第52話
リベラはもじもじと指先を動かすも、やがて意を決したように顔を上げる。
「……いつかまた、ここに来てもいい?」
「フッ、無論だとも! その時は、再び食事を馳走しようではないか」
「ほんと? じゃあ、約束のおまじない!」
リベラはポシェットに小包みを仕舞うと、両手を村長に向けて広げる。そのままぴょんぴょんと跳ねるリベラに、村長は警備の男の肩を借りながら、ゆっくりと屈んだ。
「やった! えへへ……楽しみにしてるね!」
「うむ、ワシもだぞ」
そうして数秒間の指切りを交わすと、リベラは満足気にサフィラスの隣に戻った。村長は警備の男から杖を受け取ると、立ち上がり三人に向き直る。
「……さて、次はワシからの餞別だ。荷物になってしまうかもしれんが、受け取ってもらえぬだろうか? 中身は、馬や小動物君を含めた人数分の食料、及び貴君らの衣類だ。馬車を拝見させてもらったが、旅に必要なものがまるで揃っていなかったからな。次の目的地までの繋ぎとして、使うと良い」
サフィラスが振り返ると、ロアとリベラは頷く。
「……分かった、有り難く頂くよ」
「時に、次の目的地は決まっておるのかね?」
「ああ、スティア国に向かうつもりさ」
「ふむ、ならばこれも役に立つかもしれぬ。併せて受け取ってくれぬか?」
村長はジャケットの内側から、ワインレッドの蝋で閉じられた白い封筒を取り出すと、サフィラスに手渡す。表面には、村長の名と見慣れぬ名が書き記されていた。
「これは?」
「ワシ直筆の紹介状だ。既にイルミス国から身分証を賜っているだろうが、保険として渡しておく。ワシと彼の国の王は旧知の中でな。入国時に検問官に提示すると良い」
「成程。リスク回避の手段は、多いに越したことはないからね。これも有りがたく受け取っておくよ」
◇◇◇
やがて話が一段落した後。警備の男と肩を並べながら、彼らは木箱を馬車に積み上げる。終始無愛想な警備の男は、三箱目を担ぎ終えると口もとを歪ませた。
サフィラスは手綱を握ると、村長に最終確認をする。
「さて、これで互いに成すべき事は済んだかな」
「そうさな……お主も、別れの時くらい素直になってみてはどうかね?」
村長が背中を押すも、警備の男は首を横に振る。
「いえ。俺は別に、何も言うことはありません」
「本当か?」
「無論です。身勝手に村を引っ掻き回す輩にくれてやる言葉なんか、一文字すら思い浮かばないです」
「フハハッ、今日はまた一段と頑固だな」
「な――俺は元からこういう性格です!」
大口を開けて笑う村長に、警備の男は背を見せる。ロアは目を細めると、村長に会釈した。
「では、私からご挨拶を。ディオス村長、護衛の方。短い間でしたが、大変お世話になりました」
「フッ、そう畏まらんでもよい。共に困難を乗り越えた仲だ。再び訪れる際には、素の貴君を見せてくれたまえ」
「ふふっ、承知致しました。ですが、驚かないで下さいね」
「何、望むところだ」
リベラは警備の男に駆け寄ると、背に抱きつく。
「おじさんも、また会おうね!」
「! ……おう、またな」
警備の男は、片膝を地面に着けると籠手を外し、裸の手をぎこちなくリベラの頭に乗せた。
◇◇◇
そうしてロアとリベラは手を振りながら、小さくなっていく村長らに別れを告げる。手綱を握るサフィラスが目指すは、山を越えた先に或るという叡智の国。
積み重なるヒトとの記憶、這い寄る不安。そして、薄れゆく黒い感情。
『……果たして、次は如何なる困難が待ち構えているのだろうか』
砂で舗装された道を辿る馬に、サフィラス脚で合図を送った。
宝石箱に魂を添えて 〜亡郷の子供たち〜 禄星命 @Rokushyo_Mikoto
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