第4話
来訪者は寺の入り口で、ガタついた引き戸に苦戦しつつ入ってきた。
それは彼ら二人が、たまに話して、少々親しみを感じてきたナミだった。会釈をした鼻筋はまっすぐ通っている。聡明で美しい印象を与えた。目は白い花びらが横になったようだ。
ただ普段は、お世辞にも細い縁のメガネに、不愉快さがもたらされた。
その不愉快さは、もっとあなたはキレイでいられるのに、もっと上品なままキレイに飾ればいいのに、そういう努力はしないのですか? と言わせるような顔だった。
だが、そういう会話を仲良くするにしろ、今は話題に出せるような気がしなかった。なぜなら、本当に美しい顔をしていた。コンタクトレンズを付けたらしく、幼く不調和のあるメガネをかけるのとは、かけ放たれた美貌だった。
ハルはしばらく彼女の顔を凝視してしまったが、彼女の会釈で我に返った。
「あの、ほとんど、はじめまして……だよね?」
彼女はわきに抱えた紙袋を畳に置いた。水ようかんの菓子が入っているようだが、高校生が買わないような渋さに、ハルとキリエは微笑した。
「あの、入ってもいいかしら?」
彼女はキリエの方も視界に入れ、微笑んだ。
その美貌にキリエもドキリとした。
リカは麦わら帽子に水色のロングワンピースを着ている。
足は真っ白く柔らかそうだった。触れると、リカを汚してしまうのではないだろうか。彼女の純粋を容易くのは簡単で、せっかく作ったガラスの靴を叩き壊すような繊細さを感じさせた。
彼女は行儀よくサンダルを並べた。
そんな他愛ない所作ですら、彼女は美しい。
ハルは、メガネが無いだけで、彼女を違う人間になるスイッチを押したようだった。それも、まだ何も不純物がないところで育った風だった。
「ハルさんのご家族の方は?」
彼女はおずおずと、遠慮がちな声で尋ねた。ハルとキリエはかえってこちらが丁寧に扱わなくてはと思わされ、キリエはアイスクリームを漆の膳にあげた。
「ああ、法事が多くてね。僕らは端っこで勉強しているんだ」
ああ、とリカは気まずそうで引きついた表情の動きをした。恐らく彼女は、あまり一般的という意味で普通の交流をしてこなかったらしかった。
はぁ、とキリエの横に座ったリカは、彼女の顔に陶然とした。
「あなた、同じ世界にいる人間とは思えないよ。なんで今までメガネだったの?」
リカは不器用に苦笑いする。
「今までコンタクトは怖かったので……」
「で」
ハルは、溶けたアイスクリームを舌で味わった。
「もしかして、トップ三人の人間が入っているこの現状に、何か期待しているんですか」
リカは握りこぶしを腿の上にした。
「私はとんでもなく、失礼なことを言わなければいけないんですが……」
と、頬にたま粒を浮かべ、緊張に震えるリカはリュックサックから国立の赤本を取り出した。
「私、本気で国立レベルの大学に行きたいの。多分、私ら三人なら楽勝って言うでしょう? でも、私は最後に確かな事としてこの学校に、そういう存在と仲良くなれたらって、そういう対象がいる尊さが私にはとても美しく思えるんです。だから、あと二年半くらい私と一緒に勉強しませんか」
キリエとハルは驚いた。
彼ら二人は、あともう少しで大学に奨学金を貰える段階にまで、たどり着いていた。調べたわけではないが、高校一年生で国立大の赤本を教材にできる人間はさほど多いとは思えない。
家族に入学金等々あれば、東大に入ることだって難しくないかもしれない。
「それは別に構わないけど。私は」
キリエはむしろ歓迎した様子だった。そういう一面をみると、ハルは自身に寛容さが無いと思った。キリエの見せる優しさが、自分の矮小さを明確にした。
「僕もいいけど……リカのご両親が困ったりしないよね」
誰が何を困ったりするのか、という気もある。それより困るのは、キリエと一緒の時間を蔑ろするのが残念だった。もちろんリカも美人で魅力的で、男性女性どちらをも含むあらゆる存在に注目を浴びるのが分かる。だからといって、昔から一緒にいて、楽しくいて、信頼のおける存在の方が……という考えの方が先行している。
「それにしてもさ」
と、キリエは口調を強くした。
「なんで今までこんな可愛い子に気が付かなかったんだろう。多分、私らの目がふしあなだったのかもしれないわ」
そんな、とリカは苦笑した。麦茶を口に含んだ。頬を赤くする。
キリエがリカと長話をしている。その間、ハルは自分の高校生活について、曖昧だが、疲れるくらい考え始めた。
それは真剣だった。自分の身を傷つけ、その血を誰かに飲ませているのではないか、そうやって真面目である自分を、存在するはずのない誰かに自分の善良さを証明しようとしていた。
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