リグレット トゥ アテンション

黒幕横丁

注意を惜しむ

 田舎暮らしというものぐらい俺にとって嫌なものはない。

 都会に行くのだってバスに揺れて片道何時間もかかるし、山に囲まれているから虫だって山ほど出てくる。不便なことこの上ない。

 “田舎”という狭い世界が俺の視野を狭めている気さえする。


 あと、俺が田舎嫌いだという最大な理由は、この村のしきたりにあった。


【長の家に男が生まれたのなら、二十歳の誕生日に神に捧げるべし】


 長の家、つまり俺の家に男が生まれたのなら二十歳の誕生日に生贄にしなければならないという、しきたりだ。

 俺の家は代々女性が村長を務めるという家系である。生まれる子どもも女ばかりだ。だから他所から婿を取り一族を存続させてきた。

 しかし、ある一定の間隔で男児が生まれることがあった。長である女系一家に生まれる男児、それをこの村では神の使いとして扱われる。

 そしてその男児が成長して二十歳になったとき、神に男児をお返しするという意味で捧げなければならないのである。

 俺はそのしきたりの村長一族から生まれた男である。

 神の使いとして大事に育てられてきた。どこへ行くにも村の誰かの目が届いてなければ行動できないほどに。

 正直、進学や就職などで村を出ていった同級生たちが羨ましくて仕方がない。あいつ等は自由だが、俺はこの村の中で一生を終えなければならない。二十歳の若さで。


 さて、俺がいつ二十歳の誕生日を迎えるかといえば、


 明日だ。


 正確には明朝、迎えが来て村の最奥にある古い祠に放り込まれ閉じ込められる。

 食料なんてものは用意されない。ゆっくりと衰弱して俺はやがて死んでいくのだ。

 村にとっては俺を神に還元したと考えているのかもしれないが、これは立派な見殺しなのである。

 そんな村に一泡吹かせようと今日に至るまで様々なことを実践してきたが全く通用することもなく、現長である祖母(ばばあ)から大目玉を食らうことしかできなかった。

 人生最終日である今日も、叱られて懲罰部屋という地下室に閉じ込められている真っ最中である。スマホの電波はもちろん届くことはなく、誰からの連絡を受信することもできない。

「あー、暇だなぁ」

 茣蓙(ござ)と座布団が置かれた地下室で寝っ転がる俺。いうて最終日だし、祖母も早めに出してくれるだろうと予想していたが、詰めが甘かった。スマホで時刻を確認したが、かれこれ六時間も懲罰部屋送りにされている。

 あー、今日は飯を豪華にするとか母さん言っていたのになぁ、下手こいたな。

 そんな小さい後悔をしつつ、俺はうとうととまどろみ始めた。


 まぁ、最悪朝になって地下牢へ迎えがくるだろう。そう思っていた。


 ふと目を覚ます。随分とよく寝ていたような気がした。

 今、何時だ?と手元のスマホで時刻を確認すると、もう朝の七時であった。

「えっ」

 俺は気づけば二十歳になっており、明朝に迎えが来るはずであったのに来なかった。

 さすがに懲罰部屋に押し込まれていたとはいえ、迎えはちゃんと来て、しきたりはちゃんと遂行されるはずだ。押し込まれる前にばばあからもそう言われていた。

 それなのに朝になってもこの部屋にいるということはどういうことなんだ?

 訳も分からないまま、俺はゆっくりと起き上がり、地下室から地上へと延びる階段を上がる。

 段数を上がるたびに何やら空気に錆臭さが増し、鼻にこびり付く。

 まぁ古い家だし、どこか基礎が錆びているのかと思いつつ階段を上る。

 地上へと出る木の扉を少し踏ん張りながら開け、一階部分へと出る。周囲はまるで不気味なくらいに静まり返っていて、不気味な鷺の声が遠くから聴こえるくらいだ。

 恐る恐る廊下を渡る。地下室から一番近い厨(くりや)を覗いても、鍋とかはそのままコンロに置かれているのだが、誰もいない。今の時間帯は朝ごはんの時間だから誰かしらいるはずなのに、人がいない。

 もしかして大広間の方に集められているのか?

 大広間の方に行ってみようと歩みを進める、すると階段を上っていた時に感じた錆臭さがさらに強くなっている気がした。


 嫌な予感しかしなかった。


 大広間は屋敷の中央に位置しているのだが、地下室のある東の離れから数分ほど歩く遠さだ。慎重に歩いていくと、漆塗りの黒い廊下に何やらシミみたいのが増えている。それは大広間に向かうにつれてシミの箇所が増え、シミの大きさも大きくなっている。

 しかも、静寂の中で微かに聞こえる、ゴリゴリやグジュグジュという異音。明らかに異常だ。

 山から熊でも降りてきて人を襲っているんじゃないかと、足音を出来るだけ立てないように大広間へと向かう。

 大広間が近づくと気分が悪くなるくらいの悪臭が鼻をついてくる。廊下はシミから何やら黒い液だまりに変化していき、動くたびにぴちゃぴちゃと音がし、裸足で進む足が次第に赤黒く染まっていった。


 おそらくこれは、血なのだろうなぁ。


 そんなことを考えつつ、大広間近くへと着く。異音はすぐ近くで行われているらしい。

 そっと大広間を覗くとそこには、


 赤い塊が山のように積み重ねられていて、よく見ると人の形をしていた。

 その山の下では誰かがゴリゴリと音を立てながら肉の塊を食らっていた。


「ヒィッ」


 ショッキングな光景に、俺はつい声を漏らして尻もちをついた。


『誰?』


 肉を食らっていたものが此方を振り向く。その姿や声は中性的でどこか子どものように見えたが、口や体中べっとり赤黒い液体が纏わりついていて、とても不気味である。

『なんだ、まだ人が残ってたんだ』

 そいつは持っていた塊をポイと放り投げて俺の方へと近づいてくる。

 もしかして、こいつが村の人間を残らず襲ったのか?俺もこのままこいつに食われるのだろうか?怖くて逃げだしたい気持ちは山々なのだが、恐怖のあまり足がすくんで動くことが出来ない。

「お、お前は誰だ」

 俺の言葉にそいつの歩みがピタっと止まった。暫し考える動作をしたのち、

『この家にやって来たとき、ここの人たちはボクのことを“神様”とか言っていたよ。だから神様なんじゃない? 知らないけど』

 飄々と答える。

「村人、全員食べたのか?」

『ボクってちょっと変わった食生活をしててね、人間しか食べられないんだ。お腹が空いちゃって彷徨っていたらこの村に来ちゃった。そしたら皆、神様だって大層歓迎してくれちゃったからさ、食べちゃった』

 まるで嬉しい事でもあったかのように笑う。

「俺のことも……食うのか?」

 俺は冷や汗を流しながらそいつに本題を切り出す。そいつは

『“食べ残し”はダメって教わっているし、食べようかと思ったんだけど、何か君人間じゃないものも含まれているっぽいし、マズそう』

 は?人間じゃないものって?俺はそいつが言い放つ衝撃の一言に目を丸くする。

『なんていえばいいのかなぁ? 体の主成分に人間じゃないものが含まれているってことじゃなくて、中身の問題かなぁ。なんか食べたら罰が当たりそうだからいいや』

 なんだかこいつの言う事がイマイチよく理解できていないが、とりあえずは助かったのか……。


 しきたりが行われるはずだった日、村長含め村人全員が残らずこいつに食われていた。

 つまり、俺を祠へ閉じ込める奴は居なくなったというわけだ。

 俺は晴れて自由の身になったのだ。


「ヨッシャ! 俺は生きてる!」

『親族とか皆、ボクに食べられているというのに喜ぶだなんて変な奴。そうだ! どうせお前天涯孤独の身になったわけだから、ボクの放浪の旅のお供にしてやろう』

「は? 誰かお前なんかと」

『従わないと、食うよ?』

 こいつ、俺を脅すつもりか。

「わーかったよ。ついていけばいいんだろ?」

 旅は道連れ、世は……なんとかだ。

 こうして、二十歳で死ぬ運命だった俺とその運命を断ち切った人食い偏食家の放浪珍道中は幕を開けたのである。



 〇〇県▽▽山中にある村で大量の死体が発見されました、損傷が激しく熊などの獰猛な何かに襲われたものとみて警察が調べております。

 また、村長の孫である男性の行方が分からなくなっており、警察では何か事情を知っているものと見て捜索をしております。

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