第26話 それから

 水沢に新幹線発着駅まで送ってもらった帰り道。

 新幹線の出発までまだ時間があったので、一花とリクトは駅ナカの蕎麦屋で早めの夕食を摂ることにした。


「はー、おいしー!」


 湯気の立つ山菜とろろ蕎麦をすすり、一花は至福のため息をつく。


「わたし、あったかいおそば大好きなんですよね。特に寒い日は最高! もちろん、冷たいお蕎麦も好きですが」


 箸で蕎麦を手繰りながら、正面でざる蕎麦と格闘する異世界甲冑を見る。


「リクトさんは熱いのと冷たいの、どっちが好きですか?」


「俺はどっちでもいいが……」


 彼は面頬の隙間から蕎麦を口に運びながら、


「熱い食べ物は兜の中が曇るから、あまり選ばない」


 ……切実な問題だ。


「だったら兜脱げばいいじゃないですか」


 さっきも脱いだのだしと一花は思うが、リクトは頑なに首を振る。


「甲冑は重戦士の命。みだりに外したりしない。それに……」


「それに?」


「……昔、剣術の師匠に『お前の顔は紛争を招くから隠しておけ』と言われたことがあって……」


 意味は解らないが教えに従っているという彼に、一花は曖昧に頷くしかない。

 ……たしかに、あんな超絶イケメンが往来を闊歩してたら争いが起きそうだ。

 トツエルデの美醜の感覚はこっちの世界と似てるのかな、と一花は考える。


「こんな所まで付き合ってもらって申し訳ないのだが……」


 不意に握り箸のリクトがポツリと弱音を漏らす。


「俺は本当は、もう元の世界に帰れないのではないかと思っている。戻れないことを知りたくて、諦めるために扉の痕を見に行っているだけなのかもしれない。俺がトツエルデに執着する理由はないんだ。元々ソロ狩りが主流で特定の仲間もいなかったから、俺が消えても誰も捜す者はいないだろうし……」


「リクトさん」


 うつむく甲冑を、今度は一花が諭す。


「わたし、リクトさんの存在を知った時、希望が持てたんです。リクトさんと同じように、わたしのお父さんとお母さんも異世界で元気に暮らしていて、帰る手立てを探してるんじゃないかって。だから……」


 ――海難事故で行方不明になった一花の両親は数ヶ月で死亡認定され、戸籍上は故人になった。しかし、遺体も見ていない一花はまだ諦めきれない。だから遺産にも保険金にも一切手を付けていないのだ。


「帰りましょう、リクトさん。リクトさんを大切に思っている人が、トツエルデにも必ずいるはずです。わたし、リクトさんが元の世界に戻れるよう精一杯お手伝いしますから」


 少女の真剣な眼差しに、青年は兜の中で微笑んだ。


「ありがとう、一花殿」


 帰りたいと願う人と、帰って来てと願う人。

 ……孤独だった二人は、そうやって支え合って今の世界で生きていく。


 腹が満たされた後は、家に帰るだけ。

 一花は日が落ちて真っ暗な新幹線の車窓を眺めながら、大あくびする。隣の席を見ると、全身甲冑のリクトはピクリとも動かなくなっていた。耳を澄ますと、兜の隙間から寝息が聴こえる。

 二人を隔てる手摺を跳ね上げて、一花はそっと手甲に自分の手を重ねた。


(わたしは絶対に『帰らないで』なんて言わないから、その時が来るまで一緒にいましょうね)


 冷たい金属が自分の熱で温まっていくのを感じながら、一花は目を閉じた。


◆ ◇ ◆ ◇


「きゃー、遅刻、遅刻ぅ!」


 翌日。寝坊した一花は、はねた前髪をそのままに鞄を掴んで大急ぎで玄関に向かう。

 昨日は地元駅に着いたのが終電間際で、すっかり夜更かししてしまった。


「一花殿、朝食を!」


 食パンを差し出す全身甲冑に、女子高生は真っ青になる。


「だから食パンはダメですって、リクトさん! 咥えて走って曲がり角で新たな出会い異世界人にぶつかったらどうするんですか。六畳一間に重戦士は一人が限界です!」


「……俺は一花殿にぶつかってこの家に来たわけではないが?」


 日本の女子高生の台詞は異世界人には難解すぎた。


「食パンの話は帰ったら図解マンガでじっくり教えてあげます。じゃあ、行きますね」


 ローファーのつま先をトントンして靴に足を押し込む一花に、リクトは軽く片手を挙げる」。


「うむ。いってらっしゃい、一花殿」


 送り出す言葉に、一花は満面の笑みで重戦士の手甲のてのひらにハイタッチした。


「いってきます、リクトさん!」



――――――――――――――――

駆け足になりましたが、これにておしまいです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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