第33話:それでも人生は続いていく
ユグドラシル魔導学園迎撃戦。
そう名付けられる戦いから一週間が経った。
校舎は新しく新設され、結界も貼り直された。
この戦いの大きなニュースは三つある。
特型ギガント級モンスターの来襲を二度も退け、ネスト占領に貢献したラプラスの英雄クローバーの誕生は世界各地の魔導学園に名を轟かせた。
GE.HE.NA.の映像記録アイテムによって高画質で保存されていた映像や戦闘データ、モンスターの戦力などは全魔導学園で共有するべきという判断の元配布されてクローバーの知名度は学園レベルから世界レベルになった。
SSS級単騎戦力クローバー。
通常はレギオンで数えられる単位を与えられる最上位の称号を与えられた。
二つ目はそのクローバーの事実上の戦力外通告。
多くの薬物と両足の損傷、そして左腕を失ったことから魔導士としての戦力を喪失したと判断された。今は魔導士の経験を活かしたユグドラシル魔導学園の教導官になる勉強に励んでいる。
三つ目はGE.HE.NA.の勢力拡大。
二体の特型ギガント級モンスターを排出したことで魔力を使い果たして無防備になったネストに、クローバー率いる親GE.HE.NA.の魔導学園連合が突入。その独自の技術を持ってネストを占領した。
破壊ではなく占領。つまりモンスターを排出するネストを丸々GE.HE.NA.が手に入れたのだ。
そこにGE.HE.NA.は基地を建設して、ユグドラシル基地G.E.H.E.N.A支部を誕生させる予定となっている。
そして当のクローバーは、マネッティアにまるで生まれたての子供のような世話の焼かれ方をしていた。
「あ、ご飯食べますか? 掬いますね、どうぞ」
クローバーの左側に付き添い、まるで恋人のように接するマネッティア。クローバーの食事の世話を焼くマネッティア。クローバーの食事の時も、スプーンでご飯を掬って食べさせようとしてくる。その様子をレギオンメンバーは誰も止めようとしない。
「あの、クローバーちゃん。そこまでしなくて良いからね? 右手が残ってるから自分で食べられるし。というかいつの間にか部屋も同じになってるし」
「私、クローバー様の妹です。生きている限り、私がお助けします」
「助ける方向性が間違っているよ〜」
それに愛花と葉風は笑う。
「あらあら、良い夫婦ですね。葉風さん」
「うん、相性バッチリだと思う」
胡蝶は淡々と口に食事を運びながら言う。
「それで、クローバー様の具体的なこれからはどうなるんだ?」
「そうだね。教導官としての勉強を終えたら正式に任命されるかな。あとは臨時でラプラスの効果のみを望まれて戦場へ駆り出されることもあるみたい」
「士気向上と攻撃力防御力の増加、敵の防御力低下狙いか。まるで物扱いで気に入らないね」
「私は役に立てるから嬉しいけどね。生きている限り最善を尽くす。それは魔導士じゃなくても同じことだから」
「クローバー様は変わりませんね」
「これが染み着いちゃったからねぇ」
モンスター襲来の警報が鳴り響く。防衛隊では抑えきれないミディアム級以上のモンスターが出現した合図だ。
みんなは食事を素早く体に入れて立ち上がる。
「全く、ゆっくり食事も取らせてくれないなんて」
「海からの侵略は無くなってもナハト地方からの長距離ワープで湧いているんでしょう」
「まぁ、その分大きいのはいないから楽なのじゃがな」
「今日のメンバーは誰でしたっけ?」
「愛花さんと葉風さん以外ですわね。クローバー隊は休業中ですから」
「では行くとするかの。ではまたな、クローバー様」
愛花と葉風を残して去っていく。
愛花は笑顔で見送る。
二人とも食事自体は済んであるので、あとは自由時間だ。しかしクローバーの食事が終わるのを待っているのか立ち去らない。
「ごめんね、気を使わせて」
「良いんですよ。私達も特に用事があるわけではありませんし」
「うん、ゆっくり食べて」
「ああ、そうだ。葉風さんに提案してみたい事があるんです」
「提案?」
「戦技競技会での優勝景品、魔導杖のカスタムをしてみませんか?」
「えっ、私にはまだ早いよ」
名門として知られるユグドラシル魔導学園にて、カスタムやオリジナル魔導杖を使う者は決して少なくない。自らの実力を余す所なく発揮するためだったり、試作機のテストユーザーだったりと、その理由は様々だがそんな彼女達に共通しているのは高い実力を保有している点だ。
