最終話 新たなる旅立ちなのだが!?
【総工場長室】
その看板が掲げられた扉の前で、エルは緊張の面持ちでごくりと息を飲んだ。
俺にも心臓というものがあれば、はちきれんばかりに鼓動を発していたと思う。
「鎧さん、お気をつけて」
「ちゅるん」
リビングアーマー形態の俺はエルとライムに小さく頷いて答え、扉を開いた。
「来たわね、鎧……」
くるりと椅子を回転させ、ローリーの真っ赤な瞳が俺を捉えた。
彼女の周りには、金槌、鋸、ペンチなど、禍々しい道具がずらっと並べられている。
(なんだ、このローリーの異様な雰囲気は……?)
「くくっ……さぁ、楽しい楽しい解体ショーの始まりよ! うひひっ!」
「……!」
金槌とペンチを持ったローリーが邪悪な笑みを浮かべながら俺へ飛びかかってくる。
思わず逃げ出そうと思ったが、壁に追いつめられてしまった。
「覚悟しなさい、鎧」
「……!!」
ローリーは容赦なく俺へ金槌を振り落とす。
そして”作業”が始まったのだった。
不眠不休の作業だった。作業は苛烈を極めた。
「そらそら鎧ぃー! 泣け! わめけぇ!」
(む、むぅ……感覚は無いが、溶かされる感覚はなんだか嫌だ!)
「ひひっ! 次は水攻めじゃぁー!」
(今度は固まったが。この蒸気……ほ、本当に俺は大丈夫なのだろうか……?)
「おらおら削ったるぞぉ! きひひっ!」
(ぐぅ……こ、これは……なんたる陰惨な光景!)
「畝打ちじゃぁー! オラオラ!」
鬼気迫るローリーの作業風景を、俺はただ黙って見つめ続けた。
俺は溶かされ、冷やされ、打たれ、削られ、そして、三日後。
「わぁー! ピカピカ―!」
エルは光沢を増した俺を装着し、嬉しそうにくるりと回った。
光沢の他にも表面にはわずかながら、木目のような模様が浮かんでいる。
「ちゅるん!」
エルの肩に乗るシルバースライムのライムも真新しい俺に至極満足そうだった。
「主成分をダマスカス鋼へ変更したわ。前よりも軽くて丈夫になっている筈よ。記憶の転写もちゃんとしてあるから安心してね!」
ローリーは自慢げにほぼ無い胸を張る。
そしてエルへ、真新しいティアラを渡した。
「それでこれが鉄兜の代わりね」
流石に昔の俺のように鉄兜で常に顔を隠す訳にはいかない。
そういうわけで、ローリーの発案で、俺の鉄兜はエルに良く似合うティアラの形状へ作り変えて貰ったのだった。
エルの頭にティアラが装着されれば、俺のパーツは揃ったはずなのだが。
はて、少し物足りない気がする。
「エル、何かが足りない気がする。ローリーに聞いてくれないか?」
「ふふ、足りないのはこれの影響よ!」
まるで俺の声が聞こえたかのようにローリーは、光輝く腕輪を見せた。
「作り変えの時アンタの鋼材が余ったら腕輪にさせてもらったわ。これで骨伝導スピーカーが無くても話ができるはずよ!」
「なんと!」
「良かったですね、鎧さん!」
「ああ。君はやはり天才だな、ローリー! しかし俺の一部をそうしたということは……」
「あ、えっと……記憶の一部は確かに、この腕輪にあるけど、たいしたことない記憶だから! これからの二人にはぜんぜん、いらない記憶だからっ!」
何故かローリーは健康的な褐色がかった肌を朱に染めながら、必死な様子で抗弁する。
大昔、一緒に冒険していた時と何ら変わらないリアクションに、俺は強い懐かしさを覚えていたのだった。
そしてこうしてまたローリーとも再会できたことに、俺は喜びを感じている。
「さぁ、準備は整った。行こうじゃないか!」
「はい、鎧さん!」
我々はヤタハ鍛造所を出て、迷宮内都市マグマライザの街中へ降り立つ。
迷宮都市は先日、迷宮深層から現れた魔竜ロムソの襲撃を受け、ヤタハ鍛造所を始め瓦礫の山と化していた。
そこにかつての華やかな面影は無い。
しかし、ここに暮らす住民は、これまで以上に活力に満ち溢れていた。
偉大な賢者の力によって辛うじて取り戻した空の下、住民たちは復興に向けて、懸命に働き、明日に向かって動き出している。
そんな街中を我々は出口へ向けて歩き続けていた。
「あの、ローリーさん、本当に一緒に来ても良いんですか?」
「むしろ行けって言われたわ……」
ローリーはげんなりと肩を落とし、具に事情を語り始める。
今回のロムソの件でヤタハ鍛造所が甚大な被害を受け、操業不可能な状況に陥っていた。だがローリーの打ち出す鎧や武器のオーダーは後を絶たない。
そこで依頼者のところへ直接出向いて事情を説明し、義援金を募れとのことらしい。
「まぁ仕事のことさえなければ、あんた達と一緒って、凄く嬉しいんだけどねぇ……」
「ですねぇ。でも、まぁそれはそれと割り切って楽しんでいきましょう! せっかくの冒険ですし」
「そうね、そうよね! で、最初の目的地は、エルちゃんの実家だっけ?」
「はい!」
迷宮内都市マグマライザがこんな有様なので、迷宮探索をする訳には行かない。
そのため移動を決めた我々は、とりあえずの目的地としてエルの出身地である、南のエルフの島を目指すことにしていた。
「ちょっと、まってぇー!」
っと、我々の前に躍り出る白い影。
一応、ロムソと一緒に戦った、もやしのように細い神官の男が現れた。
「お、俺も一緒に連れてってください! お願いします、エルフさん!」
彼は身体を折って盛大に頭を下げた。
そんな彼をエルはジト目でにらむ。
「君さぁ、そういえば私にエッチなことしようとした神官君だよねぇ?」
「その節は大変すみませんでした! 謝りますし、これからは、エルフさんのためになんでもします!」
「もうエッチなことしようとしない?」
「は、はい! 勿論です」
「ふーん……まっ、良いか。私、エル! 君の名前は?」
エルはにこやかな笑顔で神官へ手を差し出した。
「プリスです! 宜しくお願い致します、エルさん!」
(貴様、もしもう一度エルに手を出してみろ。ただでは済まさんぞ)
「ひぃ!? い、今何か聞こえませんでしたか!?」
ガントレットを通じてプリスへは釘を刺しておいた。
俺の声が聞こえているエルとローリーは慌てるプリスを見てクスクス笑うのだった。
「じゃあ、行きましょう! 私の実家のある、南のエルフの島へ!」
「「「おー!」」」
エルの一声で、我々は新しい一歩を踏み出した。
「はわ~、ひんやり、すべすべ~、でへでへ」
「こらエルちゃん、鎧に頬擦りしないの! 錆びるでしょ!?」
「ちゅるん!」
「あっ! ちょ、ちょとライムちゃん……ひゃう! あ、あー、神官君、今エッチな目で見たでしょ!」
「い、いえ! そんなことは……」
「あ、う、くぅ~……だ、だめぇえー!」
エルフの少女、ドワーフの女性、ぷりぷりモンスター。
プリスは除外して考えても、両手に華で、当に素晴らしいパーティーであるのは間違いない。
(いつも思う、常に思う、どうしてなんで……! 人間の時のこの状況にならなかったのかっ……! むぅ……!!)
【おわり】
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