後編

 ニサップ王国のトラスタマラ王家の長女、つまり王太女であるロベルティナ・マリベル・デ・トラスタマラが十七歳を迎える誕生祭の日になった。この年の誕生祭はいつもより特別である。

 数ヶ月前、ロベルティナは夫として隣国ナルフェック王国の王子エウヘニオ(ナルフェックではウジェーヌと呼ばれている)を迎えた。彼のニサップ王国での社交界デビューがロベルティナの誕生祭であるのだ。


 ニサップ王国は八十五年前、ナルフェック王国と戦争をして破れていた。それ以降、ナルフェック王国との関係はギスギスしていたのだが。しかし穏健派の前国王ロドルフォや現国王エルナンド、そしてナルフェックの女王ルナの努力により、両国の関係は改善されついにロベルティナとエウヘニオの婚姻により同盟を結ぶことが叶ったのだ。


 更に今回のロベルティナの誕生祭では、他にもめでたい発表があるとのこと。

 グアダルペはワクワクしながらエスタバンにエスコートされて会場である王宮に来ていた。

「あら? お姉様はどこかしら?」

 何かを企んでいるような笑みのグアダルペ。

「さあ。後から来るんじゃないかな」

 エスタバンは意味ありげにクスッと笑った。

 その時、国王夫妻と王太女夫妻が入場して来た。会場にいる者達はカーテシーやボウ・アンド・スクレープで礼をる。

 本日の主役であるロベルティナは、夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目の美女である。この髪色と目の色はニサップ王国の王族の特徴とも言える。

「皆の者、面を上げよ。本日は我が娘ロベルティナの為に感謝する。そして、我が義息子むすことなったエウヘニオの歓迎を感謝する」

 国王エルナンド・ロドルフォ・デ・トラスタマラは威厳があった。その隣にいる王妃ギジェルミーナは気品ある笑みを浮かべている。

 会場にいる者は全員拍手でロベルティナを祝ったりエウヘニオを歓迎していた。

「そしてもう一つ、ニサップ王国の発展の為、王命で婚約を結んだ二人を紹介する」

 エルナンドがそう言うと、ある一組の男女が会場に入って来た。

「嘘……!」

 グアダルペは驚愕のあまりヘーゼルの目を見開く。

「フリアス公爵家次男アウレリオ・バルトロメ・デ・フリアスとビジャフランカ侯爵家長女アレハンドリナ・サリタ・デ・ビジャフランカである」

 何とアレハンドリナはエスタバンとの婚約を解消していたのだ。アレハンドリナはおっとりとした品の良い笑みを浮かべている。彼女の隣にいるアウレリオは、夕日に染まったようなストロベリーブロンドのふわふわとした癖毛にタンザナイトのような紫の目の眉目秀麗な青年。彼は見た目から分かるよう、王家の血が流れている。フリアス公爵家は先代国王の妹が嫁入りした家なのだ。

「この度、我が国の工業技術発展の為、フリアス公爵家とビジャフランカ侯爵家は手を結んでもらうことにした。それにより、アウレリオはビジャフランカ侯爵家に婿入りし、侯爵配となる」

