第6話 もう一度

 祖父の通夜には沢山の人が訪れた。

「久しぶりだな」

 すっかり男らしくなった裕介が、お通夜でそう言った。


「久しぶり、あんた立派になったんだって」

「さぁな。お前は、あまり変わらんな」

「ほっとけ」

 ふっと笑う。

「大丈夫か」

 そう裕介が真顔で言う。私は頷く。実感もないし、葬儀社との連絡やら、打合せ、手続きなどに追われて泣いてる暇もなかった。

 火葬が終わり、やっと落ち着くと、心にぽっかり穴が空いたような、ただ、当たり前にいた人かいない違和感にようやく苛まわれた。


 疲れた。

 すべてが終わり、気が抜けたように私は、ふらふらと自分の部屋に入る。

 気がつけば、世話を忘れた金魚が死んでいた。

 腹を向けて寂しそうに真っ赤な金魚が水面に浮く。ゆらゆらと、たゆたう姿に、私はなぜが祖父の優しげな眼差しが浮かんだ。


『めぐ』

 そう言って私の頭を撫で祖父は満面に笑う。手の温もりを感じとり、私の瞳が熱を帯びた。

「おじいちゃん」

 わなわなと体が震える。とめどなく降り注ぐ涙が、胸元に落ち、床をも濡らした。がくりと気力を失い、私は人形のように膝をつき泣いた。


「うわあぁぁぁぁ。おじいちゃぁぁん」

 幼い日の、あの頃。なにもかもが煌めき、希望に満ち、はやるような思いがあった。それはまるで打ち上げられた花火のような。

 そう、あの頃確かに私は花開いたまま、時が止まるような気がしていた。


 そこには必ず祖父がいて、いつだって私の道導になってくれていた。

 夏祭りの帰り、祖父と手をつなぎ、色鮮やかな、なかなか上がらない花火を見ながら、ケタケタと笑い合う。

 おじいちゃん。

「──うわぁぁぁぁ」

 どうして、あの頃のままでいられないのだろう。


 置いてけぼりの思いと裏腹に、時の流れは雑踏の中を彷徨い私は流れについていけない。──それでも、いずれはこの悲しみや苦しさも薄れ、ほんの少しの痛みを残し消え失せるのだろうか。


 子供ように泣きながら、暗闇に吸い込まれた窓から生ぬるい風がふんわりと入り込み流れて行く。カーテンが戯れるように、ゆらゆらと揺れている。顔を上げると網戸越しの遠い空から、どこかの街の花火があがっていた。     

 小さく、小さな、花火。

 耳を打つ音も、震える振動も、酷く遠い。


 どうして人は変わってしまうのだろうか。

 どうして、あのころのままでいられないのだろうか。


 変わることもない日常の中で、私はずっとその思いを抱えて生きていくのだろう。


 けれど

『めぐ、泣いてもいい。立ち止まってもいい。逃げてもいい。それでも自分の人生、精一杯生きなさい』

 祖父の最後の言葉が心に蘇る。


 出来るだろうか?

 少しずつ前を向ける人に。なれるだろうか? ねぇ、じいちゃん。


『めぐなら大丈夫。じいちゃんがいる』

 そう言って笑う祖父が見守ってくれるような気がした。


「おじいちゃん」

 無性に絵が書きたくなった。

 あの笑顔のおじいちゃんを。


 だから、もう一度、私は筆を手に取り、絵を描くことを決意した。もう一度、始めてみよう。


 また挫折するかも知れない。結局、また諦めるかも知れない。これが綺麗ごとなのかも知れない。けれど、何度も立ち向かえる人に、私はなりたい。


「おじいちゃん。ありがとう」

 遠くで色鮮やかな花火が打ち上がっていた。

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流れゆく あの日の夏 甘月鈴音 @suzu96

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