【カクヨムコン9短編】ギャルの後宮改革

肥前ロンズ

第1話 タピオカって清王朝の時からあるってマ?

 この金国には、ある言い伝えがある。

 この国には、異界から人がやってくるという。その者は、不思議なからくり道具や奇抜な知識を持って、この金国に繁栄をもたらすと言われていた。

 そしてこの度、その異界の少女が、金国の後宮に入ることになったのだ。

 ……だが、一つ問題があった。

 


「やっば、めっちゃ好ハオハオじゃん」


 奇妙な言葉遣いに、珍妙な格好、奇天烈な行動。

 彼女は、ギャルだった。




 異界からやって来た者の資料によると、ギャルとは、


『ウェーイ系のパリピで陽キャ。クラスの上位カーストにいて、オタクをいじめるもの。オタクに優しいギャルなど幻想』

 

 らしい。

 ほとんど意味がわからなかったが、書いた人間はよほどギャルを嫌っていたことがわかる。

 そしてその嫌悪感……というか受け入れがたさは、私にも理解出来た。


 現在ギャルは、手のひらにおさまる鉄の板を掲げて、歯痛のように頬に手を添えたり、指を二本立てて手のひら側を見せるようにしている。そしてパシャパシャという音がずっと鳴っていた。

 何なんだあれは。なにかの儀式か?

 人ではなく、妖怪を相手にしている気分になる。


「えー、やば。めっちゃチルい。メガ盛っとこ」

「あ、あー……少しいいだろうか」


 恐る恐る私が尋ねると、東屋で謎の格好をしていたギャルは、こちらを見た。

 

「あ、どーも。えーと、誰だっけ?」


 首を傾げるギャルに、私は頭を抱える。

 確か初日に挨拶をしたはずだが。


「私はガオという」

「……」


 なぜかギャルは、真顔でこちらを凝視していた。


「え、イケメンじゃん」

「は?」

 途端、ギャルは顔を朗らかせる。


「やば、顔面偏差値エグち。寿命のびそう」


 江口えぐち

 確か前の異界の人間の姓が「江口」だった気がするが、私の名前はガオだ。あと寿命のびそうってなんだ。

 ゴホン、と咳払いして、私は続ける。


「貴姉の、格好についてなんだが」

 

 そもそも、異界からの住人を差し引いても、ギャルの格好はおかしい。

 そう言うと、ギャルは前髪をつかんで、「あー、髪?」と言った。


「鬼センに頭髪検査で散々言われた~『似合っていると思ってるのか』とか『そんなことしても可愛くない』とか~。そゆの、マジでウザイんだけど~」

「いや、派手な髪色やうねる髪は別にいい」


 私がそう言うと、ギャルは「マ?」と返した。

 この国の美人の条件としては、「真っ直ぐな黒い髪」が好ましいとされるが、最近は西方との交流も頻繁のため、明るい髪色や巻き毛の妃も増えた。明るい髪色に憧れて、染める妃も多い。

 しかし、そのような言葉を投げかけるとは、あまりに心無い人間がいるものだ。

 五十年前の後宮なんて、もっと奇抜で首を傾げるような格好が多いが、当時の妃たちは真面目に寵を競ったのだ。それを後世の人間が侮るようなことを言えるだろうか。自分が理解できないからと言って、相手の格好をけなすとは、鬼センが誰なのかわからないが、よほどその者は教養がないのだろう。

 

「その髪の色は、似合っていると思うぞ。化粧もまあ、いいんじゃないか」

「え、うれピ~。ガオりんいい人~」

「ガオり……」


 敬意を持って欲しいと思いつつ、毒気が抜かれてしまい、注意するのもバカらしくなる。

 いや、だが。これは言うべきだろ。


「なんだその裙子スカートの丈は⁉ ほとんど穿いている意味が無いだろ⁉」

 

 この国なら、くるぶしを見せるだけでもはしたないとされているのに、太ももまで!?


「いくら女と宦官しかいないと言っても、明らかに後宮の風紀を乱す格好だ。即効やめるように!」 

「えー、何それウケる。こんぐらいフツーだしー」

「普通!?」


 足を出すことが普通だと!? 羞恥心はないのか!?

 

「とにかく、今すぐその格好をやめて、」

「あ、いたいたギャル子さん! ごきげんよう」


 後ろから、春の風を思わせるような、軽やかな声がした。

 ……この声は。


「き、貴妃さま!?」


 そこには、皇帝の側室であり、皇后と皇貴妃が不在のこの後宮において、頂点に立つ貴妃の姿があった。

 明るい茶髪を両把頭に結い上げた貴妃は、にこり、と私に微笑んだ。


 が、ギャルに対しては、天真爛漫な笑みに変わる。

 

「あ、キーちゃん、おはぽに~」


 キーちゃん。

 もしかして貴妃きひから来ているのだろうか。失礼すぎる。というかおはぽにってなんだ、その気の抜けるような言葉は。


「おは……ぽに? って、何かしら」

「おはよう+ぽに。あと、『おつぽに』とかもある」

「そうなのね! おはぽに~」

「おはぽに~」


 うぇーい、と謎の掛け合いをする二人。

 ――ではない! 掛け合いをしている相手が問題だ!


「貴妃さま!? そのふざ、いえ気が、いえ……」


 指摘したいのに、相手が相手だ。私のような者が異を唱えてよい方ではない。し、しかし……。

 

「素直に言っていいのよ~。後宮にふさわしくない、と言いたいのでしょう?」


 頬に手を添えて、ニコニコと笑う貴妃。


「でもねえ、ギャル子ちゃんの口調を真似すると、後宮の治安がよくなったのよね」

「は……?」

「ほら、私たちって、帝のためにお化粧したりするでしょう? だから結果ばかりを追い求めて、報われなかったら他者の成功を妬んでしまうじゃない。『あいつさえいなければ、私が寵愛されるはずだったのに~』って、毒盛ったり」

「あ、はい。そうですね……」


 あっけらかんと『毒』という言葉を使う貴妃。

 一応、そういうことは公に言ってはいけないのだが、まあ皆が知っていることである。


「ギャル子ちゃんが色んなことを持ち込んでくれたおかげで、皆そっちに夢中になって。必要以上にケンケンしなくなったというか。

 おかげで、毒を盛られる回数がめっきり減ったのよ~。これで私も安心して寝られるわ~」

 

 そう言って、貴妃は細い竹の筒を使って、紅茶と牛奶ぎゅうにゅうときび砂糖を混ぜたものを飲む。

 ちゅー、という、音が響いた。

 

「美味しいわね、珍珠粉圓タピオカ。かき氷に乗せたり、あんみつと餡子に入れたものは食べたことがあったけど、こんなふうに紅茶と牛奶ぎゅうにゅうを入れるのもありね~」

「それな。マジタピオカしか勝たん」


 ……このギャル、貴妃を懐柔しよる。

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