チキン売りの少女
みずたこ
第1話
「クリスマスチキンはいかかですかー!」
12月24日。
多くの恋人たちが共に過ごす特別な日。
日が落ち暗くなった空をイルミネーションが彩り、雪がちらつき凍えるような寒さを少し和らげていた。
そんな日に私は、店の外に出てチキンを売っていた。
通りかかる人々は今年のクリスマスイブが日曜日という事もあるのか、手をつないでいるカップル、どこかに出かけたのだろう子供連れしかいない。
ああいいな、私は大好きな彼氏とクリスマスイブを共に過ごすという事も叶わないのだ。それどころか、今私の彼氏は友人と町の方に遊びに行きそのついでにネッ友の女友達と会っているのだ。しかもその交通費往復6000円は私が出し、それとは別におこずかいとして5000円渡している。
なぜ私はクリスマスイブに彼氏が女友達と会っておりしかもそのお金は私が出しその上雪がちらつく寒い中必死でチキンを売っているのだろうか。しかもそのチキンを買っていくのは私と同じ若いカップルか子供連れなのである。私が一体何をしたというのか。クリスマスイブだというのに神の存在というものを疑ってしまうしもし居るのだとしたらなぜこのようなむごい事をするのかと神を問い詰めたくもなる。
ただ、あくまで私はクリスマスチキンを売っている訳である。どう考えてもそんな暗い顔をしている店員からチキンを買おうと思わないだろう。しかもメインターゲットはデートやどこかに出かけた帰りにチキンを予約するのを忘れていたりなどしたりしている客にせっかくならついでに買って貰おうという感じなのだから第一印象というものはとても大事なわけである。そのためにわざわざサンタ帽まで店内含め全員かぶっているくらいなのだから。
そのため、ぜひもう殺してくれと思うほどの大鬱を笑顔の仮面で隠し、元気にチキンを売ることがとても大切な私の仕事なのである。ただし、あまりにも感情との乖離が激しく自らという存在が行方不明になってしまいそうだ。
私の感情とは何だったのだろうか。私はなぜここでチキンを売っているのだろうか。私って何なのだろうか。
だってクリスマスチキンはいかがですかー!と可愛らしく元気を出して大きな声で通りかかる人々に呼びかけてもほとんどの人間は私が存在しないかのように通り過ぎていくんじゃないか。というかそもそも大体の人間は耳にイヤホンを付けているのだからそもそも声すら届かずなんならば今ここでチキンを売っているという事にも気が付いていないのだろう。
そう考えたら私はなぜこんなにも必死に声を出しチキンを買って貰おうとしているのだろうかと思ってしまうが、だからと言ってチキンを買って貰わないとこの酷く虚しく悲しく寂しく悔しいこの気持ちは報われないだろう。
そして、休憩時間に見たあの女の楽しそうな投稿が忘れられない。全然知らない人間ではあるが、とりあえず殺意が沸く。そりゃあリアルタイムでクリスマスに恋人が全然知らない他の異性と密室で過ごしていてしかもその相手が楽しいみたいな写真付きの投稿が流れてきたら誰でも辛くなるだろう。しかもそのお金は私の金なのである。
なんなんだよこいつくらいは思うだろう。というか理性を保っている自らに感動してしまう。もういっそのことこんなことならば通信制限がかかっていて投稿を見れない状況だったならば良かったのに。
しかもさらに休憩室には多分どう考えても彼女とクリスマスデートをしているだろうバイトリーダーの先輩からのカイロと袋菓子があり、そこには少々他人事なコメントが書かれていたことを思い出した。
もちろん法律上ある程度の長時間労働をさせる場合休憩を与えなければならないので仕方がないのだが、正直休憩を取るよりチキンを売っていたかった。というか全く休憩が休憩になっておらず、ただただ心に様々な観点で大ダメージを負っただけなのである。
そして今である。あまりにも気分がどん底であり、いくらジャンパーを着ているとはいえ外は雪がちらつくほどの寒さである。吹き付けてくる風は寒くただでさえ荒んだ心を痛みつけていく。チキンを入れているショーケースやヒーターなどはあるものの、この冷えた体を温めるには至らない。
それでも私はチキンを売らねばならないのだ。何故ならばもうすぐ大切な彼氏の誕生日プレゼントのAp〇le watchを買うためのお金を稼がなければ。それに、チキン売りが終わった後には彼氏が選んで送ってくれたクリスマスプレゼントをコンビニで受け取れるんだ。希望が全く無いわけでは無いのだ。
いくら声を出そうとも通りがかる人々の耳には届かない。まるでこの世の全てが私の存在を否定しているようだ。それでも、私はチキンを売らねばならない。そして笑顔の仮面で心を隠し元気に可愛らしい声で街ゆく人に呼びかける。
「クリスマスチキンはいかがですかー!」
チキン売りの少女 みずたこ @namakonnnyaku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます