第4話 逃避

「──こんな絵。まだ残ってたんだなぁ」

 あの頃が懐かしい。

 私は金魚の絵を優しく撫でつけた。金賞をとって家に持ち帰ったときの祖父の嬉しそうな顔が思いだせる。

 この絵に描いた金魚は祖父が縁日で捕まえてくれたものだった。


──ぽんっと、また白い煙が空に上がる。

「そうだ。お祭りで金魚捕まえてきたら、おじいちゃん何か思い出すかもしれない」

 そんな淡い期待を胸に、私はひとりでお祭りに出かけることにした。


 夜になり私は家を出た。神社に近づくにつれて、がやがやと賑わいだす。私は辺りを見回した。

 随分と、お祭りも変わったもんだ。

 どこかの街の祭りを真似て、地域の盆踊りなんてものがいつの間にか作られていた。大きな騒音をたている。皆の顔が楽しそうだ。朝顔柄や市松模様の浴衣を着てガラゴロと下駄を履いて足取りは軽やか。道路は封鎖され、笑顔で皆が踊っていた。


「ふふ、昔も人は多かったけど、もっと静かだったのに」

 大きな鳥居をくぐり、坂を登る。息切れする。提灯が目に止まる。

 金魚売り場を見つけ私はお金を払い、ポイを受け取った。


 子供の頃。私はおじいちゃんと毎年この祭りに来ていた。

『うちの、めぐのが可愛い』

『うちの、裕介のが可愛い』

『勝負だ』


 よく、近所のゲンさんとじいちゃんは孫の事でくだらいことで競っていた。

 そのせいだろうか。

 同い年の裕介と私は、祖父同士の敵対心のせいか、何故か馬鹿みたいに私たちも敵対していた。


『家のおじいちゃんのが金魚、捕まえるのが上手いんだから』

『けっ。家のじいちゃんのが凄いわ』

 そんな様子を周りの人たちも、どうしょうもない老人達だと呆れながらも笑っていた。


「──ふふ。おじいちゃん負けず嫌いだったからな」

 そう、うっかりぼやいて、店の人と目が合い、私は赤面して咳払いして金魚掬いを再開した。

 逃げまくる金魚。私はやっとの思いで一匹捕まえた。金魚を持って家路を急ぐ。


 帰り際に花火が打ち上げられた。

 どどどどどん。っと花火が大輪の花を咲かせる。

「綺麗。昔は10分に一回しか花火上がらなかったのに」

 団扇を持って、近所の公園で祖父と友人達と、めったに上がらない花火を見上げてた。

 長い長い10分。しかしあの頃の私には、短く感じていた。友達と駆け回り、祖父に肩車をしてもらい「たまや」なんて大声で叫んだ。

 笑い声が消えない、それが夏祭りだった。



「──ただいま、金魚捕まえてきたよ、じいちゃん」

 しかし、金魚を見せても祖父は昔のことを思い出すことはなかった。

 私の目すら見ない。っと名前を呼ばれない。悲しさが胸を締め付ける。


 私は縁日で捕まえた金魚を、押し入れにしまい込んでいた水槽を引っ張り出し、水を入れて金魚を放った。水上から餌を与えると、パクパクと懸命に金魚は餌を食べ、気持ち良さそうに尾を靡かせて泳いでいた。

「私これからどうしよう」

 自分のやりたいことが見つけられずにいた。

 昔のおじいちゃんなら、何か言ってくれただろうか。


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