第6話「革命の意志」

「レジス…タンス?」

「レジスタンスと言っても、今は名ばかりじゃ。しかし、この腐った現状を打開するために儂らは確かにここに在る」


 という言葉に、優は煮えきらないような顔をする。


「儂ら浪梅組はな、親や子を亡くした者や、そんな民を憂う者、まつりごとに疑念を持つ者が集っておる」

「今、四方四国の統治者たちは堕落してしまった。多くの者のように怠惰になったわけではないのじゃ、底なしの貪欲さに塗れるようになりおった。おおよそ20年ほど前からじゃの」

「奴らが欲するのは人や資材ではない。当たり前な話じゃがな、奴らははるか以前から強力無比じゃ」

「ヒューマシーンの核。世界を善くしようと造られたはずの”エゴロア意志の鉱”を奴らは狙う」


 エゴロアとは、ヒューマシーンの高度な知性、処理能力を実現するための金属だ。旧暦の終わりの頃見つかったと言われ、本来極低温の下でしか発生しない超伝導現象を摂氏200℃下であっても実現させる、物理法則を無視したような物体だ。ただし、それだけでは自我を実現させることは不可能であるため、本質が全く不明でもある。


「儂が知る限り、かつて世界にはひとりひとりに友としてヒューマシーンがおった」 

「だが今はどうじゃ、政府の機関は歪みきり、ヒューマシーンは人一人どころか、若いのと子供の数ほどしかおらん。真っ当な者は騙され、やくざ者は叩き潰されて、たくさんの民が窮屈に窮屈になってしまっておる」

「…まぁ、社会の表層は取り繕われておるがな」

「御仁なら、それもよくわかっておるじゃろう。なにせ政府の役人サマであるわけじゃからな」 

 

 ノイントは言うほどにやりきれなそうに覇気を無くすと、気だるげで、しかし何かを諦めているような顔で頬杖をつき、外を見る。優はそんな彼女を見て、吐いた息を飲み込むことしか出来なかった。


「この土地がこんなに荒廃してしまったのも、人々が怠惰になったことだけが理由ではないのじゃよ」

「じゃからの、儂は世界を、ヒューマシーンをどうにか守ってやりたいのじゃ」


 そう言って、ノイントは哀しそうに息をつく。 


「のう、御仁。名は何と言う?」

「…優。篠田優」

「そうか、よい名じゃの」


 再びノイントは向き直り、瞳孔がまっすぐ優を捉える。


「優。貴殿に頼みがある」

「我らの意志を、貴殿に継いで欲しいのじゃ」

「…え?」

「お、おい頭領どういうことだ!?こいつにそんな…」

「黙っとれ、デューク」

「ッ…わかったよ」


 眼の前の女性の発言を汲み取れずに、優は混乱する。

 

「どう、いうこと?そりゃあ確かに僕だって…」


 総統が悪だってことくらい心のうちでは判ってた、という言葉が喉に突っかかる。言動を、自分自身が邪魔してうまく息ができない。

 

「でもっ、僕はそっちの敵じゃないか。僕は軍事官だ、役人なんて言っても政府の奴隷だよ、君たちを縛りに来たんだよ!?」


 頭がうまく回らずに、声音が投げやりになる。そんな優にノイントはただ続ける。


「実はな、儂は優がここに来る前から、貴殿に遭ってこれを頼むつもりじゃった」

「篠田という性は、今ではただ”名のある科学者”のことでしかないがの、遠い昔ではエゴロアの発見者であった」

「…は?」

「何を突然、と思うか?しかしこれは真実じゃ。ヒューマシーンを創り上げた人々の中に、貴殿の祖先がおった」

「そして儂は篠田の者らが造ったヒューマシーンじゃ。当然、ヒューマシーンは開発からすぐに量産されるようになった。この意味がわかるか?」


 優は何も言えず、ノイントの次の言葉をただ待った。


「儂は”Humachine”No.2、ノイント」

「史上二体目のヒューマシーンにして、篠田とともにある者」

「敵かどうかなんて関係ないのじゃよ。篠田の者であるだけで、儂は貴殿の仲間であり守護者じゃ」

「…!?」


 優はそんな馬鹿な話があるか、と思った。無理もないだろう、優はその”篠田”であった運命を呪い続けて来たのだ。冷たい大理石に囲まれた議事堂で、胸糞の悪い汚れ仕事を承認、実行して来たのだ。今さらそんなことを言うなら、もっと早く何故助けなかったのか、というふうな罵倒が喉から飛び出しそうになる。


「だがそれにも関わらず、儂は貴殿を守ることが出来なかった。急変した政府に、情けなくも儂は逃げることしか出来なかった」

「腐った軍のもとで働くのはさぞ辛かったであろう。これからは儂が優を助けると約束させてくれ。頼む」


 そう言うと、ノイントはその場に座り、足を組んでから床に両拳を突き、深く頭を下げた。


「…何だそりゃ、知らなかったぜ頭領、なんで教えてくれなかった?納得できねえよ、もう俺には何がなんだか…」


 小さな声でデュークが漏らす。聞こえてこそいなかったが、混乱しているのは優も同じであった。


「…これからって、どうするって言うのさ!僕は軍事官から逃げられない、軍が立ち去る者をどうするかくらい、あなただって知っている筈だ!」


 優は短い人生の中で、同僚だった人間やヒューマシーンの骸を幾度となく見てきた。その殆どは敵ではなく、自分や同僚が殺した骸だった。故に荒げた声で吐き捨てる。


 ノイントはゆっくりと立ち上がってから答える。


「もちろん、知っているとも。だが関係ない、儂らが貴殿を送り届ける」

「我ら浪梅組は、これより東統合国風空”総統”癒羅派ユ ラファを討つことを最終目標とし、を開始する」

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