何かしらの力がある。それが専用機やカスタム機を使う者の暗黙の了解なのだ。
(それに)
ちらり、と葉風は真昼を見る。
クローバーはラプラスという力がありながら、ストライクイーグルやアクティブイーグルという量産型魔導具で戦果を上げていた。その彼女を差し置おいてオリジナル魔導杖というのは気が重かった。
「私なんかが専用魔導杖を持ったら、変に思われるよ。自意識過剰というか、生意気っていうか」
「そんな事ないわ。葉風さんは専用魔導杖を持つに値する実力を持っています。それは私が保証しますわ」
愛花は優しく笑いながら力強く言った。
葉風は助けを求めてクローバーに話題を振る。
「クローバー様も私に専用魔導杖やカスタム機は早いと思いますよね!?」
「いや、普通に優勝商品だから貰わないと損だと思うな。それに魔導杖を強化して仲間を守れるなら、しない理由はないと思うよ。何か物理的に不可能だったりしない限り、力はあればあるほど良いんだから」
「うぅ」
クローバーは戦いにおいて常に最善を尽くす人だというのは知っていた。そして戦力をアップできる理由があるのにしないのはクローバー的には損だと思うのは当たり前の話だった。
周りからなんで思われるか、なんて低次元なことはクローバーは考えていないのだ。
「でも、だったら他の人の方が良いよ。ルドベキアさんとか。そっちの方が上手く使えるよ」
「今の魔導杖では葉風さんの才能を活かしきれません。ルドベキアさん達は高級品の汎用戦術機こそが最適だから強いです。葉風さんには長距離用魔導杖を持てば引けを取りません」
(それは正論なんだけど)
遠くのものが見えるレアスキルを持つ葉風になって汎用魔導杖では射程が短い。その力を発揮できていないのも確かだった。しかし陰口を言われるかもしれないなんて理由を口にすれば、クローバーと愛花の性格を考えれば全力で守りますと言ってくれるのは目に見えている。
「じゃあ、言い方を変えようか、葉風さん」
「何?」
「私は今、こんな調子で戦えない。だから強くなってみんなを守って欲しいな。葉風さんにはその力と武器がある。私からのお願い」
クローバーは無くなった左腕を見せながら、頭を下げた。元々弱い自分との決別の為に入ったクローバーだ。それなのにつまらない事に囚われて判断を誤るのはいけない事だ。
勇気を出すのだ。
「わかった。作ってみる、専用魔導杖」
「それはよかったわ」
「じゃあ百由様に時間があるか聞いて見るね。連絡が返ってきたら教えるよ」
そういう頃にはクローバーも食事を食べ終わり、解散する事になった。クローバーは真っ直ぐ部屋に帰る。部屋の机には勲章と写真が並べられていた。ギガント級モンスターを倒した事とこれまでの戦績を合わせて送られた勲章だった。
「売ればお金になるかな」
『サインでもつければもっと高くなるんじゃないかい?』
クフィアが勲章を持って眺めながら言った。
「クフィアお姉様、なんか前よりはっきりしてませんか? 半透明だったような気がするのですが」
『クローバーが僕のアクティブイーグルを使った事でボクの魔力がクローバーの混ざり合ったからね。これで本当の意味で一心同体だよ。たとえ魔力クリスタルが破壊されても真昼が生きている限りボクは消えない』
「重いお姉様ですね」
『ふふ、そんなお姉様の妹になったことを後悔するんだね。大丈夫。重いだけじゃない。支えて助けてあげるから安心して』
「それはありがたいですけど、私もう魔導杖は廃業ですよ?」
『これでもクローバーの前にいない間は勉強をしていたからね。教導官としての知識を教えてあげられるよ』
「クフィアお姉様は本当に……なんというか、まぁそんなところも好きですけど」
『だろう? ボクはクローバーを愛してあるし、クローバーはボクを愛している。うん、素晴らしい関係だ。それじゃあ早速勉強といこうか。さぁ、勲章をしまって教科書を開いて。試験に受からないと教導官にはなれないんだろう?』
「はい、わかりました。お願いします。お姉様」
前線で戦うことは無くなった。
魔導士であることもなくなった。
しかしクローバーは最善を尽くす。
これからの後輩達を少しでも生かす為に。
ある歴戦魔導士は『戦域支配魔砲使い』と恐れられた フリーダム @hsshsbshsb
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