お母さん、迎えに来たよ

たってぃ/増森海晶

お母さん、迎えに来たよ

 お母さん、びっくりしたんだよ。

 役所から電話が来て、ちょうどおじいちゃんとおばあちゃんが留守だったから、かわりに僕が出たんだ。

 そう、おじいちゃんがちょっと認知症になっちゃってね。

 ご近所に迷惑をかける前に、施設に入れる方向で、おばあちゃんとバタバタしてたんだ。近々、おばあちゃんも施設に行く予定だから、尚更……ね。


 そしたら「お宅の娘さんが、生活保護の申請を出したのだが、あなた方からは娘さんを援助する意思があるか?」


――って、確認の連絡が入った。


 びっくりしたよ。けど、電話に出たのが僕でよかったね。

 おじいちゃんとおばあちゃんは、今でもお母さんのことを誤解したままなんだ。だから、お母さんが助けを求めているのに、怒って電話を切る可能性があったんだよ。

 じつの娘が助けを求めているのに、悲しいよね。


 うん。僕、怒っていないよ。

 だって、お母さんはなにも悪くない。

 悪いのはみんな、みぃーんな悪魔のせいなんだもんね。


 お母さんはよく言ってたよね。

「私には悪魔が取りている」って。


 だから、僕を何度も蹴ったり、殴ったり、汚い言葉で罵るんだって。

 お母さんは、正気に戻ると僕を抱きしめて、ごめんねごめんねって泣いていたよね。


「弱いお母さんを許して。あなたは私の天使だから、許してくれるわよね」って。


 お母さんに取り憑いた悪魔は、ヒドイ悪魔だったね。

 物を盗んだり、男を誘惑したり、自分の子供を虐待したり。

 みんな、みんな、悪魔の仕業だったんだもんね。仕方がないよね。


 僕ね。お母さんが「必ず、迎えに来る」って言葉をずっと信じていたんだよ。餓死する寸前で、おじいちゃんとおばあちゃんが、保護してくれるまでずっとね。


 あれから結構、時間が経ったよね。

 僕はずっと考えていたんだ。

 僕と、そして、悪魔に取り憑かれたお母さんにとってのハッピーエンド。

 そのハッピーエンドのために、一流企業でバリバリ働いて、いろんな方面に人脈を築いて、どんな【悪魔】にも負けない強い大人になったんだ。

 弱いお母さんを助けるためなら、どんな苦難も乗り越えたし、努力も惜しまなかったよ。


 あぁ、まるで夢みたいだ。

 今日の、この日に有給がとれたことを、神様に感謝しないとね。

 うん。お母さんは、取り憑いた悪魔のせいで僕を迎えに行きたいんだけど、行けない状態なんだって、ちゃんとわかっていたよ。

 お母さんはずっと助けを求めていた。

 だから強くなって「僕の方から、お母さんを迎えに行こう」ってずっとずっと思ってた。僕はお母さんの天使だからね。


 ほら、お母さん。新しい家に着いたよ。入って入って。


……え? 変な匂いがする? これは、なんだって?


 別に気にしなくていいよ。

 これは、悪魔に取り憑かれた――かわいそうな人たちなんだ。

 僕はこうして、身勝手で訳が分からない理屈を振りかざす悪魔憑あくまつきを、死によって解放する天使なんだよ。


 え? なに怒っているの?

 そんな、僕が最近、ちまたを騒がせている、連続猟奇殺人事件の犯人じゃないかって?


 ちがうちがうちがうちがうちがうちがう。

 それは誤解だし、解放された人々は僕に感謝をささげているはずだもの。

 え? 僕の方が悪魔だって?

……母さん、なんでそんな酷いこと言うの?

 うわっ、痛い。せっかく、迎えに来たのに酷いよ。

 やっぱり、悪魔のせいなんだね。普通だったら、僕のやることは正しいことで、感謝されることだもの。


 母さんは僕を傷つけて、ずっと苦しんでいたよね。

 これもすべて、悪魔が取り憑いているのが原因だから。

――こんな、苦しみを生み出す、僕を傷つける手なんて要らないよね?


――僕から逃げようとする足なんて要らないよね?


――天使みたいに清らかで優しい僕に対して、汚い言葉をかける口なんて要らないよね?



 大丈夫だよ、お母さん。僕がずぅーと面倒を見てあげるから。

 僕は天使だもの。お母さんを許して、また一緒に仲良く暮らそうね。



【了】

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