最終話「聞きたいこと」
さて、どーしたものか。
偶然が続くとさすがに気づく。間違いないなと思えるほどに。
――近所に住む猫先生が私を避けている
あれからマフラーを問題なく編み終わり、出来映えを見せようとご自宅を尋ねたというのに不在。
別の日に行っても不在。さらに別の日に行っても不在。
買い物の途中遠くにその姿を発見したのでダッシュしたというのに、なぜか消えていなくなる。
何回もそれが続くとさすがに偶然じゃあない。
嫌われてるとかではない。それは断言できる。
そうじゃなくて私が気づいたことを先生がわかったからだろう。
5日目。
5日目というのは先生が私を避けていることに私が気づいてから5日目ということである。
「――あれ? 樋ノ内さんならさっきまでそこにいたのに」
ご近所さんの言うそのセリフにも飽き飽きしてきた。
樋ノ内さんにお願いされてそう言っているわけではないのはわかっている。本当に樋ノ内さんは風が吹いて飛ばされたかのようにサッといなくなる。
間違いなく魔法みたいなの使ってる。
猫に変身するほどの人だ。それしかない。
――何もそこまで避けなくてもいーのに。
猫の姿でやってきたことは誰にも口外してない。
先生のことを知っているであろう美里香ちゃんや竹下さんにすら言っていないというのに。
――そんなに避けるなら。なんで私の記憶消さなかった? 魔法使いならそれぐらいできそうだけど。
――もしかして、できなかった?
……何か理由があるのか。でもそれは本人に聞かなければわからない。
っていうかそんな理由は私的にはどーでもよかった。
また先生と再会したい。
あのかわいい先生に私の編んだマフラーの出来栄えを見てほしい。
それしか頭になかった。
春が近づいてきた。
雪も段々と少なくなっていき、夫にとってみれば憎ったらしい花粉の季節がこれからやってくる。
先生には相変わらず会えてない。先生が私を避けるから。
でも先生のお孫さんとは会った。
しばらく会いに行こうとはせず、一か月以上の空白を置いてから先生のお宅を尋ねたときのことだった。やはり本人はいなくて、代わりに留守番をしていたお孫さんが玄関で対応してくれた。
正直驚いた。
高校生の孫がいるとは聞いていたけど、これがかなりの美人さん。こんな子なかなかいないよと言えるほどの。
対応も明るく丁寧。これでモテないなんてことは絶対にない。
そしてお孫さんを見ていて思った。先生も若い頃はモテまくっていたんだろうなぁと。
そして樋ノ内さんのお孫さん。名前を「えいみ」というらしい。漢字は英美と書く。
しばらくして、そういうことかと私はまた理解した。
46日目。
相変わらず会えないので強硬手段をとることに。
やると決めたらすぐに行動。旦那を見送り、家事を済ませた後はちょっと遠出して大きなホームセンターへ。
ネットで事前に調べておいたものを購入。帰りに魚屋さんへよって店主おすすめのやつを購入し、我が家へ帰宅。
「――よし。あとはやるだけだ」
庭の真ん中を陣取りYouTubeを観ながらやり方を確認。これからしばらくの間我が家の夕食は焼き魚となる。
新品の七輪に火を起こす。思ったより手間取ったけど、なんとかできたので網の上に魚を置く。
「おぉ」と声が出た。庭で魚を焼くなんて初めて。
そして案外楽しい。キャンプみたい。
こうして焼き魚定食を食べる日々が始まった。
58日目。
なんか無人島で生活してる人みたいになってきた。
そしてしばらく焼き魚を見たくない状態になってきた。旦那にも文句を言われ始めている。
――いや、でもこれを乗り越えたら白米みたいに毎日焼き魚を食べることが当然みたいな体になってくるかも。そうなれば苦にはならないはず……。
そんなわけのわからないことを考えながら今日も魚を焼く。最近焼く前に生魚と目が合うことが多い気がする。肉体的だけでなく精神的にもきつくなってきたようだ。
