ズルいお姉様被害者の会
黒星★チーコ
前編・ 伯爵令嬢のエピソード
うららかな春の陽気が満ちる、実にお茶会日和のとある日。さる公爵邸で開かれたお茶会はなんとも奇妙なものだった。
まず、サロンの中には四人の令嬢しかいない。主催者の公爵令嬢は使用人にお茶の支度をさせると「人払いを」と言って全員下がらせたのだ。そして令嬢達は皆、出された紅茶や焼き菓子や公爵邸の見事な部屋や庭園には目もくれず、誰も彼もが顔を赤くしてこう言っている。
「ズルいですわ!」
「ホンッ……とにズルい! こんなひどい話があって?」
「ルミナスお姉様……。ああ、なんてあの御方はズルいの。許せないわ!!」
中には目に涙を浮かべたり、手にしたハンカチを引き裂きそうな勢いで握りしめる者までいる。
通常、お茶会といえば主催者が事前に招待状を送り、それに出席の返事を出した者だけが参加できる。
また、上位貴族の中でもかなり身分の高い公爵令嬢が下位貴族の子爵令嬢や男爵令嬢を招待するのは、よほど懇意の者か親戚の場合が殆どだ。
しかし今回はそのどちらも通例を破っていた。
公爵令嬢は、似通った年頃かつ夜会や園遊会によく参加する貴族令嬢全てに手紙を送り、そこにこう書いたのだ。
“ズルいお姉様被害者の会”
“ご参加希望の方は、ルミナスお姉様がどんなにズルかったかご記入の上、ご返信くださいませ。内容を確認し、追ってお返事致します”
公爵令嬢の元にはいくつもの手紙が届けられた。勿論その中にはこの機会に上位貴族と繋がりを持ちたいという邪な考えで嘘の内容を書いてきた令嬢も居たのだが、内容を精査すればそれらは全てはじくことができた。
斯くして、今日この日集められたのは男爵令嬢、子爵令嬢、伯爵令嬢、そして主催者の公爵令嬢……という身分もバラバラで、ある一組を除いては特に繋がりも無い面々であった。この場においては身分の上下なく、いわば無礼講で好きに語って良い、と公爵令嬢からお墨付きを頂いた上でこの四人はテーブルを囲み話をしているのだ。
ひととおり皆の愚痴が放たれたところで、改めて件のルミナスお姉様のエピソードを個々に語っていく流れとなった。
「こほん……ではまず私から。ルミナスお姉様は私のブローチを素敵だとお褒めくださいましたの」
先陣を切ったのは伯爵令嬢。彼女は胸元にそっと手をやる。
「それがこちらですわ」
彼女の指先には見事な大粒の緑の石が嵌め込まれ、周りを優美な曲線の金細工で飾る美しいブローチがキラキラと輝いていた。
「あら、確かに素敵……」
「でもまさか」
「ええ、そのまさかですわ」
伯爵令嬢は睫毛を伏せ、ため息をつくように言葉を漏らした。
「ルミナスお姉様はこのブローチを貸してほしい、と仰って」
「まあ!」
「な、なんてこと……」
「それで、そのブローチを渡したんですか!?」
伯爵令嬢はこくりと頷いた。
「ええ。勿論最初は断ったんですのよ。これは私の婚約者から贈られた大事なものだから、と」
それを聞くやいなや、令嬢達は青ざめた。もうこの話がどういう内容なのかおおよその想像がついたのだ。皆、口々に悲鳴に近い非難の声を挙げる。
「婚約者からですって? そんなまさか!」
「でもお姉様が貸してと仰ったんでしょ!?」
「ひどい、なんてひどい話なの!?」
伯爵令嬢は泣き笑いのような表情でこう言った。
「でも、皆様、わかるでしょう? あのルミナスお姉様に『どうしてもそれを貸してほしいの。必ず返すから』と微笑まれたら……断ることができて?」
令嬢達は皆、口を閉じて俯く。男爵令嬢は頭を抱えるそぶりまでした。
「無理よ! 逆らうことなどできないわ!」
「ああ、ズルいわ……お姉様はご自身の微笑みがどんなに強い力を持つのかわかってらっしゃるのね」
「それで、どうなりましたの? やはり……その婚約者の方とは」
「ええ、婚約破棄になりましたの。返ってきたブローチの石は偽物で、ただのガラスでした」
「「「まあ……!」」」
令嬢達は声を揃え、呆れたような相槌をうつ。その後、公爵令嬢が小さく「ク……ですわね」と呟いた。伯爵令嬢はくすりと笑って再びブローチに手をやる。
「勿論、こちらは本物でしてよ。慰謝料の一部として向こうに用意して頂きましたの。その時のお姉様のお顔は一生忘れませんわ。私にはこのブローチがよく似合うと仰って……」
「そんな事が……忘れられる筈もありませんわ」
「お姉様……それなのに今はなんて残酷な事をなさるのでしょう」
「ええ……」
しんみりとした空気が流れた後、次に語り出したのは抜群のスタイルを持つ子爵令嬢だった。
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