後編・ ズルい「あの御方」の正体。そして……

「……はぁ。すっきり致しましたわ」

「こんなこと、どこに行っても言えませんものね」

「ええ。不敬罪にあたりますもの」

「でもずっと言いたかったんです! ひどいですよね陛下!」


 ルミナス・グリーンウォール侯爵令嬢。その人は世の男は勿論、女までもを虜にする美しい女性だった。

 本物の黄金でできているかのような艶を持つ金の髪。陶器のような白い肌。サファイアを嵌めこんだような瞳。抜群の美貌とプロポーションは女神も裸足で逃げ出すだろう。声や言葉、振る舞いも完璧に美しく、彼女の一挙一動をため息混じりに見つめ「ズルいほど美しい……」と呟く男女の如何に多いことか。


 ルミナス嬢はただ美しいだけではない。様々な知識を持つ才女でもある。更に心根は正しく、曲がったことを良しとしないが、それも極力事を荒立てない。淑女の見本のようだった。


 伯爵令嬢が婚約者から贈られたブローチを身に付けていた時、ルミナス嬢は即座にブローチの異変に気づき、それを借り受けて宝石商に見せた。彼女の予想通りブローチは宝石に模したガラスの偽物だと判明した。また、それに平行して伯爵令嬢の婚約者の動向を探らせ、彼がギャンブルにはまり多方面に借金をしていたクズだと突き止めたのだ。


 伯爵令嬢は不幸な結婚をする前に無事に婚約破棄をして慰謝料も手に入れたが、男性を信用しなくなりルミナス嬢を崇めたて夢中になった。いや、そもそもルミナス嬢がブローチを貸してほしいと微笑んだ瞬間から伯爵令嬢は彼女の虜になっていたのだが。


 子爵令嬢のケースも似ている。彼女の家は困窮していた。そこに支援をするからと婚約した男は外面は良かったが実はモラハラだった。彼女に似合わないひどいドレスをワザと着せて夜会に連れ出し、笑い者にさせる。「お前のような貧乏で醜い女を拾ってやったのだから感謝しろ」と言うのが彼の口癖だったし、子爵令嬢もその言葉に洗脳されかけていた。


 そこへ現れたのがルミナス侯爵令嬢だ。彼女は言葉巧みに子爵令嬢を婚約者から引き剥がし、控え室に行くと彼女のドレスも剥がしてよく似合うものを選び着るように命じた。お色直しをして夜会に再び現れた子爵令嬢を見て、会場はどよめきたったし婚約者はうろたえ、人前で悪し様に子爵令嬢とルミナス嬢を罵った。


 それで普段は外面の良い男の化けの皮が剥がれ、子爵令嬢の洗脳も解けたのだ。彼女は正規の手続きを経て婚約を破棄し、夜会で彼女を見初めた優しく裕福で身分もよい男性との縁を得ることができた。

 ……ただひとつ、不幸なことに。彼女を泥沼から救い出したヒーローが新しい婚約者ではなくルミナス嬢だった為に、子爵令嬢の心の中には常に彼女が住んでいる。


 公爵令嬢と男爵令嬢の心を奪ったのも致し方ない。バカ王子と比べ、ルミナス嬢の振る舞いはあまりにも美しくスマート過ぎた。


 そんなルミナス嬢と結婚したいという男性は枚挙に暇がなかったが、何故か彼女は数々の求婚にも微笑むだけでなかなか首を縦に振らなかった。その不可思議な態度がますます神秘性を帯び女性達の憧れをつのらせていたが、遂に第二バカ王子殿下が彼女に強引に手を出そうとした後で彼女の身の置き場は決着を見ることになる。


 ルミナス・グリーンウォール侯爵令嬢は国王陛下の愛妾として召し抱えられたのだ。


 側妃ではなく、愛妾。つまり後宮に引っ込み、本人が夜会などの参加を望まない限りは滅多に表舞台に出てこない。

 それでいて王の寵愛が続く限りは政治的な力が侯爵家には与えられるから、名誉な話だしメリットも大きい。寵愛が無くなったとしても引き続き後宮に留まるか、臣下に下賜される事が殆どだから不祥事でも起こさない限りはほぼ一生安泰だ。


