六 加害者対応

 翌日から小田亮は同僚のカウンセラー古田和志と手分けして、原田伸子が書き留めた名簿の者たちに会う機会を作った。小田亮は豚珍館で、古田は乾隆帝でだ。

 中華料理店豚珍館の経営者の梶聖也と、中華料理店乾隆帝の経営者の息子の野村淳は、小田亮たち自警団の一員だ。豚珍館の経営者の梶聖也と仲が良い。


 夕刻。偶然を装って小田亮は豚珍館で夕飯を食っている女数人に声をかけた。女たちは原田伸子が書いた名簿に記載がある者たちだ。

「調子はどうですか?」

 小田亮はこの女たちと初対面ではない。かといって親しくもない。顔見知り程度の知り合いだ。小田亮が女たちに挨拶すると、自尊心の塊のような女たちは、女たちより若い小田亮に対して妙に馴れ馴れしく挨拶して同席を促した。思ったとおりの誘いに、小田亮は女たちと同席して夕飯を注文した。女たちは小田亮と古田がカウンセラーでこの街の自警団だと知っている。

「いろいろ噂を聞いてます。大変ですね」

 小田亮の言葉を待っていたように女の一人が言った。

「自分の思っている事をそのまま言っただけです。係長も認めてました。能なしを教育するんだと。なのに、どうして処分されるんでしょうか!?」

「そうですね。正しい主張なら・・・・・・・主張すべき・・・・・ですね」

 小田亮は、正しい主張、を強調した。

「やっぱりそうですよね。挨拶も報告も相談もできない新人を叱りつけて、何が悪いんですか?仕事をできない者を教育してるんです。上司だろうと、とやかく言われる筋合いはないわ」

 もう一人が語気を強めてそう言った。

「そうですね。正しい主張をすべきです・・・・・・・・・・・ね」

 小田亮は女たちの言葉に耳を傾けて、正しい主張をすべきです、を何度もくりかえした。


 その頃、小田亮の同僚のカウンセラー古田和志は中華料理店の乾隆帝にいた。古田はこの店の経営者の息子の野村淳を交え、原田伸子が名簿に名を連ねた社員たち数人と会食し、社員たちの主張に、正しい主張なら・・・・・・・主張すべきです・・・・・・・、とくりかえていた。



 二週間後。原田伸子がカウンセリングルームを訪れた。原田伸子の顔色は良い。

「その後、調子はいかがですか?」

「はい、私の体調はとても良いです。と言うのも、事業部長をはじめ、私が名簿に書いた平社員が、元女係長のように上司をやり玉にあげて罵倒したんです。事業部長は自身の言動を棚に上げ、

『能なしの経営陣がいるからハラスメントが絶えないん!ハラスメント撲滅の社内教育が役立ってない!社長も専務も常務も社内のハラスメントを見て見ぬふりじゃないか!

 オマエら、全員、責任を取れ!』

 と上層部を役員会議で大批判しました。当然、事業部長は即刻、平に格下げされて工場勤務を言い渡されました。

 役員たちはこれまで事業部長が行なっていたハラスメントの実態も調査します。結果がまとまり次第、事業部長を懲戒解雇するとの事でした。

 レポート用紙の名簿に書いた平社員は、元女係長のように、勤務部署の上司と他の社員を罵倒して、自分の言い分を会社内外で主張しました。結果は女係長と同じに地域条例違反で告訴されました。これら平社員も懲戒解雇されるとの事です」


「ハラスメント撲滅社内教育を行なっていたのにハラスメントが絶えなかったのは社内全員がハラスメントを見て見ぬふりし、ハラスメントを理解していなかった事が原因です。

 そして、最大の原因は、この地域の人たちの人間性です。人道意識と正しい倫理を持つ者が他の地域にくらべて圧倒的に少ないんです」

「どういう事ですか?」

「他人への妬みや嫉みなどを相手にぶつけても、自分の言動が犯罪である事に気づかない。つまり犯罪の引き金になる意識と精神を持つ人間が多いのです」

「と言うと犯罪者の精神と意識ですか?」

「そうです。最近、マナーに反する行動や発言が増えています。地域条例違反で告訴される言動は犯罪でしょう。違いますか?」

「たしかに・・・」

 原田伸子は驚きながらも、納得している。

「そうした言動を行なう人間は、自分の言動を判断する意識と精神を持っていないんです。

 ハラスメントの被害者は少数派です。上層部が正しい判断をせねば、組織は崩壊します。今後、会社の企業体質が社会的制裁を受けるでしょうね・・・」

 小田亮は複雑な心境になって俯いた。

(了)

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ハラスメント 牧太 十里 @nayutagai

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