 エルナンドの宣言により、再び拍手で会場が沸く。

 しかし、一人だけ不満気な者がいた。グアダルペである。

「どうして……!? お姉様はエスタバン様と婚約していたのではないの……!? 私の予定では、お姉様は今日エスタバン様に婚約破棄」

「グアダルペ、それは言ってはいけないよ」

 驚愕するグアダルペの口を慌てて塞ぐエスタバン。

「今婚約破棄と言ったか?」

「公の場でそのような言葉を発するなど言語道断」

 グアダルペの周囲の者達が目くじらを立てる。

「ああ、婚約破棄ではなく……婚約が派手だと言おうとしていたみたいですよ」

 エスタバンがにこやかに周囲を抑える。それにより騒ぎにならずに済んだ。

「グアダルペ、その言葉は絶対に言ってはいけないよ」

 低い声に黒い笑みのエスタバン。今まで見たことのない彼の表情に、グアダルペはゾクリとした。

「それに、割と前にアレハンドリナとの婚約は解消している。問題ない」

 ニッと笑うエスタバン。

「そんな……私の計画が……」

 グアダルペは膝から崩れ落ちた。


 一方、アレハンドリナは新たな婚約者アウレリオと共に挨拶周りをしていた。

 そして一通り済んだところでグアダルペの元へ向かう。

「あら、グアダルペ、どうしたの?」

 アレハンドリナはガックリ落ち込むグアダルペを心配そうに見つめる。

「何か君とアウレリオ殿の王命による婚約が発表された時からこうなってしまったんだ」

 エスタバンは困ったように笑う。

「君がアリーの妹君のグアダルペ嬢だね。彼女から話は聞いているよ」

 アウレリオは品の良い笑みをグアダルペに向ける。するとグアダルペは恨めしげにアレハンドリナを睨む。

「お姉様ばかり狡いわ! こんな素敵な婚約者を手に入れて! 私に譲ってちょうだいよ! ねえ、アウレリオ様、お姉様じゃなくて私と婚約してちょうだい!」

 あろうことか、アウレリオに縋り付くグアダルペ。アレハンドリナとエスタバンはそんなグアダルペに困ったように苦笑する。

「グアダルペ、何をしている? アウレリオくんが困っているだろう」

「グアダルペ、貴女は淑女教育が全くなっていないにも関わらず、奇跡的にエスタバン様という婚約者が見つかったのよ。もうこれ以上どうしようもなかったら、貴女を修道院に入れることも考えていたの」

 そこへアレハンドリナとグアダルペの両親が焦ったように駆けつける。

「そうだよ、グアダルペ嬢。君は少しお転婆過ぎるから、僕が調教……じゃなかった、教育して立派なにしてあげようと思っていたんだ」

 エスタバンは楽しそうに黒い笑みを浮かべている。

「え……? 子爵夫人? 公爵夫人じゃないの?」

 グアダルペは子爵夫人という言葉に首を傾げる。

「僕は三男だから、家督は継げないよ。その代わり、リチュエーニャ公爵家が持つ子爵位を譲り受けてリチュエーニャ子爵家を立ち上げるのさ。今のグアダルペ嬢の振る舞いだと、子爵夫人としては少し問題あるから、しっかりしてあげる」

 フッと笑うエスタバン。そしてグアダルペの耳元で低く呟く。

「もし僕が教えたことを満足にこなせないのなら、もあるからね。調教しがいがありそうな子が僕の婚約者になってくれて嬉しいよ」

 その言葉にグアダルペは再びゾクリとする。 

「グアダルペ嬢、私とアリーの婚約は王命だから簡単には覆らない。それに、私はアリーを愛しているんだ。だから君からそう言われるのは非常に困る」

 アウレリオは諭すようにグアダルペにそう言った。

「そんな……」

 グアダルペは再び力なく膝から崩れ落ちる。

「グアダルペ嬢、アリーから聞いているけれど、君はどうしてそんなにアリーに突っかかるんだい?」

 アウレリオは困ったように苦笑する。

「そうよ、グアダルペ。わたくしは貴女が一体何がしたいのか、何を求めているのか全然分からなくて困っているわ。この際だから教えてちょうだい。グアダルペ、貴女はわたくしにどうして欲しいの?」

 アレハンドリナは一番疑問に思っていたことをグアダルペに投げかけた。

 するとグアダルペは力なくこう言う。

「私はただ、お姉様にぎゃふんと言わせたかっただけなのに」

 グアダルぺはどうにかしてアレハンドリナを打ち負かせたかったのだ。

 それを聞いたアレハンドリナはきょとんとする。

 そして……。

「ぎゃふん」

 アレハンドリナは一言はっきりとグアダルペに聞こえるように言うのであった。

「は……?」

 グアダルペは怪訝そうな表情になる。

 エスタバン、アウレリオ、両親は必死に笑いを堪えていた。

「グアダルペはわたくしにぎゃふんと言って欲しかったのね。ようやく貴女がわたくしにして欲しかったことが分かったわ。だから言ってあげたわ。これで満足かしら?」

 おっとりと微笑むアレハンドリナ。

 耐えきれなくなったエスタバンは爆笑してしまう。それにつられてアウレリオと両親も笑い始めた。

「そういうことじゃない!」

 グアダルペは恥ずかしさと怒りが混じり、顔を真っ赤にしてこう叫んだのであった。


 ちなみに、その後アレハンドリナは次期女侯爵として才覚を発揮していた。アウレリオとの仲も極めて良好である。

 グアダルペはエスタバンからの恥ずかしいお仕置きに懲りて、立派な子爵夫人となるのであった。

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