――限界かも。明日からしばらく肉にするか。
丁度母からもらったばかりの肉がある。高級肉ではないけれど、今なら高級肉に匹敵するほどのうまさを感じるはず。
そう思いながらサッと火を起こし、網の上に魚を載せる。
当初はただ網の上に置いて焼くということに大した考えなどなかった。
でも魚を焼くってのは案外奥深く、美味しい焼き魚に会うには細かく小さな工夫が必要だということがわかりかけてきた。
「今日はいい天気だったなー」
朝から空は青い海を張ったような快晴。
日が落ちた今は小春日和の夕暮れ。
この夜が始まる前、夕飯時のどこかホッとするこの時間。帰り道にはいろんな家から今夜のおかずの匂いが漂ってきている。お腹空く。
――今夜も釣れないかぁ。
これが焼き上がったら、これから帰ってくる旦那と一緒にこの焼き魚を仲良く食べる。そうしたら諦めて明日からは肉中心の生活。
もう会うことは無理なのかなーと思うと胸の中が残念な気持ちでいっぱい。
――仕方ないよね。
でも諦めが肝心。気持ちを切り替えて、気分上げる為に明日はちょっと豪勢なお肉料理にしよう。
そう思っていたそのときだった。
何かを体が感じ取ったらしい。ジュージューされる魚から目を離し、首を右に向けていた。そして視線をやや上にあげ、我が家を取り囲む塀のてっぺんのところを見る。
「……あっ」
一匹の白い猫が目に留まる。
久々に見る雪のような真っ白。
赤い首輪に真鍮の鈴。他猫の空似じゃなく本猫に間違いない。
何をしているかというと、我が家の塀の上で目を閉じてくんくんと匂いを嗅いでいる。
――ほんとに好きなんだ。
さっきまでの残念な気持ちが一瞬でなくなる。久々に再会した先生を見て、気分はもう上がっていた。
でも落ち着けと自分を宥め、じーっと、まだこちらに気づかない先生を見る。
とっつかまえることはしない。
目が合ったら話し掛ける。焦る気持ちを抑えてなるべく穏やかに。
前々からそう心に決めていた。
だからそれを実践する。
私とバチッと目が合った先生は「!?」と驚く。
そこにニヘヘーと満面の笑顔を飛ばしてやった。
「こんばんは先生」
白猫はぷいっとそっぽを向いた。
「今日は絶好の焼き魚日和ですねー」
続けて話し掛ける。先生はそのまま私を無視して、ぴょんっと跳ねて逃げてしまいそう。
……でも、そうしなかった。
周囲を見回すだけで、またこっちを向いてくれる。
「――やられたわ」
久しぶりに顔を合わせて話した。
樋ノ内さんの声ではない。でも彼女だと思わせるところはある。
「本当に匂いが好きなんですね」
「そんなこと憶えてなくていーのに」
「大好きな先生のことは忘れません。猫釣り成功です」
「まったく」と言って観念し、ぴょんっと軽い身のこなしでわが家の庭へ着地。チリンと鈴の音を鳴らした後、庭を歩いて七輪の前でしゃがむ私の横にお座り。一緒に七輪を覗くような形になる。風はないから七輪から出る煙は真上に昇っている。どちらにも煙はかからない。
「これで三人目よ」と先生から謎の言葉をかけられる。先生の目線は網の上の魚を見ていた。
「三人目?」と私は先生の横顔を見る。
「魔法が効かない人の数」
「……」
――ほんとに魔法使いだった。
「それってもしかして美里香ちゃんに竹下さんですか?」
「そ」
「やっぱり」
「ねえ、佐藤さんって遠い親戚かまたはひいひいひーおばあちゃんが魔法使いとかだったりする?」
「……残念ながら聞いたことないです。それが原因なんですか?」
「理由のひとつとしてね」
「というと?」
「魔法を使った人間はね、一度でも使えば必ず魔法が体内を通るから、臓器に魔力が滲んでしまうの。だからその魔法使いの血を受け継いだ子孫は魔法の効力をある程度持ってしまうパターンがあって。人によって出る効果は違うんだけど、例えば佐藤さんのように抵抗力ができたりとかね」
