取らせてくれるなら話だけは聞きます」
「実はこのアイリスさんなんですけど〜……新人さんでして〜……アルバスさんにはもう一人お願いしたいなぁ〜みたいな?」
「そんな猫撫で声で言っても絶っったいに嫌です! はい! 話聞いたので有給よろしくお願いしますね!」
「えっ!? アルバスさんが有給なんて使えるわけが」
何やら言っている職員さんを無視し、俺は全力で自宅へと駆け出した!
新人教育は楽じゃない! 〜おひとり冒険者と愉快な仲間たち〜 とりっぴー @ToMo0315
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