★おまけ エルとバスタードソード

「ほぇ~……」


 南のエルフの島から飛び出したエルフの少女エルは、たどり着いた迷宮都市マグマライザの街並みに目を丸くしてしまいました。

 街の中心に聳え立つ、巨大で立派な鍛冶屋”ヤタハ鍛造所”

街は綺麗に整えられていて、人も大勢。

 ずっと静かで、長閑なエルフの島に住んでいたエルは興奮を隠しきれません。


(よし、冒険者たる者、まずは装備を整えないと!)


 エルは町の南に延びる鍛冶屋街へ向かいます。

鎧に、剣、細工品の店舗が立ち並び、エルと同じように装備を購入するためにお訪れた冒険者でごった返しになっていました。


(わわっと! あ、歩きづらいなぁ~……)


 人ごみに慣れていないエルはおっかなびっくり、肩を当てちゃいけない、足をふんずけちゃいけないとおもいながら雑踏の中を歩いてゆく。

 そんな彼女の視界の脇に、きらりと光る何かが目に止まりました。


「わー! なにこれ!? 超カッコ良いんですけど!!」


 とある武器屋の店先に飾られた長剣を見て、エルは思わず叫んでしまいました。

 刃の長さはエルの身長程。柄はとても長く、握りこぶし二つ分もありました。

 立派で長く、強そうで、カッコいい剣にエルは胸を躍らせ、勢いよくその武器屋へ飛び込んでいきました。


「すみませぇーん! あの表に飾ってる剣はなんですか!!」


 エルが叫ぶと、店のカウンターで暇そうに新聞を読んでいた初老の店主が顔を上げます。


「いらっしゃい、あれはバスタードソードって代物だよ。片手でも、両手でも使える武器さ」


「へぇ! バスタードソード!」


 なんだかとても強そうな名前にエルは益々興奮を覚えました。


「あの、あれって御いくらですか?」


「ん? まさかお嬢ちゃん、アレを買うつもりかい? ありゃRエディションだから結構するよ?」


「Rエディション?」


「ヤタハ鍛造所の総工場長監修の贋作武器さね。だから性能は保障されてるんだけど……お嬢ちゃん、どうみても御上りさんだよね? お金はあるのかい?」


「ええっと……」


 エルはスマートマジック、略してスマジの石板を操作して、口座の残高を確認しました。

 冒険者を志してから、エルは実家の経営するワイナリーの手伝いをしたり、島の仕事を一生懸命してきました。

その額ざっと100,000G

とりあえず装備を整え、数日ほど宿屋へ泊まる位の余裕はあります。


「100,000Gはあります」


「そうかい……となると、全額頂くことになっちゃうねぇ」


「うー……そうですかぁ……」


 他にも鎧や道具などそろえなければなりません。

流石に全額使う訳には行かず「お騒がせしてすみませんでした」とエルは、店主に頭を下げて、とぼとぼと店を跡にします。


「お嬢ちゃん!」


 すると店主のおじさんが呼び止めてきました。


「ちょっとこっちいらっしゃい」


 手招きするおじさんに呼ばれて、エルはカウンターまで戻りました。

おじさんはカウンターの下をがさごそさせて、色々なものをカウンターへ並べました。

 真新しいダガー、皮の鎧に、初心者用の道具が詰まった道具袋。これからエルが買おうとしたものばかりが並びます。


「これはまぁ全部B級品ってやつでね。このダガーもRエディションなんだけど、ほら、ここのロゴが少しかけてるだろ? 性能には一切問題が無いんだけど、たったこれだけで仕入れ値が凄く下がるんだよ。これ、全部一式で4,000G。表のバスタードソードと合わせて99,000Gでどうかな?」


「おじさん……」


 じわっとエルの綺麗な翡翠の瞳に涙が浮かびます。するとおじさんは少し恥ずかしそうに頬を掻きました。


「いや、実はおじさんの子供も冒険者を目指しててね。でも小さい頃に死んじまって……まぁお嬢ちゃんはエルフだから人間換算するのは失礼かもしれないけど、生きてたらお嬢ちゃんくらいの大きさになってたかなと思ってね」


「すみません、なんだか悲しいこと思い出させちゃいましたね」


「いいのさ。こうしてうちのような古ぼけた店に来てくれたわけだし。これも何かの縁。無理強いはしないさ。最後はお嬢ちゃんが判断して頂戴ね」


 残り1,000G。安い宿屋二日分の宿泊費に当たりました。


(おじさん、そこまで考えて……)


 島を出るとき、妹のルーフには「都会は悪い人が多いから気を付けるように!」と散々釘を刺されました。

 エル自身も、都会はそんな人ばかりと肝に銘じてやってきました。

 だけど、この武器屋のおじさんに出会ってエルは、その考えは間違っていたと思い直しました。


「おじさん、是非買わせてください!」


「良いんだね?」


「はい! 私、おじさんのお店のもので冒険者デビューしたいです!」


 エルは少し縫い目の荒い皮の鎧を装備しました。腰にはロゴが欠けているだけで、他は立派なダガーを差し、ラベルが傾いた道具が一杯詰まった袋を下げます。

 そして背中にはとても長く立派なバスタードソードを担ぎ、準備が整いました。


「おじさんありがとう! また来ますね!」


「いつでもおいで。良い冒険者ライフをね!」

 エルはおじさんに別れを告げて、店を出ました。

 さっきまで怖く見えた雑踏。

でも、もう怖くはありません。


(頑張ろう! 私もお兄さんみたいに、強くて優しい冒険者になるんだ!)


 エルは心に刻んだ決意を再確認し、歩き出します。


(でも宿代は二日分しかないから、早く稼がないと)


「やっほー! ねぇ、君もしかしてソロ? 良かったらさ、我々のパーティー組まない?」


 突然エルの目の前に、ニコニコ笑う斥候の若い男が現れました。

彼の隣の剣士の男も人のよさそうな笑顔を浮かべています。

反対側にいるもやしのように細い神官の男はどこかおどおどした様子でした。


「パーティーですか?」


「そそ。君、初心者でしょ? 我々初心者と一緒に迷宮へ潜って、色々教えてるんだ」


「へぇ、そんなことしてるんですか?」


「うんうん。冒険者たるもの、互いに助け合わなきゃってね。どうかな? 良い狩場も教えられるし。そこでみんなで稼いで、ほんのちょっとだけ俺らの取り分を授業料としてくれれば良いからさ。どうかな?」


(なんだ、都会って結構いい人ばっかりじゃん。ルーフの心配し過ぎだったんだね。きっと)


「わかりました。是非、お願いします!」


「おっし決まりだ!」


 装備も整い、早速仲間もできました。

 エルはこれからの冒険者ライフに胸を躍らせるのでした。


 

 【おわり】

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鎧に転生してしまったのだが!? ~鎧になってしまった元ベテラン冒険者と新米エルフの剣士の二人羽織冒険譚~ シトラス=ライス @STR

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