「急にRPGとかファンタジーの世界になりましたね」
「猫の姿の私と会話した時点で既にファンタジーじゃない?」
「そーでした」
まったくと呆れる先生。
一体どうして私には魔法が効かなかったのか不思議だったけど、でも私はそんなことどーでもよかった。
また先生と会えて話せた。それで大満足。他のことなんてどーでもいい。
色々聞きたいこともある。
「先生のその声って、お孫さんの声なんですよね?」
「そうよ」と先生は隠さず答える。借りたのだという。
「じゃあ今お孫さんは喋れない状態ってことですか?」
「そういう借りたじゃないわ。真似させてもらってるだけ」
「声だけじゃなく名前まで借りたわけですか」
「……初めてこの姿で人と接したときのことなんだけどね」
「はい」
「名前を聞かれたの。でもそんなの考えてなかったから、晶子って自分の名前出すわけにもいかないし、咄嗟に孫の名前出しちゃった」
「それからずーっとそれにしちゃってるわけですか」
「孫はこの町に住んでいないから。バレないかと思ったんだけどね」
「バッタリ会っちゃいましたよ。すんごい美人さんでびっくりしました」
「孫には言わないでね。調子に乗るから」
「お孫さんも魔法使いなんですか?」
「多少は使えるんだけど、魔法使いではないわ」
「使えるだけですごいと思います。色々できちゃうし」
「できないことの方が案外多いのよ。実はあまり役に立たないの」
「いえいえ。先生がしてくれたことは嬉しいことばかりでしたよ。私が編み物やってる噂を夫に届かないようにしてくれたのも先生なんですよね?」
「そこにも気づいてたのね」
「やっぱり」
「旦那さんは喜んでた?」
「おかげで喜びまくってました」
「頑張ったかいがあったわね」
「先生のおかげです」
先生にはまだまだ聞きたいことがあったはずだけど、再会の喜びのせいだろうか。他の質問は忘れてしまった。
――思い出したらまた聞こう。
時間はたっぷりあるしと白猫姿の先生を見つめる。私の視線を感じてこっちを向く白猫。
「……なによ」
「なんでもないです」
やっぱかわいい!
そう思っていると「ねえ――」と先生はじーっと網の上の魚を見る。
「――さっき猫釣り成功って言ってたわよね?」
「はい」
「じゃあそのお魚、いただいてもいいのかしら?」
そう言われ、喜んでと自分の分を差し上げる。おかげで今夜のおかずはお肉になった。私だけ。
「そうだ先生。マフラーの出来栄え見てくれません? 結構自信あるんですよ」
「はいはい。わかってるわ」
そう言ったら先生はくるりと背を向け、家を出ようとする。
「あれ? どこいくんですか先生。もう焼けますよ?」
「この姿では食べたくないのよ。すぐ戻るわ」
「……あーなるほど」
うちで食べないわけだ。
今までのことを理解すると私もサッと立ち上がる。先生が来る前に急いで自分の肉料理をつくり、お皿を並べて先生と旦那用の大根おろしも用意する。
準備完了と同時に先生はうちにやってきた。
「今日はごちそうになります」
玄関から入ってきたのは白猫ではない。
長身の、初老の女性。
笑顔で「喜んで」と出迎え、彼女を食卓へ招く。猫じゃない姿でわが家へ来るのは初めて。丁度旦那も帰ってきたので三人で夕食。
――あ、そーだ。
早速ひとつ聞きたいことを思い出したので、旦那が傍にいないタイミングでこっそり聞いてみることに。
「ねえ先生」と小さな声で。
「なに?」と先生も小声。
それは再会したら必ず聞こうと思っていたことだった。
「どうして猫なんですか?」
【了】
ねえ先生。どうして猫なんですか? たけやぶ @takeyabuquestion
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