テーマ:バブル

弓チョコ

テーマ:バブル

「好きです。付き合ってください!」

「ごめんなさい」


 私立チューリップ高校。4月中旬。

 3年生になった仙郷せんきょう御阿礼みあれは、休み時間に購買へ寄った帰りに、愛の告白をされた。

 同時に断って、教室へ入る。


「な……!」


 男子生徒は1年生であった。

 パタリと3年2組の教室のドアが閉じられた瞬間に、彼は2年の男子生徒複数人に連れ去られた。






♡♡♡






「馬鹿野郎! 何してんだお前! お前1年か! ボケ!」

「なっ。なんなんだアンタ達!」


 階段の踊り場にて。少年は先輩に殴られる。最初は抵抗の意思を見せた少年も、徐々に勘付く。

 この2年の先輩方の、『必死さ』に。


「馬鹿野郎お前……。仙郷御阿礼にいきなり声を掛けるんじゃねえ。マジで殺されるぞ。危ねえ」

「……えっ。どういうこと……ですか」

「俺達も、去年やらかして死ぬ思いをしたんだ。1年坊よ、よく聞け」

「……ごくり」


 その、真に迫る表情。少年にも緊張感が伝わる。


「仙郷御阿礼は、超モテる」

「…………は、はあ」

「毎日毎時間、告白する者が後を絶たない」

「……はあ」

「だがそれでは仙郷御阿礼の時間が潰され、迷惑が掛かる」

「はあ」

「そこで、仙郷御阿礼への『告白権』の取引が始まった」

「えっ」


 先輩が、財布から1枚のカードを取り出した。

 白いカード。大きさは彼らがいつも使っている交通系ICカードと同じ。


 『仙郷御阿礼告白権 6/30まで有効』とプリントされて書かれていた。


「仙郷御阿礼告白管理委員会にこれを提出して、時間と場所を決める。他学年他クラスの者が彼女と会話できるのはここしかない。分かるか?」

「…………ええ……」

「俺はこれを取るのに5万掛かった。お前も仙郷御阿礼と会話したいなら頑張れよ」

「えぇ……」


 少年はドン引きした。そして、馬鹿らしくなって諦めた。


「そして、この制度は仙郷御阿礼だけじゃない。その友人でもある、四天王してんのう弥生やよいにも、告白管理委員会がある。気を付けろよ。この『みあやよ』がこの学校のツートップだ」

「…………みあやよ……。語呂悪」

「それと、鉄の掟。ルールがある。告白者、または成功者を襲ってはならん。それはただの八つ当たりだからな」

「いや知らないっすよ……」






♡♡♡






「ひええ、6万超えた。うわわわ」

「何が。株?」

「違うって。『みあやよ』。告白権の相場」

「あー……。お前そんなんチェックしてんの」


 所変わって、3年2組の教室。一番後ろの席。前から2列目の席に座っている仙郷御阿礼と隣で弁当を食べている四天王弥生を見ながら。スマホの専用アプリでチェックする男子、カイト。そして興味無さそうにパック牛乳をストローで啜っているトウマ。


「しかも期限ギリギリじゃん。こりゃ無理だな。通例でいくと4月5月は予定空けられないだろ。特に四天王は」

「どっち狙ってんのお前」

「……手に入るなら、やっぱ仙郷かなあ。俺、小学校から一緒でさ。一応、委員会発足以前は会話したことあるんだぜ」

「……あっそ」

「いやいや。たとえもう不可能だろうと、憧れるだろ。見ろよあの横顔。美術の教科書に載るぞあれ。その辺のアイドルや女優なんてメじゃねえって」

「…………俺は気に食わねえな」

「何が」

「その『取引』だよ。仲介料でどれだけ稼いでんだ。そのなんとか委員会」

「さあなー。だけど、委員会のお陰で円滑になったのは確かだ。それと、『みあやよ』のふたりは委員会のこと知らねえからな。バラしたら多分普通に殺されるぞ」

「知らねえのかよ。なんか色々とんでもねえな」


 談笑している。上品に。楽しそうに。あのふたりの間に割って入れる者は、この学校には居ない。

 未だ、誰からの告白も成功していない。

 不可侵の『みあやよ』。


「あっ。出たぞ。新しい告白権の情報だ。まあそろそろ期限切れる奴が増えてきたからな」

「いくらするんだよそれ」

「基本的には抽選で、1万円なんだけどな。恐らく、抽選に『当たった権利』の売買も発生して、高騰する。というか『優先的に抽選できる権利』にも高値が付く」

「……それ、まだ告白には全然遠いじゃねえか」

「それでもだよ。抽選できるかどうかも運で、抽選しても外れて、当たった権利を買っても権利だけ。そこからカードを貰ってようやく委員会に届け出られる。んで、そこまでしてようやく本人とご対面。そこから告白して成功するかどうか……」

