第6話

 神社と寺は二十歩ほどしか離れていない。


 キリエは別の方へと帰った。


 ハルは質問という質問ができなかった。むせて咳するのと、彼女の涙を見ていると、いかなる質問も失礼にあたる気がした。


 その神社はとても大きな建築だ。近くに寺があることがよくあるかは知らない。ただ、古めかしく背の高い木の建物からは、とてもいい気分にさせられるいい香りがする。


 ハルは昔から木の匂いが好きだった。学校方面を巡る匂いの中にいると、不快になるほどだった。


「そこに、いるわ」


 と、境内の上につやつやした黒い毛の猫がいた。うつ伏せの体勢でこちらを注視している。

「どこにいるの?」


 ハルは質問せざるをえない。


「その猫よ。たまにここいらに来たとき、ずっといたの。私の唯一の友達」


 猫が捨てられている。


「あの? その……可愛そうだけど僕は拾えないよ」


「あ、でも! キリエさんとハルさんの友達になりたい、っていうのも本当なのよ。なんかごめんなさい」


 そんなつまらないことで泣いていたのか、とハルは驚いた。


「飼えとまでは言わないわ。たまにでもいいから、見に来てほしいの」


 やれやれ。美しい女性というのは、こんな簡単に男を騙しているのだな、悪意善意無関係に。


                                 (了)

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彼らは十六歳になった 日端記一 @goldmonolist

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