そういうことじゃない!

前編

 ニサップ王国の名家であるビジャフランカ侯爵家には、娘が二人いる。姉のアレハンドリナと妹のグアダルペだ。今年十七歳になるアレハンドリナは父親譲りの艶やかな赤毛に母親譲りのジェードのような緑の目の、おっとりとした顔立ちの美女。今年十五歳になるグアダルペは赤毛なのは姉と同じだが目の色は父親譲りのヘーゼルで可愛らしいが少し気が強そうな顔立ちだ。


 アレハンドリナには最近困っていることがある。妹のグアダルペの奇行ついてだ。

 ある日、アレハンドリナがサイズが合わなくなりグアダルペに譲ろうとしていたドレスを取り出していた時のこと。

「あら、お姉様、それは今日の夜会に着ていくドレスかしら?」

 何かを企んだ笑みでグアダルペが部屋に入って来た。

「あら、グアダルペ、これは」

「だったらこうしてあげるわ」

 グアダルペはアレハンドリナの話も聞かず、持っていたハサミでドレスを切り裂いた。

「まあ、グアダルペ、何て酷いことするの?」

 アレハンドリナは困惑気味である。

「これでお姉様が今日の夜会で着るドレスはなくなったわ。お姉さまに新しいドレスは用意出来るのかしら? せいぜい見窄らしいドレスで夜会に参加するといいわ」

 グアダルペは勝ち誇ったような笑みでそう言い、アレハンドリナの部屋を出て行った。

「これはグアダルペに譲ろうとしたドレスなのに……。もったいないわ」

 アレハンドリナは困ったようにポツリと呟いた。


 その日の夜会にて。

 アレハンドリナは最近新調したドレスに身を包み参加した。

「まあ、ビジャフランカ侯爵家のご令嬢だわ」

「アレハンドリナ嬢か。今日もお美しい」

「ドレスとお似合いだし、所作も完璧で令嬢の鑑だわ」

 令嬢や令息達はうっとりした表情でアレハンドリナを見つめている。

「どうして……!? お姉さまのドレスは私がズタボロにしてやったのに……!? お姉様に今日の夜会で大恥かいてもらおうと思ったのに……!」

 ひと足先に会場に来ていたグアダルペはヘーゼルの目を大きく見開きアレハンドリナを見る。

「落ち着きなさい、グアダルペ」

「お願いだから騒ぎを起こさないでちょうだいね」

 両親は必死にグアダルペを宥めていた。


 また別の日のこと。

 アレハンドリナは侍女を引き連れてビジャフランカ侯爵家の王都の屋敷タウンハウスの庭を散歩していた。

 アレハンドリナは庭にある大きな噴水前でふと立ち止まり、空を見上げ少し考え込む。

「アレハンドリナお嬢様、どうかなさいましたか?」

 侍女が不思議そうに聞いた。するとアレハンドリナは品の良い笑みを浮かべ答える。

「雲行きが怪しくなっているわ。もうじき雨が降るでしょう。その前に戻った方がいいわ」

 すると侍女は納得した表情になる。

 こうしてアレハンドリナは屋敷に戻ろうとしたのだが……。

「ちょっと待ちなさいよお姉様! きゃあ!」

「まあ、グアダルペ! 大丈夫かしら?」

 アレハンドリナはジェードのような目を大きく見開く。

 グアダルペは何かでつまずき、噴水へ落ちたのだ。

「グアダルペ様、大丈夫でございますか!?」

 グアダルペの侍女が慌てて噴水からグアダルペを引き上げる。

「お姉様のせいでこうなったのだから! お父様とお母様に言いつけてやる!」

 グアダルペはヘーゼルの目を見開き、キッとアレハンドリナを睨み付ける。

わたくしのせい……? 明らかにグアダルペが勝手に転んで噴水に落ちてしまったように見えたのだけれど」

 困ったように微笑むアレハンドリナ。彼女の侍女もグアダルペの侍女もそれに同意する。そしてグアダルペの侍女がアレハンドリナにコソッと耳打ちする。

「あの……グアダルペお嬢様はそちらの木と木の間にに細い紐を結び、アレハンドリナお嬢様を転ばせようと企んでいたみたいです。それが、ご自身で引っ掛かってしまったみたいで……。お止め出来ず申し訳ございません」

