その鎖には骨がついていた

神楽堂

第1話 網走刑務所へ

「被告人を懲役12年に処する」


俺は刑の重さに愕然とした。

前科マエがあるので重くなるだろうとは覚悟していたのだが、まさかここまでとは……

俺の手には再び手錠がかけられ、腰縄も付けられた。

官吏に連れられて退廷する。


送致先はどこの集治監しゅうちかんになるのだろう。

再犯なので巣鴨に送られると思っていたのだが、俺の行き先はなんと、釧路くしろであった。


手錠をかけられ腰縄を付けられたまま、長い船旅を経て北海道へとたどり着いた。

道中では、笠を深く被らされた。

顔を晒さないのは、囚人たちへの配慮なのかと思っていたが、そういうことではなかった。

囚人たちの中には、俺のように徒党を組んで罪を犯した者も大勢いた。


集治監(監獄)への移動中に、仲間が囚人を奪い返しに来ることがないよう、顔を隠しての移送ということであった。


* * *


収監されて3週間は基礎的な訓練を受ける。

集治監での過ごし方を学ぶのだ。

規律ばかりで自由がないのは監獄なので当たり前だが、何より堪えたのが寒さだった。


よりによって北海道とは……


このご時世、自由民権運動の取締で大量の逮捕者が出てしまい、内地の監獄はどこも囚人たちであふれかえっていた。

そのため、次々に新しい監獄が北海道に建設されていったのだった。

月形つきがた三笠みかさ釧路くしろ網走あばしり十勝とかち、北海道には監獄が5つもある。

北海道の人口を考えると、この監獄の数はあまりにも多すぎる。

逮捕者の多さが監獄の数に表れているといえるだろう。

囚人のほとんどが内地からの移送だ。

北海道の監獄なのに、北海道の者はほとんど収監されていない。


なぜ、北海道に監獄を建てるのか。

理由は明白である。開拓の労働力として使うためだ。


すでに、札幌~旭川間の道路は、囚人たちによって拓かれて、開通していた。


* * *


釧路集治監での基礎教練が開始された。

基本的に監獄での私語は禁止だが、看守の目を盗み、会話は密かに行われていた。


「お前は何やった?」


「強盗と傷害だ。お前は?」


「火付けだ」


お互いの罪状は気になるところ。

ちなみに俺は、以前は自由民権運動での演説を行い、禁固刑を5ヶ月食らっていた。

今回は、村を牛耳っている高利貸しを襲撃。

強盗傷害と放火の罪で懲役12年を食らった。


今年は凶作で、村人たちはまともな生活ができなかった。

地租改正のため、凶作でも一定の地租は払わないといけない。

村は高利貸しと役人の支配下にあった。

俺たちは同志で徒党を組み、高利貸しを襲撃したのだった。

罪が重くなったのは、俺が再犯であったのと首謀者であったことが理由だ。


他の囚人たちも似たようなものだった。

自由民権運動がらみで逮捕されたやつがほとんど。

明治になり、士族の特権が次々に奪われ生活は困窮していった。

自由と人権を求めて俺たちは戦った。


結果、収監され、俺たちは自由と人権を失った。


* * *


政治的・道義的・思想的な確信に基づく使命感で行われた犯罪を「」という。

これらの確信犯は国事犯として扱われるので、刑は重くなる。

釧路監獄に入れられた囚人の多くが確信犯であった。



監獄では、ただで飯が食えるわけではない。

懲役、つまり労働をしなくてはいけない。

俺たちは労働のため、釧路集治監から網走あばしり分監へと移されることとなった。



雪道を20時間歩き続けて、網走へとたどり着いた。


網走分監は予想以上に大きな建物で、囚人たちは1000人以上いると思われた。

聞くところによると、網走の人口よりも多いらしい。


俺たちの仕事は「道」をつくることであった。

斧やのこぎりを使った木の伐採方法、スコップを使っての切り株の掘り起こし方、枝の切り方や丸太の運び方、もっこを使った土や砂利の運搬の訓練を受けた。


* * *


監獄の役人たちは、札幌や東京とやり取りをし、道路工事の計画書を作成していた。


ある日、屋外で訓練を受けていた時、鳩が飛んでいくところを目撃した。

あれが伝書鳩でんしょばとか。

あの鳩は東京まで飛んでいくのであろう……

俺も帰りたい……


俺の人生で、まさか鳩を羨ましく思う時が来るとは考えてもいなかった。


このような地では、電気も電話も期待できない。

郵便だって、いつ配達されるか分からない。

結局のところ、文章や図面のやり取りでは伝書鳩を使うのが一番手っ取り早いというわけだ。



囚人たちが集められ、これからの工事計画が発表された。

看守が大声を張り上げて指令を出す。


「おまえたち囚人は、全道基幹道路計画の遂行という誇り高き仕事に就くこととなった。札幌~旭川~北見~網走をつなぐ、中央道路を切り拓いてもらう。網走分監が担当するのは、北見きたみ方面の道づくりだ。現在、朝鮮半島の情勢は不安定、いつ、露西亜ロシアが北海道に上陸してくるかわからない。おまえたちがつくる中央道路は、国防のための重要な道路となる! 心して工事に当たれ!」


* * *


俺たちは赤土色の囚人服を着て、一列になって山の中に入っていく。


囚人服が赤いのは、遠くからでも目立たせるためでもあり、辱めのためでもあった。

男で赤い服を着ている者など、どこにもいないからだ。

しかし、そんな辱めは何の意味も持たなかった。

ここには、囚人と看守しかいない。

原始林の中で、娑婆シャバの人間に出会うことなどまったくなかった。

出会うのは、ヒグマやエゾオオカミなどの野生動物ばかりである。



北見峠を目指しての道づくりが始まった。

原生林の中に入り、九尺(約3m)の幅で草木を切り倒していく。

うち、六尺(約2m)は丸太、土、砂利を敷いて道路とする。

道路の両脇は溝を掘って排水路にした。


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