第3話
「俺は国立の大学にしようと思っているけどね。キリエは?」
キリエは笑った。純粋で無垢な笑いだ。彼はこの笑顔に精神的な快さを感じる。
「私がいなくなったら、あんたはどうすんの?」
キリエの顔は普段見るような快活で天真爛漫さはなかった。なんだか本当に遠くまで言ってしまうような気がする。
いや、そうではない。
別に家がそう遠いわけでもないし、小中高と一緒に毎日のように交流していた。いままで彼女が彼のことを特別視した目線でいたことはあまりないと思う。自らの視点推理では。
彼はシャーペンを置き、ほとんどみぞれに近い氷の上に練乳いちごをのせて、頬張った。外では時折、砂利を削る車のタイヤの音がする。
そう言って、すぐに静寂が訪れた。
そう言ってお互いの気持ちに気づかないふりをすることに、動悸がした。強制的に自分が冷静を装うことで、更に自分の心がぶれないようにしている。
外ではおじいさんおばあさんが、団らんのひとときに興じている。
ハルは気が楽になる自分に、キリエに対する想いを、特別なものだと知り、動揺した。
暑い。
うだるような暑さの中、キリエはサラサラとペンを進めていた。頬には光る汗が垂れていた。首にかけたタオルでたまに頬を拭く。
「あんたがさ。もしよ。あなたのことをずっと居たいとしたらどうする?」
彼は彼女の表情が、普段のおちゃらけてふざけるような表情にしていないのを、声の調子と、目の力強さとで、本気にさせられる気がした。
「大学って、絶対行かなければいけないのかな」
とキリエはゴロンと寝転んだ。片手には重い赤本を、彼女はパラパラと目を通している。
「あんたも勉強はできるし、滑り止めの家の寺もあるじゃん? でもさ……。あくまであくまの話なんだけど。私はあんたを必要としているし、あんたも私を必要としているの。でも、そこには本質である恋愛とかなんとかあったとしても、どちらかがその重たい言葉の重力の落下速度により、強まって、熱せられ、両腕をめちゃくちゃにしそうな気がしてならないのよ」
彼女の冷静沈着な表情に、ハルは少なからず焦燥感を覚えた。
(そうだ、僕はいつか、単調な時間と周りとの付き合いで、色々なことを取りこぼし、父母と弟を自分の生活から、色々なことを消去してしまうかもしれない。ゆっくりと)
彼女はまた起き上がって、いちご練乳の甘い白い部分を頬張った。
「僕は、いずれ消え去ってしまう相手として、キリエと話しているつもりはないんだけど。大学が同じであれ、違うにしろ、小さいころから一緒に支え合って生きてきた僕とお前を忘却に葬るなんてことしたくない」
ハルがそう言うと、ナミが持ってきた麦茶が、彼とキリエに配られた。彼女はどうとも言えない顔をしていた。
で、上座の方に座った。ホットパンツにブランドの白いTシャツを着ていて、体は日に焼けていた。
「部活に行ったんじゃないの?」
ハルは苦味で歪んだ作り笑顔をした。
「先輩から電話が来た。今日はボヤがあって、楽器が置いてある通路に通れないのよ」
キリエはありがとう、と言って麦茶を口に含んだ。
「あと、ハル兄! 今日さ。ガチャでめちゃ良いの来たのよ!」
キリエは笑っていた。で、また数学のキャパシティーを越えるのに際したらしく、強い目になった。それはベンガル鹿が死にもぐるいで逃げるときの目を想い起こさせた。
「あ! あともう一つ連絡があります!」
口に出さずにハルはリカを見返した。
「あのね。お兄ちゃんの学校で、頭が良さそうなメガネ美人よ。なんだか話したいことが、お兄ちゃんにあるんだってさー。モテるね?」
と、言っていたが、キリエの方にも眼光が鋭く向けられた。
「じゃ、私はホウレンソウを終えたので、FPSという永遠の聖戦に身を投じます! では、キリエさん。お兄ちゃんは今日もきったないパンツをはいて寝るのよ。エッチなことを考えて寝るのよ。じゃあ。フヒヒヒ」
と、ナミは本宅の方へ駆けた。
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