第5話 未来を考えて

 それから次の日のことだった。とうとう痺れを切らした父が声をかけてきた。

「恵、ちょっと来なさい」

 私はリビングに呼ばれ父に向かい合った。母は祖父にお粥を食べさせている最中だった。

「恵。仕事を辞めたと母さんから聞いたのだが、これからどうするつもりなんだ」

「まだ決めてない」

 父は顎を撫で言った。

「そうか、それなら母さんと話たんだが、近所に住んでる裕介君覚えてるか」

「裕介? 覚えてるけど、なに突然」


 訝しげに私は父と母を見た。父は小さな咳払いをして居住まいを正した。なんとも言えない緊張感が襲い心地が悪い。

「その裕介君が、今は立派な小学校の教師になってな」

「へぇ。凄いじゃん」

「っで彼とどうだ、お見合いしてみないか」

「はぁ?」

 思ってもみなかったことを言われ、私は目をしぱしぱとさせる。

「なに急に」

「急にじゃないわよ。ずっと、どうだろうって話てはいたのよ。でも東京での仕事もあるし、少し様子をみようって言っていた所に、あんた仕事辞めたって言うから、なら丁度いいじゃないって」

 母は祖父が口からこぼした、白いお粥を丁寧にタオルで拭いてあげながら言った。私は動揺した。


「そんなこと言われても」

「何かやりたいことでもあるの?」

「ないけど」

 しばくの沈黙のあと、父は言いにくそうに言った。

「恵。夢を諦めても東京にいる意味はあるのか? 父さんと母さんは恵が心配なんだ」

「でも、私の人生を勝手に決めては欲しくない」

「今すぐにお見合いしろなんて言ってない」

「でも、私に結婚して家庭につけってことてしょう」

「恵。でもこれからのことも決めてない。やりたいこともない。それならこっちに戻って来て結婚した方が幸せななんじゃないのって母さんは思ってるわ」

「幸せってなに? 結婚することが幸せなの?」

 父と母は私のために言ってる。でも……。

 


「──何を揉めている」

 はっとした。

 さっきまで、ぼぅっとしていた祖父がしっかりと目を見つめて話かけてきたのだ。母は慌てて祖父の前に屈んで顔を見る。

「お義父さん、別に……」

 祖父は叱りつける親のように、厳しい表情で父と母を見据えた。

「めぐの人生だ。お前たちが決めてどうする。いろんな選択もあるだろう」


「でも、お義父さん」

「急くな。待つことも親の努めじゃないのか? 待って、めぐが逃げたいと思うとき差し伸べてやればいいだろう。まだ、めぐは若いんだ。なんにでもなれる」

「父さん」

 父と母は口を閉じた。そこには私の知る祖父がいた。祖父は、ふっと柔らかく私に笑いかけてきた。

「めぐ、泣いてもいい。立ち止まってもいい。逃げてもいい。それでも自分の人生、精一杯生きなさい」


 私の瞳が揺れた。

「おじいちゃん」

 ボロボロと涙が止まらない。

「じいちゃんは、めぐの味方だ」

 優しい眼差しで言われた。

「晴子さん飯は、まだか」

 一瞬だが祖父は昔の祖父になり、私を励ましてくれた。

 ありがとうと感謝せずにはいられなかった。

 それが祖父の最後の言葉になる。


 次の日の早朝。祖父は布団の上で心臓発作を起し静かに亡くなった。

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