 ルミナス嬢にとっては悪い話ではなかったが、彼女を信奉する者達は皆こぞって口惜しがった。何せルミナス嬢の意思で表に出てこない限り彼女に簡単には会えなくなってしまったのだから、今まで遠くから見つめ声を聞くだけでも満足だったのにそれも許されない。かと言って大っぴらに不満も言えやしない。国王陛下に対して下手なことを言えば不敬罪だ。相手が悪すぎる。


 公爵令嬢は、国王陛下への不満を思い切りぶちまけたいがために“ズルいお姉様被害者の会”と偽り、その文意を汲み取れる同士を集め、この日の茶会を開いたのであった。


「あああ、お姉様……お姉様に会いたいですわ」

「せめて、あのお姿を拝見してお声を聞きたい……」

国王陛下あの御方は酷いですわ。残酷ですわ。ズルいですわ!」

「ズルイです! 許せませんわ! お姉様はみんなのものなのに!」



 ◆◇◆



 一方そのころ。


 噂の当人、ルミナスは後宮の自身の部屋でのんびりと読書とお茶を楽しんでいた。

 ……楽しんでいた、といえば聞こえはいいがかなり自堕落な姿である。長椅子に寝転びながら本を読み、時々テーブルのお茶やお菓子に寝そべったまま手を伸ばす。


「あああ、愛妾ニート生活、最っ高……」


 実はルミナスが数々の求婚を受け入れなかったのは、本来は自堕落な気性をひた隠して淑女の見本として振る舞ってきたからであった。

 結婚してもこの外面を維持するのは大変な上、どこぞの領主の妻になればその責務も更に負うことになるし社交などもしなければならぬ。かといってそういった責務の無いような夫のところに嫁ぐイコールド貧乏か、貴族ではないただの成金の妻になるしかない。だから微笑みで誤魔化し、のらりくらりと求婚をかわしていた。


 夜会や園遊会で他の令嬢達がクズやモラハラの婚約者に困らされていたり、常識知らずの男爵令嬢がバカ王子に近づいたりしたのをやんわりと注意していたのだって、別に正義感からではない。そういった秩序の乱れが横行すれば他のまともな男も毒される可能性がある。回り回って自分の将来の嫁入り先も悪くなりかねない。悪の芽は早めに摘むに越したことはないのだ。


 だからあくまでも目に余るようなケースだけそっと介入していたのだが、何故か女性達から「男に媚びない、美しき正義の女神」のような扱いをされてしまって辟易していたのだ。


 男からは求婚され、女からは憧れのお姉様と呼ばれ、いよいよもってのっぴきならないところにバカ王子から強引に迫られたルミナス。表向きは微笑んで「殿下、わたくしなどには勿体ないお話ですので謹んで辞退させていただきます」と言うが内心では「王子妃なんてめんどくさい立場、死んでもごめんだわ!!」と叫んでいた彼女を救ったのは国王陛下だった。


 最初は側妃に、という話だったが王妃ほどではないにせよ公務や社交の必要にも迫られるし、王妃や他の側妃とのにらみ合いや策略もあるだろう。子供を産むように周りからのプレッシャーも大きいに違いない。その為ルミナスは断るつもりで全てを国王にぶっちゃけた。


「わたくし、毎日好きなことだけしてゴロゴロしているのが理想ですの。」

「ほう、好きなこととは?」

「まあ、自分の美貌を磨いたり、本を読んだり楽器を弾いたり? たまにはダンスも良いですけれど舞踏会で次から次へとダンスのお誘いがくるのはうんざりですの」


 国王はあまりにも明け透けなルミナスの言葉に腹を抱えて笑い、彼女を大変気に入って愛妾ではどうかと提案し、彼女は目を輝かせて飛び付いた。

 こうして、夢のニート生活を手に入れた彼女。しかしそれは後宮の高い壁に囲まれ決して表沙汰にはならない、かつて女神と謳われた女の秘密である。


 ルミナス・グリーンウォールは実はズルい女なのだ。そうとは知らず、彼女に心酔している令嬢達は立派な被害者である。


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ズルいお姉様被害者の会 黒星★チーコ @krbsc-k

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