最終話 そのザマァ、本当に必要ですか?

 やるぞ、やるぞ、やってやる!と気合いいっぱいでエーリックは帰っていった。それを見送ったウェルシェは再び四阿ガゼボへと戻る。


「これでエーリック様も少しはしっかりしてくださるでしょう」


 ウェルシェが椅子に座れば、カミラが流れるような所作でお茶を淹れた。


「よろしかったのですか?」


 カミラの問いにウェルシェは何が?とは問い返さなかった。聞かずとも分かっているからだ。


「オーウェン殿下が廃嫡決定した以上しょうがないじゃない。もうエーリック様しかいないんだから」

「まあ、こうなってはもはやエーリック殿下の立太子を回避するのは不可能に近いとは思いますが……」


 現国王ワイゼンの実子はオーウェンとエーリック以外では王女しかいない。縁戚から連れてくる手もあるが、エーリックがいるのに現実的な手段ではないだろう。


「ですが、お嬢様は再従姉弟はとこ様をグロラッハ領主に据えるのに反対されておられましたよね?」

「お父様はナルシスを買っているようだけど……性格がちょっとねぇ」


 先程エーリックにも話した再従姉弟の名はナルシス・ボレヌー。ウェルシェの二つ年下で来月マルトニア学園に入学が決まっている。


「あの子、能力以上に自分を大きく見せようとするところがあるから」


 承認欲求の強いナルシスにウェルシェはあまり良い印象を持っていない。


「低い能力をカバーするより性格の矯正の方が遥かに難しいって、今回のオーウェン殿下の件でも思い知ったし」


 はっきり言ってウェルシェはナルシスをグロラッハ領主にしたくはなかった。


「でしたら尚の事、エーリック殿下との婚約は解消された方がよろしかったのではありませんか?」

「それは嫌よ。私はエーリック様と結婚するの」

「どうしてです?」


 カミラの追及にウェルシェはほんのり顔を赤らめ目を僅かに逸らした。


「だって、結婚したいんだもん」

「はい?」

「私が、エーリック様と、結婚したいの!」

「えっ!?」


 カミラは目を丸くして、たっぷり1分ほど固まった。カミラびっくり仰天。エーリックとの甘々な雰囲気はてっきり政略結婚を円滑に進める為の演技と思っていたのだ。


「お嬢様は殿下に本気で懸想けそうされておられたのですか!?」


 再起動したカミラは主人に詰め寄った。


「懸想って……言い方が嫌ね」


 あの純粋培養されたような頼りない男に、猫かぶりの腹黒令嬢であるウェルシェが真剣に想いを寄せているなど信じ難い。


「わ、私どうやら熱があるようです……それともこれは悪夢?」

「私がエーリック様をお慕いしたらおかしい?」


 あわあわするカミラに苦笑するウェルシェ。


「だって、お嬢様がですよ。周囲の者を騙して出し抜くのに生き甲斐を感じる、あの愉快犯のお嬢様がですよ?」


 お腹の中の真っ黒黒助はどこへ行ったのですかとカミラがわたわたした。


「失礼ね!」


 あまりに無礼な言動のカミラにウェルシェもムッとする。


「私だって普通に恋する乙女よ!」

「お嬢様に一番似合わない言葉です」


 真っ黒黒助出ておいでと自分のお腹に話しかけるカミラにウェルシェがテーブルをバンバン叩いて猛抗議する。


「あなた私の専属侍女で、私があなたの主人よね!?」

「はい、私はお嬢様が小さな時から大人達を翻弄して楽しんできたのを側で見てきた侍女にございます」


 主人の言及に平然とうそぶくカミラに、参ったとウェルシェは両手を挙げた。


「それでも私のエーリック様への恋心は本物だと思う……あの方を立派な王にしたいと願うくらいには」


 指輪の試練に立ち向かうには心許ない想い。政略の為、家の為、と言われればウェルシェはきっと諦める事ができる。良くも悪くもウェルシェは生粋の貴族の娘なのだ。


 だけど着実に育ちつつある恋心。それはウェルシェも知らぬ間に大きくなっている。ウェルシェには予感があった。エーリックはウェルシェにとっての真実になると。


「アイリス様とイーリヤを上手く仲裁できたら良かったんだけど」

「せめて、お嬢様が持ってきたお見合い相手をアイリスが受けてくだされば、話は丸く収まったのでしょうに」


 ふぅっとウェルシェが呆れたように息を吐く。


「まったく……ザマァだか何だか知らないけど、同じ『転生者』ってなら仲良くできなかったのかしら」


 こっちはいい迷惑だわと不貞腐れたウェルシェの態度にカミラは小首をかしげた。


「お嬢様はお二人がされた話を信じていたのですか?」

「この世界が『乙女ゲーム』ってやつ?」

「あまりに荒唐無稽で……リアリストのお嬢様が信じるとは思えませんでした」

「まあ、アイリス様だけなら一笑に付したでしょうね」


 確かにイーリヤ様からも同じ話を聞かされたなとカミラは会談の内容を思い出して頷いた。


 あの場でアイリスは自分は『ヒロイン』だの一点張りで、イーリヤはただザマァから逃げる事しか考えていなかった。


「その『ザマァ』というのはホントに必要だったのかしら?」

「さあ、私には分かりかねます」


 二人は『ザマァ』なるイベントらしきものに固執していた。そのせいで、せっかく互いの利害を一致させて丸く収めようとしたウェルシェの努力が全て水泡に帰したのだ。


「おかげで公爵夫人になって自由気ままな腹黒おふざけライフを送る私の夢がおじゃんよ」

「アイリス様にしても最後は全てを失って修道院に入れられてしまいましたからねぇ」

「別名『修道女の監獄』ね」


 アイリスが強制的に入れられた修道院はかなり僻地、陸の孤島とも呼ぶべき場所にあるのだ。そこへ一度入ったが最後、抜け出すのはほぼ不可能と言われている。


「私の提案を受けていればそれなりの幸福は得られたのに」

「イーリヤ様は家を勘当されたようですね」

「仕方がないわ」


 王子とその側近達をみんなぶっ飛ばしたのだ。幾ら正当防衛と言えど、こればっかりは庇いきれない。


「もっとも、イーリヤは勘当されるようわざとやった気がするけどね」

「あの方も大概ぶっ飛んでいますからねぇ

「剣と魔術を極めたのがザマァ回避の為だって言うのよ」


 まあ、あの真っ直ぐな気性の令嬢では、王妃どころか貴族の世界で生きていくのも辛かったのだろうなとカミラは思う。


「商売もかなり軌道に乗っているご様子です。イーリヤ様には勘当された方が良かったようですね」

「イーリヤの天職だったのね」

「お嬢様もイーリヤ様と結託して、投機されて利益を得ているじゃありませんか」

「私も王妃じゃなくて、そっちの方に進みたかったなぁ」


 王妃なんて堅っ苦しくてやりたくないんだけど、と愚痴を口にした主人に専属侍女はじっとりとした目を向けていた。


 その目は語る――それこそ王妃は腹黒お嬢様の天職ではありませんかと……




『第二部 そのザマァ、本当に必要ですか?』完


(最終章『第三部 あなたのお嫁さんになりたいです!』に続く)

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あなたのお嫁さんになりたいです!~そのザマァ、本当に必要ですか?~ 古芭白 あきら @1922428

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