最終話 氷の令嬢と意地悪侍女
――――《クーム伯爵邸・イアリスの私室》――――
「お嬢様、なんだか嬉しそうですね」
学園から帰宅したお嬢様のお召し替えを手伝っておりましたら、どうにも嬉しそうな気配が漂ってきました。
お嬢様は『氷の令嬢』と揶揄されるほど表情が乏しいですが、決して喜怒哀楽のない冷血な方ではありません。お気持ちが表情にほとんど出ないだけなのです。
ですが、長年仕えている私にはお嬢様の心の動きがきちんと伝わってきます。
「あのね聞いてラクト」
声音も単調に聞こえるでしょうが、私には弾んでいるのがちゃんと分かりますよ。そして、こんな風にお嬢様が喜びのオーラを出すのは決まってガトー殿下がらみ。
「今日、学園でガトー様がね……名前で呼んでくれって仰ったのよ」
ほらね。
「それでね、躓いて転びそうになった私をさっと抱き止めてくれたの」
「ふふふ、そうですか」
「しかも、足を痛めた私をねお姫様抱っこまでしてくれたのよ」
「それは、ようございました」
「とっても凛々しかったわ」
表情はホントに変わりませんが、よぉく見れば目が少しだけ潤んで頬が僅かに上気しております。
これは夢見心地の時の顔ですね。
私ほどのお嬢様フリークともなれば、ミクロン単位の僅かな表情の違いを見分けるなど造作ありません。
詳しく聞くと、殿下は最近お嬢様に何かと突っかかってくる令嬢を伴われて食堂へいらしたのだそうです。
「私ってこんなでしょ……可愛げのないつまらない女って思われて、愛想を尽かされたのではないかって本気で心配したのよ」
「それはとてもお辛かったでしょう」
まあ、お嬢様にぞっこんのガトー殿下が他の令嬢に心移りなどするはずもありませんが。
「それに、ノエル様が私から虐めを受けたとガトー様に訴えられて……」
だけど殿下は無条件でお嬢様の言い分を信じたそうです。
お嬢様狂いのガトー殿下なら結果は見えておりましたが。
「その時に殿下が仰ったの。私との愛は真実で偽りがないって」
「それは、おめでとうございます」
お嬢様のお話を総合して考えて、おそらく殿下はノエル嬢を使ってお嬢様のお気持ちを試そうとなさったのでしょう。
あの方、お嬢様のお気持ちをまだ理解しておりませんから。
おやおや、先程まで饒舌だったお嬢様が急に黙ってしまいましたよ。
部屋の中央に飾られているドレスをいつものように眺めております。このドレスは殿下から贈られたもので、届けられた日からずっと部屋の中央に鎮座しているのです。
飽きもせず毎日よく眺めていられるものです。
みなは無表情にしか見えないようですが、これはうっとりとした恍惚の表情なんです。きっと殿下を想い出しながら見つめているのでしょう。
殿下は一喜一憂されておりますが、お嬢様はとっくの昔に氷解しております。
なんなら、とろっとろに
私が殿下にお嬢様のお気持ちを伝えれば全て解決するのですが今しばらくは秘密です。
殿下が自力でお嬢様を理解できなければいけませんから――と言うのは建前ですよ?
だって、そちらの方が面白そうじゃないですか。
さてさて、とっくに両想いになっているのに拗れている殿下とお嬢様の恋の行方はどうなってしまうのか?
私とっても楽しみです♪
愛を試すのもほどほどに~殿下は氷の令嬢の心をどうしても知りたい~ 古芭白 あきら @1922428
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