第16話 エイリンドの疑念

「認めたくはないが! ルルの旅をもう止めはしまい! 認めたくはないが!! 私はメイデアの里に戻ることにする。約束だからな!」


 また言葉の中に「認めたくはないが」を連発し、エイリンド様は拳を握りしめてぷるぷると震えた。

 それを見た私は小さくガッツポーズをする。うまいは正義、そして正義は勝つのだ!


「人間に頭を下げるのは返す返すも屈辱だが、くっ……今は仕方あるまい。ザムザとフランカ。ルルをよろしく頼む。くれぐれもこの子が暴走したりしないように見守ってやってくれ」


 ザムザさんとフランカさんの方を向いて――うわあああ! エイリンド様が頭を下げたー!

 それだけじゃない、人間をちゃんと名前で呼んだー!!

 明日は槍が降るぞー!


「名前で……呼ばれたわ」

「今朝は『そこの人間』って言ってたエルフが」


 目をまん丸にして驚いているザムザさんとフランカさん。それが真っ当な反応です。私もめちゃくちゃ驚いてます。


「仕方あるまい! 私がルルの側を離れる以上、おまえたち以外に頼める相手がいないのだから! くれぐれも、ルルを頼む。ルルも人間の世界に入る以上、勝手に動き回って迷子になったり暴走したりするんじゃないぞ」

「迷子!? エイリンド様は私の事を何歳だと思ってるんですか! 迷子になるような年齢の子を嫁にしようと思ってたんですか? ぎゃー、変態ー!」

「ルル、ルル、やめなさい……せっかくエイリンドさんが折れたのに」


 掴み合い寸前になっている私とエイリンド様を見かねて、フランカさんが私の体を押さえて仲裁してくれた。そこへ――。


「エイリンド様と呼べ! 私はメイデアの女王マリエンガルドの息子だぞ!」


 空気読まねぇー! この1500歳児は!

 私がまたファイティングポーズになったばかりでなく、パン屋のおじさんですら呆然とし、フランカさんはやさぐれた顔で「面倒くさいわ、この人」と呟いた。



◆◇◆◇


 エイリンドはルルエティーラたちから離れ、ひとりメイデアの森に向かった。

 最短距離を移動するために道なき道を走りながら、頭の中は思考でいっぱいだ。


 最愛の弟子・ルルエティーラが知らないうちに小さなこどもではなくなっていたこと。

 てっきり将来の伴侶になるものと思っていたのに、力一杯それを否定されたこと。


 ――それらはショックではあるが、一晩眠った後であるので少し落ち着いている。それよりも鮮烈に頭の中を占めているのは、ルルが「エルフの秘術」で作り出した三日月パンの事だった。


 鼻の奥にバターの甘い香りがふわりと残っているような気すらする。

 慣れ親しんだエルフのパンとは余りにも違いすぎ、もはや菓子と呼んでもいいような贅沢なパンだった。

 実った小麦のような美しい金色の焼き色はあくまで繊細で、触るとほろりと表面が剥がれたので最初は焦ってしまった。


 そして、それを口に入れたときの衝撃と来たら――!


 サクサクと口の中で音を立てるのは、幾重にも作られた層のおかげで、その層を作ることができるのは、熱で溶けるバターを間に折り込んでいるからだという。


 なるほど、言われてみれば理解はできるが、エイリンドにはとても思いつくものではなかった。


 ルルはそれを「エルフの秘術」などと言っていたが、女王の息子である自分が知らず、里でも最も年若いルルが継承している秘術の存在は怪しすぎる。

 そもそも、なぜ女王マリエンガルドはルルの旅立ちを許したのか。

 あの最も年若く、純粋で、誰かが守ってやらないといけないようないたいな少女を里から出すなど正気の沙汰では無い。


 ターチィからメイデアまで一気に走り抜けるのはさすがに無理で、昨夜野営をした辺りで休憩を取ることにした。


 丹念に消された焚き火の痕が、野営の目印だ。ルルが鹿を解体したときに内臓を離れたところに置いたが、それはもう獣に食い荒らされていた。


 清らかな川の水を飲み、石に腰掛けながら、昨夜のことをエイリンドは思い返していた。


 人間のことは信用していない。彼らはエルフとは違う生き物だ。同じ価値観を持つべくもなく、完全に理解し合えるとも思ってはいない。


 けれど、エイリンドはザムザとフランカのことは多少違う目で見ている。

 彼らの言葉の端々に、眼差しに、エイリンドの知る人間とは違う雰囲気を感じ取っているのだ。

 それは長く生きた大樹にも似たもので、かと思えば沼の底から伸びた手に足を掴まれているような生臭い匂いも微かに感じ取れる。


 それが祝福か呪いか、現時点では判断できない。

 エイリンドが彼らにルルを任せることにした理由は、短い時間を共にした間に知り得た為人ひととなりだけが理由だ。


「さて、急がねば日没に間に合わないな」


 ふとした折に考え込んでしまう様々な要因を、頭を振ることで追いやる。乱れた銀色の髪が、それでもサラサラと揺れた。


 一刻も早くメイデアの森へ。

 そして、女王に確かめなければならないことがある。


____________

長らくお休みをいただきました!

エタらせません!大丈夫!!!

頻度は低いですが(コンテスト用にふたつ書かないと行けないし)ちまちま更新します。

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私、肉食系エルフです! ~有り余る才能の全てを肉に捧げたエルフの食い倒れ道中記~ 加藤伊織 @rokushou

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