第2話 日本史も文学も全部ギャル

 それから一か月後。

 異界からやって来たギャルにより、後宮には変化が現れていた。


「見て見て~、この唇まじエモくない?」

「えー、めっちゃプルい~。私も今度買おー」


「今度あの子が下賜される相手、こないだの賊討伐で活躍した人なんだって~」

「えー、しごできじゃん」

「あの子も苦労人だしさー、幸せになって欲しいよね~」


「最近野菜が足りなくてさー、困っちゃう」

「とりまゆるぼしよ~。実家が農家な子も多いし~」



「感染しとるッ‼」

「うおっ」


 右を向いても左を向いても飛び交う奇妙な言葉に、思わず私は叫んだ。

 私の突然の叫びに驚いたギャルが、きょとん、と目を丸くする。


「どしたんガオりん。キャパい感じ? ちゃんと休んでる?」

「アンタのせいだろうが⁉」


 悲しきかな。一か月も共に過ごしていれば、暗号のようなギャル語も理解できてしまう。

 報告によれば、ギャルが金国に現れてから、同じ派閥内でのいじめは極端に減ったという。どうやら、このダルっとした口調は、仲間意識というか、連帯感を伴うものらしい。

 問題は、あっという間に妃から下女まで広まったことだ。後宮がギャル語に侵略されとる‼


「治安は良くなったが風紀がまずい‼ ダルっとしすぎてさすがに見過ごせない‼」

「えー……」

「せめてもう少し教養になりそうなものを流行らせてくれないか⁉ 詩とか‼」


 私がそう言うと、ギャルは頭を搔きながらしばらく考えて、「あー……宮沢賢治とか?」と言った。


「宮沢賢治?」

「つってもあたし、『雨ニモ負ケズ』しか知んないけど、これは全部暗唱できるよ。多分うちの国じゃ知らん人はいない詩」


 ほう。

 聞いたことがない題目だが、貴賤問わず国民が知っているとは、さぞ美しく素晴らしい詩なのだろう。


「どんなものか、諳んじてもらえるだろうか」

「おk。じゃあ……」

 

 ギャルは胸に手を当て、スウ、と息を吸う。

 

 

「雨にも負けず風邪にも負けず、

 春の花粉にも冬の氷点下にも負けぬ、丈夫な体を持ち、

 友は多く、決してハブらず、

 イベとライブに人一倍はしゃいでいる。

 一日一タピと少しのコンビニお菓子を食べ、

 あらゆる季節限定のス〇バをチェックし、そして全メニューを制覇する。

 新宿の新大久保の駅の前にいて、

 東に新作のコスメがあれば、行って金欠になり、

 西に美味しいタッカルビがあれば、食べてカロリーを気にし、

 南に推しがいれば、邪魔にならない距離から静かに手を合わせて感謝し、

 北にプリクラがあれば、友と友情を誓いあい、

 一人の時は自撮りして、

 寒いおじさん構文にはギャル文字で返し、

 皆に『ギャル』と呼ばれ、

 多様性を尊重し、誰になんと言われようと自分のなりたいものを目指す、

 そういうギャルに私はなりたい」

 

「本当にそう言う詩なのか宮沢賢治!?」


 だがなんだろう。最後、感動してしまった自分がいる。

 後宮には後宮の指針である『女誠』があるが、ギャルもまた『雨ニモ負ケズ』を戒めにしているのだろうか。


「……一応、貴妃さまにお伝えしておこう」


 絞り出すように言うしか無かった。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る