「あら、そうだったの。……グアダルペは一体何がしたかったのかしら?」

 アレハンドリナはおっとりとした様子で困惑した笑みを浮かべていた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 アレハンドリナには婚約者がいる。リチュエーニャ公爵家三男のエスタバンだ。彼はアレハンドリナと同じ十七歳。ブロンドのサラサラとした短髪にアンバーの目の、端正な顔立ちだ。

 この婚約は家同士の政略ではあるが、二人の仲は良好だった。

 しかし、最近は毎回二人の間にグアダルペが割り込んで来る。

「ねえ、エスタバン様、お姉様なんか放っておいて私とお話しましょうよ! 私と一緒の方が絶対に楽しいわよ!」

 エスタバンの手を握り、上目遣いのグアダルペ。

「グアダルペ、エスタバンはわたくしの婚約者よ。それに、婚約者のいる男性に触れるのはあまり良くないわ」

 アレハンドリナは困ったように微笑み、グアダルペに注意する。

「まあまあアレハンドリナ。グアダルペはまだ十五歳だ。成人デビュタントしたばかりなのだし、大目に見てあげなよ」

 エスタバンはクスッと笑う。

「ほら、エスタバン様もそう言ってるじゃない。さあ、エスタバン様、行きましょう!」

 グアダルペはエスタバンを連れて行ってしまう。エスタバンは婚約者の妹であるグアダルペにも優しかった。

「あらあら、グアダルペには困ったものね……」

 アレハンドリナはおっとりとした様子でため息をついた。


 アレハンドリナとエスタバンの間にグアダルペが入り込むことが長期間続き、そのうちエスタバンはアレハンドリナとはあまり会わなくなった。そんなある日のこと。

「お姉様、最近エスタバン様は私に会いに来ているのよ。それにお姉様ではなく私を婚約者にしてとエスタバン様にお願いしたらあっさり受け入れてくれたわ」

 勝ち誇ったような笑みでアレハンドリナの部屋に入って来るグアダルペ。

「あら、そうなのね。グアダルペの婚約者が決まって良かったわ」

 アレハンドリナは安心したように微笑む。

 するとグアダルペはムッとするり

「お姉様はきっと近々夜会とかで大勢の前でエスタバン様から婚約破棄されるのよ! ほら、この国の王妃様であるギジェルミーナ様みたいに!」

「グアダルペ、夜会や公式の場での婚約破棄は」

「余裕ぶっていられるのも今のうちよ!」

 アレハンドリナの言葉を最後まで聞かず、グアダルペは出ていくのであった。

「夜会や公式の場での婚約破棄宣言は法律で禁止されているのよ」

 アレハンドリナは苦笑する。


 かつてニサップ王国では、王妃ギジェルミーナが当初の婚約者であった王太子サルバドールに公式の場で冤罪をでっち上げられた末、婚約破棄宣言をされ大恥かかされたのである。当然冤罪なのでサルバドールは廃嫡。更に隣国グロードロップ王国との国境警備を命じられた。実質の追放である。そして彼と共にギジェルミーナを陥れようとした男爵令嬢フェリパも一時は国家転覆容疑がかけられた末、修道院行きが確定となった。そんな二人は二十年程前に発生した疫病により命を落としている。

 ちなみに、ギジェルミーナは新たにサルバドールの弟エルナンドと婚約を結んでいる。そしてこのエルナンドこそ、今代のニサップ国王である。


 そういった経緯から、ニサップ王国では夜会や公の場での婚約破棄宣言は多くの混乱を招く為、違法となったのである。

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