中編・ 三人の令嬢のエピソード

「そちらほど凄い話ではないのですけれど……私もルミナスお姉様に、夜会で着ていたドレスを脱ぐように言われて」

「えっ」

「ど、ドレスを?」

「まさか私と同じ……」


 伯爵令嬢の問いに子爵令嬢は彼女を見返し頷いた。


「はい、当時の婚約者が私に贈ったものでした。偽物ではありませんが……」

「それで脱いだんですの?」

「ええ……着ていたドレスはお姉様に取り上げられてしまって『あなたにはこちらがお似合いよ』と別のドレスを渡されましたの」

「えええ、なんてこと!」

「待って、待ってくださいな。別のドレスを……って、まさかお姉様のドレスを着たんですの!?」


 頷いた子爵令嬢の目の縁が赤らむ。


「はい。凄く素敵なドレスで……」

「そ、それだけですの!?」

「着心地も素晴らしく……」

「他には?」


 子爵令嬢は少々の沈黙の後、目の端を潤ませて小さな声で答えた。


「……とても良い匂いでした」


 きゃあー! と黄色い声が他の令嬢達から上がる。


「ず、ず、ず、ズルいですわ!!」

「うぐぅ、羨ましくて死にそう!」

「くっ、でも貴女、確かにお姉様のドレスが似合いそうですもの!!」

「けれど、何故着ていたドレスを取り上げられたんですの?」


 子爵令嬢は事情をかいつまんで話す。公爵令嬢は「モ……ですわね」とまたも小さく呟いた。


「それで婚約は破談になりまして、その場で私を見初みそめてくださった方と後日婚約を結び直したんですの……けれど」


 子爵令嬢はほう……とため息をつく。


「勿論、新しい婚約者の方は素晴らしい殿方なんですけれど……けれどお姉様が」

「ああ……わかるわ。お姉様はズルいですわ……」


 そう相槌を打った公爵令嬢は男爵令嬢に目配せをする。未だあどけなさを残す容貌の男爵令嬢は心得たとばかりに口を開いた。


「私は皆様とは違います。領地も権力もお金も無く、しがない男爵家の娘です。そこから成り上がりたいと浅はかな夢を見ました。分不相応にも第二王子殿下に近づいたんです」

「そう、殿下はあの時わたくしの婚約者でしたわ」


 公爵令嬢が美しい微笑みを見せた。残りの二人の令嬢が一瞬で凍りつき、そしてゆるゆると融けるかのように口を濁す。


「まあ……その噂は聞いておりましたが」

「殿下との婚約が破棄となったのは……そこにお姉様が?」

「はい。私が殿下に近づこうとする度に、とても自然に私の足止めをされて、やんわりと窘めて下さって」


 男爵令嬢はぽっと桃色に染めた頬に手を添え、遠くを見つめた。


「『可愛らしい小鳥さん、そんなに急いで翔ばなくてもよろしいんじゃなくて?』……って、あの声! 管楽器のような素晴らしい音色でした」

「ああ、ルミナスお姉様はお声ですらも素敵ですものね」

「まるで絹のような滑らかさで……」


 彼女の声を思い出しながらうっとりとため息をつく三人の令嬢。しかし公爵令嬢だけは男爵令嬢を白い目で見る。


「貴女、最後のほうはお姉様に構われたくてワザとやっていたでしょう?」

「てへっ、バレてましたか」


 男爵令嬢は笑顔でぺろっと舌を出したが、すぐに真顔に戻る。


「でも、私はやり過ぎたんです。何度も殿下に近づこうとしてお姉様がそれを止めるうちに殿下に勘違いされてしまって。お姉様は筋が通らない私の行動を正そうとしただけなのに」

「えっ、どういうことですの?」

「勘違いとは?」

「殿下は、ルミナスお姉様が殿下をお慕いしているから私の邪魔をしていると思ったんです」

「「ええっ!?」」


 公爵令嬢の冷たい美貌がなお冷たく硬くなった。


「それでわたくしとの婚約を破棄してお姉様を王子妃に迎えると言い出したんですの」

「な、なんですって」

「そんな、横暴ですわ。あのバカお……」


 伯爵令嬢が言いかけてハッと口を覆う。公爵令嬢はクスリと笑みをこぼし、小さく「そう、バ……ね」と言った。


「わたくしはこの一連の騒ぎで殿下に愛想が尽きておりましたし、あの方はこのだけでなく」


 そう言いながら手にした扇子の先で男爵令嬢を指す。


「更にお姉様にまで粉をかけようとしていたのが多くの人に知られましたから、なんの問題もなく婚約は破棄になり、わたくしは第三王子殿下の婚約者となりましたの」

「まあ……それで第二王子殿下は辺境領へ行くことになったのですね」

「ええ。屈強な男ばかりいる地で心身を鍛え、身体に染み込んだ色ボケを徹底的に抜いてくるように……と陛下のご配慮ですわ」

「流石は陛下……」

「……と言いたいところですが」

「ええ」

「本当に」

「全くもって」


 四人の令嬢は互いに目を合わせ頷き、一斉に声をあげた。


「「「「ズルいですわ、陛下! お姉様を独り占めするなんてぇ!!」」」」


 四人の声は公爵邸のサロンの天井にぶつかり、ェェ……という小さな反響を起こしてから空気に溶けた。


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