五 ハラスメント再調査

 さらに一週間後。原田伸子がカウンセリングルームを訪れた。

「お座りください」

 小田亮は原田伸子をソファーに座らせた。原田伸子の表情は暗い。

「どうしました?」

「はい。先日、社内の出来事を説明しましたが、その後、社内で変化がありました。

 ハラスメントの加害者の発覚と、会社がそれらの加害者を告訴した事で、会社のハラスメント被害は公になりました。上層部は、会社の社会的信用を回復するため、ハラスメント被害の再調査を始めました、加害者を処分する気らしいです・・・」

 原田伸子は説明した。


 前回のカウンセリングの際、原田伸子は社内のハラスメントに関する出来事をこのカウンセリングルームで説明している。それに寄れば、

『課長を除く上層部の調べで、女係長の社員に対するハラスメントが発覚し、当人は平社員に降格されて左遷され、工場勤務になったが、ここでも上司を徹底的に罵倒した。この女は自宅でも周囲の住民を罵倒し、警察沙汰になり、地域条例違反で告訴された。

 上層部は、元女係長が罵倒した課長のこれまでの業務実績を調査し当人を追及した。その結果、課長の職務不履行と虚偽の報告が発覚し、元女係長とは別件で社員をハラスメントしていた事と、元女係長の取巻きたちが特定の新人を狙ってハラスメントしていた事も発覚した。課長は嘘八百を報告して社内のハラスメントを見て見ぬ振りをしていた。

 上層部は課長を平に降格して工場勤務にし、ハラスメントの被害者に代わって、ハラスメントを行なった者たちを告訴した』

 であった。

 だが、上層部は、元女係長と元課長と元女係長の取巻きでハラスメントをしていた社員の告訴や、元女係長と元課長の左遷だけでは、元女係長の取巻きでハラスメントをしていた社員の社内処分が徹底していない、と判断した。しかし平社員は降格しようがない。減俸して辞職されるのでは社会的制裁にはならない。

 上層部は、会社の社会的信用を回復するため、ハラスメントを行なっていた社員全員を懲戒解雇するため、部長職以上の管理職が再調査を行なっていた。



「これを聞いてください!調査委員はハラスメントを理解してません!」

 原田伸子はボイスレコーダーを取り出してテーブルに置き、録音を再生しながら、状況を解説した。ハラスメント調査だと言って原田伸子と話す、事業部長の声がカウンセリングルームに響いた。ボイスレコーダーの再生が、事業部長と原田伸子の質疑応答の後半になると、事業部長は原田伸子の精神状態を気にする発言をした。


「そんなに嫌がらせされたら、精神がまいってしまうね?」

「はい。まいります・・・」

 原田伸子の返答に、事業部長は、

「気晴らしに何かしてますか?」

 意図的なのか、ハラスメント被害とは異なる意図の質問をした。

「いいえ。何もしてません」

 原田伸子は、小田亮の忠告、

『クライアントと私との間で交わされた会話も記録も、全て守秘義務がありますから秘密は厳守します。あなたも私がこれから話す事を秘密厳守してください』

 を守って、このカウンセリングルームでカウンセリングを受けている事を事業部長に話さずにいた。


「気晴らしに出かけたりするのはどうですか?

 なんなら、今度、ドライブに行きませんか?

 おいしいパスタの店があるんですよ」

 事業部長の誘いに、

「・・・・」

 原田伸子は返す言葉がなかった。

『何よ!こいつ!不快な感情を喚起する言動は全てハラスメントなんだ!こいつ、ハラスメントの意味がわかってない!ハラスメント被害再調査委員会が聞いて呆れる!』 

 原田伸子はそう思ったが、気まずい時間を避けるため、

「奥様を連れてってあげてください。自分の車があるから、気晴らしは自分でできます」

 と言った。原田伸子の言葉で下心を見抜かれたと気づいたらしく、

「いや、誤解しないでくれ。ハラスメント被害者全員に話してるんだ・・・」

 と弁解している。今さら言い訳は通用しない。

「では、質疑応答はこれで終りにしていいですね?」

「ああ、もちろんだ。うまいパスタなんだが・・・」

 事業部長はなおも言い訳している。


「ここでの録音を委員会に提出するんですよね?」

「ウウッ、まあ、それなりに・・・」

 事業部長は言い渋っている。原田伸子は会議テーブルの椅子から立ち上がって、ポケットからボイスレコーダーを取り出し、録音をオフにした。

 ギョッと顔を強ばらせる事業部長を尻目に、原田伸子は質疑応答がされていた会議室から退室した。事業部長の隣にいる常務取締役は事業部長の質疑に顔をしかめたままだった。



「委員会というのは、ハラスメントの加害者を割り出すための調査委員会ですね?調査する側がこれでは、あなたが考えているように、調査委員はハラスメントを理解してませんね・・・。さてどう対応したらいいでょうか?」

 小田亮は考えこんだ。事業部長はともかく、名も知れぬ平社員をどう扱えばよいか見当もつかない・・・。

「あの女係長のようにできませんか?事業部長も他のハラスメント加害者も」

 原田伸子の目が輝いている。

「事業部長はなんとかなりますが、加害者の平社員を特定しないと対処できませんよ」

「いえ、加害者名はわかります。ここに書いてきました」

 原田伸子はバッグからレポート用紙を取り出してテーブルに置いた。用紙に十一名の社員名があった。

「ハラスメント加害者の名簿です。この者たちは、あの女係長の取り巻きでした。手下と言っていい者たちでした。今も、新人を虐めて喜んでいます」

 原田伸子は社員名を見つめている。原田伸子から、この十一名を叩きのめしたい気持ちがひしひしと伝わってくる。

「わかりました。なんとかしましょう。前回同様、ここでの話は内密ですよ」

 小田亮は原田伸子をみつめた。

「はい。互いに守秘義務がありますね!」

 原田伸子がレポート用紙から小田亮に視線を移した。顔に笑みが表れている。

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