「無理だろ馬鹿か。誰がやるんだそんなの」

「そう。無理。多分あのふたりは絶対振る。だが、ワンチャン狙う奴は実際に居る。だから、高騰するんだよ。もう、この界隈に居る奴らは殆ど転売屋だ。前回の抽選だって、普通にこの高校の生徒数より多く応募があったからな」

「不正じゃねえか……。なんか対策とか」

「してないんだなこれが。委員会も金稼ぎしたいだけ説があってな。取り締まらない。どうせ告白は成功しないから、儲かる訳だ」


 溜め息が出た。

 反吐も出る。


「人の純粋な恋心を利用してあくどい金儲けか。『みあやよ』本人に黙ってるってことは、負い目があるって認めてるじゃねえか」

「だからってバラすなよ。マジでこいつらイカれてるから何されるか分からないぞ」

「……あっそ」






♡♡♡






 トウマは放課後になると、とある用事の為に空き教室に行く。部活のようなものだ。周りには知られていない。


「こんにちはー」

「おう。お疲れ」


 その部員は、3人。


「ごめんね遅れて」

「……いや。先生も遅れてるし。どうせ告白だろ」

「えっ。なんで分かるの!?」

「そりゃお前……。いつも大体そうだろ」

「……あはは。断ったけどね」

「あっそ」

「サッカー部の御徒町おかちまちくんだった」

「言うなよそういうこと他人に」

「………あ、ごめん。そうだね」

「で、四天王も告白か」

「えっ。そうなの?」

「いや推測だけど……。大体そうだろ」


 しばらくして、もうひとりが入ってくる。


「やあやあ皆の衆。遅れてすまないね。……おや、先生がまだか。なら遅れてもすまなくないね」

「何言ってんだ」

「弥生ちゃんお疲れー」


 部員はトウマと。

 仙郷御阿礼と、四天王弥生であった。


「今日はどこからだっけ」

「確かオランダ史だろ」

「あー。チューリップの国。この学校と同じじゃん」

「ね。可愛い名前だよね」


 確かに。

 美人である。良い香りもする。清楚で、話しやすく、少しお茶目な所もあり。成績も良く、家庭的でもある。その上、美術や音楽など芸術面は壊滅的で、非の打ち所がない。


「あっ。先生」

「もう集まっていますね。ごめんなさいね。会議が長引いてしまって」


 だが。

 トウマにとっては、生まれた時からの当たり前であった。






♡♡♡






「……という訳で。チューリップ・バブルはこのように終わりを告げました。『歴史は繰り返さないが韻を踏む』とは米作家マーク・トウェインの言葉です。現代においても株価が――」


 これは、勤勉な御阿礼が言い出したのだ。勉強会をしたいと。授業内容やテスト範囲外のことを。将来のためにと。幼馴染ふたりを誘って。

 テスト期間までの4月と5月に、集中的に。


「――では今日はここまでということで」

「ありがとうございました!」


 先生が退室する。そろそろ下校時間である。荷物を纏めている弥生は、ぼうっとするトウマが気になった。


「どしたのトウマ君」

「んー……。バブルの崩壊ねえ」

「?」


 弥生は御阿礼とも顔を見合わせて、ふたりで首を傾げる。


「……なあふたりとも」

「なに?」


 そしてトウマは。

 決意した。


「…………このバブル、壊そうぜ」






♡♡♡






 最高額7万8000円まで上がっていた、『みあやよへの告白権』は。


 一夜にして、暴落した。


 なんと仙郷御阿礼と四天王弥生のふたりともに、彼氏ができたというのだ。


 しかも、委員会を通した告白者ではない。


 それが誰なのかは、知らされなかった。ルールで守られているとは言え、危険であるからだ。


 ふたりに憧れていた男子達がいかに悲しみに包まれ。

 告白権の転売屋達がどのような悲惨な最期を遂げたのかは、勿論。


 『みあやよ』本人達は知る由もない。

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