第5話
しばらくキリエとリカは談笑とじゃれ合いをし、ずっと笑顔でいた。
耳には読経の音と、線香の匂いがわずかにする。
ハルは二人のアイスクリームをのせられた器を片付け、本格的に勉強に力を入れた。リカは若干困ったようである。くすぐられたり、ちょっかいをかけられたり、キリエをどう対応をすればいいか、となっている。
ここにいる学年トップ三位は、頭が良いなりの他愛ない話を始めた。
リカはいじめを受けているわけではない。ただ、三ヶ月から四ヶ月の間、友達と言える相手がほとんどいない。
仲良く会話したあと、キリエは先に帰った。リカは延々と赤本に目を通している。ウンウンと暑さにも苦しみながら、ネットで翻訳の補助をして英語を学んでいる。
「リカさんは、家族とかと仲良いの?」
リカは瞠目した。なぜそんな質問をしたのか?
「うーん、とですね。父は高級時計屋、母は保育士をしています」
ふーん、とハルは応じた。
「ハルさんはキリエさんと仲良いですね」
リカは嫉妬や、からかいの気持ちでいるわけではないようだった。なんだか仲睦ましい二人を間近に見られた喜びを感じているようだ。とても柔らかで、純粋な笑顔がそこにあった。
「私の家は、なんというか。厳しくて。小さい頃には寒い中、外で頭を冷やせ、としつけられました」
ハルは他の家庭の事情というのを見聞きしない。そういう友人の事情に無関係の自分が介入したとしたら、友人との関係が悪くなるかもしれないから。
それは当たり前のことかもしれないと感じる反面。友人を大事にしようとする隣人愛なんかが働く人もいる。自分の父親は、特にそういう男だった。母はそういう事々に頭をつっこむ父を面倒に扱う。
自分はどちらにしろ難しいことを好んでいる母と父を、不愉快とは思わないが、不思議な気持ちでいつも一歩距離を置く。馬鹿なのではないか、と。
だからか、家でゴロゴロしていたり、街で遊びに出たりするよりも、学校の図書館でキリエと勉強しつつの雑談をしている方が気楽だった。
「リカさん。RINEのアドレス交換しない? ほら。ハルもスマホ出して」
リカは頬を赤らめながら、RINEのIDを見せた。ハルも見せた。
外が少しずつ赤らんできた。
暑さはまだ後を引いて、ししおどしの鳴る音を何気なく聞いていた。テレビでは通販が毎日のように半額セールしている。
ここいらにはもう誰も参りにこない。年寄りも子供も来ない。
ただ近くにある公園のアスレチックで、怪我をしたらしい小学生の泣き声が聞こえる。
「リカさんってさ。子供好きなの? ほら、お母さんが保育士だから」
ああ、と彼女は苦笑いした。
「母は子供には優しいけど、私くらいの年齢には厳しいのよ。恐らくそういう二面性を持つことで、精神のバランスを取っているのかもしれないわね」
「二面性?」
と、二人は同時に尋ねた。
「少なからず、多からず、そういう自分を扱うことで、友達とか先生とかに気を遣っているのよ。それは良くも悪くもない。平穏無事、ということになる」
リカの口からそういう話を聞くと、そういう経験がある、と言われた気がした。
「ああ、母がそういう人間だから、正しい仕事をこなす必要がある。それはきっと重いものなのだろうな、と。そう思うのよ……」
リカはこんなに沢山の話をして、自分で驚いたようだった。
そしてまた赤面した。
「そういうことより、二人はそろそろ電車がなくなるんじゃない?」
ハルは言った。
「駅までは送ってあげるよ?」
キリエは言った。
「ありがとう」
と、リカは荷物をバッグにまとめた。
「あ、キリエさんのお宅はどこですか?」
「ああ、私はハルの家の近くだから」
ああ、とハルの方を一瞥し、困ったように苦笑した。ハルはどういったことを言えばいいかわからないでいる。
「ハルさん」
「うん?」
リカの潤んだ琥珀色の両目が、まっすぐこちらを見つめていた。そんな瞳を向けられると、彼女からは恋愛ではない悲しみを感じ取れた。
それはとても奇妙なはずだった。
大抵の男を恋に落とす、その麗しさと、儚さに、ハルは驚いた。というより、今日初めて会話した程度の男に、涙を見せるということは、どうにも解決できない何かでも抱えてでもいる気にさせた。
ハルは自分とリカに特別な接点はないはずなのに。
「あの……ハルさん?」
うん? と彼は曖昧な返事をした。
「実を言うと、会わせたい友達がいるの」
「友達?」
寺に来たのもそれが目的なのだろうか、とハルは疑った。
終始、特に悪意のない戯れしかしていないから、罰ゲームだの告白だのではない。
「神社の境内の方に、その人はいるのよ」
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