新人教育は楽じゃない! 〜おひとり冒険者と愉快な仲間たち〜
とりっぴー
第1話
「新人教育、ですか?」
いつものようにクエストを終え、モンスターの討伐証明を記入しているとギルドの職員に声を掛けられた。
「えぇ、是非アルバスさんにお願いしたいなと思いまして」
「いやいや、基本的にソロな俺じゃ新人教育は無理っすよ。ベテラン勢のヨーキさんとかカイルさん辺りにお願いしてみては?」
俺の提案に職員のお姉さんはバツの悪そうな表情でウェーブのかかった髪を弄る。
「え、いやっ…その…そ、そう! ベテラン冒険者の皆さんは王都に招集を掛けられていまして、人手が足りてないんです!」
「あ〜……ドラゴン討伐でしたっけ」
「えぇ、はい!」
そうだそうだ、すっかり忘れていた。
この時期は王都にドラゴンが現れるからベテラン勢は駆り出されてるんだったか。
道理で最近皆を見ないわけだ。
それにしても中堅パーティー位ならまだこの街に居そうなもんだが……?
「あの他の中堅連中とか」
「このギルド内で新人教育を任せられるほどの実績を持つ方は今現在、アルバスさんくらいしか居ないんです。ベテランの方々が帰ってくるまでの間だけでもいいので……駄目ですかね?」
「あ、いやっ…その、うお近っ!?」
上目遣いで職員さんがこちらを覗き込んでくるので、思わず後退る。
あぶねぇ、惚れるところだったぜ。
新人、なぁ。
冒険者の新人教育と言えば現場での実践が基本だ。
普通なら四人パーティー足す新人で組んで複数人での立ち回りを学んで貰うべきなのだが、生憎の所俺はソロ。
学べることはかなり少ないだろう。
だがまぁ、言うて帰ってくるまでならソロの立ち回りでも糧にはなるか?
どうせひと月もすればみんな帰ってくるし。
ここは一肌脱ぐとしますかね。
「ベテラン勢が帰ってくるまで、ですからね」
「いいんですか!? 本当ですか!? 良かった……ありがとうございます! やったー!!!」
「いえいえ。じゃ、精算お願いします」
小躍りでも始めそうな勢いで喜ぶ職員に書き終えた書類を差し出す。
「いやほんと助かりました…他の方はもう匙を投げてしまって……」
「え?」
「え? あ、いやこちらの話です。本日もクエストお疲れ様でした! こちら報酬の小金貨1枚です!」
何か慌てた様子のお姉さんは無理矢理にそれをこちらに押し付けて。
「あっ、新人ちゃんには明日の朝にギルドへ来るように言っておきますね! では私はまだ仕事が残っているのでこれにて!」
早々に話を終らせて受付の奥へと引っ込んでしまった。
うーむ、どうにも怪しい。
普段なら問い詰める所だが……ひと月近くダンジョンにこもりっぱなしで流石に疲れた。
とりあえず新人教育用の参考書でも買って帰るか。
◇
次の日。
青空の広がるよく晴れた気持ちのいい朝。
装備を整えた俺はギルドのテーブルにて参考書を読み込んでいた。
「なるほどね、先ずは新人の働きやすい雰囲気作りか……」
爽やかな挨拶、自然な笑顔、物腰の柔らかさ、この三か条を守ればとりあえず初対面はクリアってところだな。
「おい、ちょっといいか」
「ん?」
唐突に上から降ってくる聞き馴染みの無いぶっきらぼうな声に俺は本から目を外す。
そこには不機嫌そうにこちらを睨むエルフの少女が居た。
今にも殴り掛からんと威圧する冷たい印象の碧い瞳。
腰まで伸びた金髪から香るのはメープルの香りだろうか、甘ったるいそれが俺の思考にモヤをかける。
「おい、聞いてるのか? アンタがアタシの教育係か?」
腰に手を当てて不機嫌そうにこちらを見下す少女が再度問い質した。
見惚れていた頭をフル稼働させて質問の意図を理解しようといや待て。
……教育係?
