第4話

 結局母屋の屋根まで綺麗に雪を落とし、門から玄関までをしっかり歩けるように雪寄せする頃には、冬の日は落ちてしまった。


 夕飯は祖母が三人分を用意していた。

 今までも時折二人で食事をしていたらしく、僕以上に室内に慣れたみのりさんが手際よく配膳するのを、僕はただ恐縮して見ていることしかできなかった。

 その晩、僕はみのりさんと共に長い時間を過ごした――といっても二人で布団の中でぬくぬくしたわけではなく、屋根の上で一緒に座っていただけだ。


 日照時間の少なさに定評のある地方だけれど、その夜は珍しく雲の切れ間から星が覗いていた。怖いくらいに空気が澄んでいる。

 互いに雪だるまのように膨れた恰好で、僕とみのりさんは納屋の上に佇んでいた。


 地面を見下ろすと、僕がせっせと玄関からの血路を拓いている間にみのりさんが手伝いなどそっちのけで作っていた雪像が鎮座している。流石芸術家の卵といったところか、ミロのヴィーナスを摸したそれはなかなかの出来だった。

 だが身体のラインが肉感的なヴィーナス本人というより、どことなくほっそりとした制作者を思わせて不埒な気分になるので、僕はそれをろくに鑑賞できずにいた。


「ごめん……永久就職の話、撤回していい?」

「……ええ、もちろん」


 少し残念ではあったけど、僕は頷いた。

 通算すれば大して長い時間一緒に居るわけではないけど、想った期間は十分にある。僕はみのりさんの性格をすっかり把握していた。

 

 彼女は、逃げ道があるから安心していいよと優しく見送られるよりも、尻を蹴飛ばす勢いで追いやられることを必要としている。そして、それに応えて実力を発揮するのだ。

 僕はそんなみのりさんの背が、彼女の描く絵が、好きだった。


 みのりさんは僕に凭れることもなく、真っ直ぐに座って膝をかかえていた。そして星空を見上げ、強い眼差しを上に向ける。


「その代わり、私が君を迎えに行くよ。ビッグな画家になって、賞を沢山獲って、オークションで何億もするような絵を描いて、外車に乗って、赤絨毯敷いて、百本の薔薇の花束を持ってさ。

 『おい圭一、俺のところに来い』って言ってあげる」


「分かりました。期待して、待ってます」


 僕がそう言うと、みのりさんは身を乗り出し、昼と同じように僕の首に手を回してきた。

 僕は今度こそ拒まず、彼女の顔が必要以上に迫ってくるのを笑顔で迎え入れた。

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水彩りんごのエンゲイジ もしくろ @mosikuro

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