「もしかして君が新人の……?」
「あっー!!! ララノアちゃん! また勝手に突っかかって!」
受付の方からけたたましい声を上げて昨日の職員がこちらへと駆けて来た。
「あの、もしやこのエルフの子が新人教育を受ける新人……だったりします?」
「あー、はい…そうなりますね。ほら、自己紹介してララノアちゃん!」
「チッ……」
ララノアと呼ばれたエルフの少女は大きな舌打ちをすると、吐き捨てるように言った。
「ララノア・ニーブ、エルフ」
「え、そんだけ? ほら、魔力の色とか職業とか一緒にクエスト受けるんだしさ、情報共有はしておきたいなって」
「面倒だ、見ればわかるだろう」
えぇ……なんだコイツ。
そりゃ背中に弓と矢を背負ってる辺り、弓使いってのはわかるが。
その割には指が綺麗だな…まぁ新人だしそんなもんか。
「ま、まぁまぁ! 一緒にクエストに行けばわかることですし! とりあえず!!!」
焦った様子の職員さんが苦し紛れなフォローを差し込む。
「……わかりました。はじめまして、俺はアルバス・モノグラム。基本的にソロを生業にしている冒険者だ。魔力の色は無色、職業は一応狩人。今日から一ヶ月お前さんの教育係をすることになっている、よろしくな!」
できるだけ顔の引き攣りを抑え、全力の営業スマイルをかましてやる。そして握手でもしようとララノアへ手を伸ばすが。
「チッ……」
言って俺の掌を叩き払うと、彼女は心底どうでもよさげにギルドの外へと出てしまった。
…………わぁ。
参考書を読み込んだ意味ねぇ〜。
こんなんどうしろってんだよ、もう帰って寝たいんですけど?
いやまぁ待て、俺。
あんだけの態度を取るんだ、もしかしたら相当な弓の使い手ないしは熟練の可能性もある。
そう、エルフと言えばかなりの長命種族。俺より全然年上でモンスター討伐なんて慣れっこなんてことがあるかもしれない。
ならなんで新人教育なんて受けに来てんだ?
え?
…………まいっかぁ!
開始早々から嫌な予感を感じながらも俺はララノアの後を追ってギルドを後にしたのだった。
街から少し離れた平原にて俺たちはお目当てのモンスターを探していた。
今回の討伐対象はスライム。
それもただのスライムでは無い、スライム複数体が混ざりあったキングスライムだ。
キンスラと呼ばれるそれは1体狩るだけで混ざった個体数分の報酬を得られるということで、冒険者間ではかなり美味いモンスターと知られている。
ちまちまと狩るのもいいが、新人にはここでドカンと稼がせて残りの期間に何があってもいいようにしておきたい。
そう、例えば俺が教育係から逃げ出したりだとか、そんな不測の事態が起きた際に生活費が無いとこの後が辛いだろう。
スタートダッシュくらいはちゃんと決めさせてやる、それが先輩冒険者として彼女に出来ることだ。
正直言ってアレと1ヶ月も付き合うのは俺には出来ない。
ここに来るまで道中、せめて簡単な連携くらいは取れるようにと軽い雑談を持ちかけたが。
「なぁ、ララノアさん、エルフはなかなかに弓の名手が多いと聞くがキミはどうなんだ?」
「知らん」
「な、なぁ、ララノアさん、エルフの好物はメープルシロップって本当なのか? 実はここにちょっと高級なメープルシロップがあるんだが、お近づきの印に差し上げ「話しかけるな」
「……連携のためにこれから『さん付け』はしないからそのつもりで頼むぞ、ララノア」
「チッ……」
まぁこんな調子でお話にならない。
もう涙目だよ、参考書の金を返してくれよ。
おっと。
「なんて言ってたら来たな……」
敵感知の反応にダガーへ手をかけるがそれをグッと我慢する。
「ララノア! 前方50メートル先にキングスライムだ! お前の実力を見せてくれ!」
そう、今日の目的はキンスラの討伐だけでは無い。
新人教育ステップ2、即ち今現在のララノアの実力を測るのだ。
何ができて、何ができないのか。
ここをしっかり潰していってこそ成長に繋がる。
「ふんっ」
俺の言葉に、ララノアは待ってましたと言わんばかりに大きく身を震わせた。
─────大した自信だな。流石はエルフ。
エルフの弓の構えなのだろうか、重心を低くし地面と胸が触れそうになるほど深く深く、上半身を落とす。
腰まで伸びた金髪が地面に垂れる。彼女はゆっくりと弓と矢に手を掛け。
「はっ……!」
一息、担いでいた弓と矢筒を放り投げた。おい待て。
ダッシュでキンスラへと突っ込んで。待て待て。
はっ?
「エルフ流喧嘩殺法! ぶっこみドロップキック!」
声高らかに、ララノアがキンスラの顔面目掛けドロップキック。
そしてまぁ見事、ララノアはキンスラに飲まれたのだった。
どたぷんと水音を立て、一人のエルフがスライムの中へと飲み込まれたのを俺は呆然と眺めていた。
スライムと言えば物理攻撃に対する絶対耐性を持ち、魔法以外ではそもそも触れられない流動性の肉体を持つ魔物。
故に魔法や毒などの搦手で仕留めるのがセオリー、仮に物理攻撃をするにしても魔力を込めて流動を阻害するのが常識だ、そんなこと街の子供でも知っている。
そんなスライム相手にドロップキック?
なんで???
嘘だよな???
…………。
「何やってんだお前ええええええええええええ!!!!」
俺は今日一の絶叫を上げると、魔力を込めたダガーを手に駆け出した!
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