4-10
――なーんて。あの日、やり直したいことを色々並べて理想の高校3年間にしてやるぞーって意気込んでみたけど。
情けないことに、1年生の春から早々に泥沼に足を突っ込んでしまった……。
「――ほな次、1年のタイム報告聞こか。全員200mしか出てへんのやったな。まず坪井から」
「はい、24秒70。自己ベスト更新しました」
「おお、ベストか。次、西海」
「はい。24秒80。僕もベスト更新してました」
「ほー、ベストやん。次、張野」
「はい。24秒30。自己ベストちょっと更新しました」
「お前もベストやん。最後――松山」
「はい……。22秒……95です」
「95か……。自己ベストは前半台やったな?」
「はい……」
「まー、あれや。まだシーズンのピークやないから、気を落とさないように。次の地区総体でしっかりシーズンベスト更新出来るように」
「……はい」
6月某日、京都府にある陸上競技場にて行われた学連記録会。俺ら1年生は全員200mに出ていた。で、レースを終えてしばらくしてから、顧問の山本先生に結果を報告した……のだが。
はいはいそうです、俺以外全員が見事自己ベストを更新。俺だけタイムが全然で、去年の春よりも遅くなってましたよ、クソが。
4月から高校陸上が始まってから、ずっとこんな調子が続いている。前周回のアドバンテージのお陰で今周回も入学時から誰よりも前からスタートラインを切ることが出来た。つまり同期の中で俺がいちばん速く、実力があるってこと。何なら2年生らを入れても一番だったし、当時3年の一番速かったキャプテンにも並ぶくらいだった。
去年俺が全国に出てたことも前評判で聞いてたらしく、4月の入部した当初はみんなに期待を寄せられた。今思い出しても気持ちがいいことだったと思う。
短距離の先輩たちから「凄い速い奴がきた!」って、あそこまで騒がれたのは初めてだった。この学校の先輩たちは後輩が自分らより競技力が優れていても変に妬んできたり嫌なちょっかい出してきたりはしない、まともな人たちだ。なのでみんな全国を経験した俺の入部を喜んでくれた。お前なら即戦力として申し分ない…って、言われたなー。
みんなから大いに期待され必要とされて、俺の承認欲求は大いに満たされた。長年ずっと俺が求めていたものだった。それがこんなところで叶って、本当に嬉しかった。これだけでもここまでやり直しを繰り返した甲斐があったと思えた。
だから、もっと承認欲求を満たしたいと思った。それでもっと気持ちよくなりたいと思った。1年で大阪インターハイとか勝ち抜ければ、もっとみんなが俺のことスゲーって言ってくれるだろう、見てくれるはずだ。次は何をしてくれるんだろう、何を見せてくれるんだろうって、期待するに違いない。スゲーって言われる度、彼があの…って有名人みたいに見てくれる度、俺の承認欲求はより一層満たされる、もっとやってやるぞ!って活力が無限に湧いてきそうだ。
当時大きな大会での俺はいつも、競技に出向く先輩たちに「頑張って下さい」「お疲れ様でした」、同期や後輩たちには「やってやれ」「ファイト」って、声をかけたり最低限のサポートをしたりと、バックアップ側の人間に過ぎなかった。その辺のモブと同じ、脇役以下の存在だった。
選手たちのサポート・激励や労いの言葉をかけるだけは嫌だ。俺もあの大会でもあの時の大会でも選手として出たかった。俺にも「やってやれ」「ファイト」って激励の言葉をかけてほしかった。俺もお前らみたいに、主役としてあのトラックに立って、走りたかった。
俺もお前らと同じように勝ち抜いて、同じ大会で戦いたかった。当時はずっとそのことで頭がいっぱいで、望み続けていた。結局何一つ叶わなかった。
どうして俺がモブなんだ、主役になれなかったんだ!?俺なりに精一杯頑張ってみたのに、どうして報われないんだ!?高校部活を引退した後もずっとそのことを引きずっていた。
そんな苦くて暗く何一つ楽しくなかった俺の高校陸上。この4回目のやり直しで何が何でも最高の高校陸上に変えてやろうと思っていた。
だけど、今周回も全然ダメだった。
「何で………何で!?ここでもやり直し前と同じ、自己ベストが全然出ねーんだよっっ」
5月のゴールデンウイーク、全国インターハイ最初の関門である都道府県別の地区予選インターハイに俺は個人種目で出場させてもらった。種目は200m。これまでは1年生で春の地区インターハイ個人では出られなかったのだが、この時既にこの部のスーパーエースともてはやされたのが功を奏した。お陰で1年生から個人種目でインターハイに挑戦することが出来た。
結果は無事予選を勝ち抜けることが出来た。念願の本戦…大阪インターハイ出場を決められた。リレーの方も400mリレーメンバーに選ばれ、好タイムに貢献できた。
しかし、俺の快進撃はそこで途絶えた。同月の下旬の大阪インターハイ、その予選で俺は散ってしまった。
予選から本気でいったし、全力も出した。なのに、準決勝には進められなかった。自己記録を出せてればすんなり勝ち抜けられるレベルだった。
しかしながら当日の俺の予選タイムは自己ベストよりだいぶ遅いタイムだった。別に怪我してたとか、体調が悪いとか、そんなのは一切なかった。本気全力で走ってダメだったのだ。
同期たちからは「来年また挑戦しよう」、先輩たちからは「受験のブランクもあったやろうし、しゃーない」と労いの声をかけられた。
違う……俺はこんな形の労い言葉なんか望んでない。ブランクなんかねーよ、冬もずっと鍛錬していた。鍛錬は怠ってない、ずっと継続してきた。なのに、伸び盛りのこの時期で全く成長しないのは、何なんだ?
その後6月の記録会、7月の夏季地区総体、8月の大阪総体と戦ってきたが、どれ一つとして自己記録を更新することはなかった。
学年別で競う夏季の地区総体、そこで勝ち抜けば出られる大阪総体。学年別でならと思って大阪総体に挑んだが、ここでも振るわず、決勝3位内に入れず、その先の近畿ユースに進めなかった。去年の府大会では俺が一番だった。同学年同士でならワンチャンあると思っていた。
しかし現実は全くそうならなかった。魚住や寺井など去年勝っていた同学年たちに追い抜かれてしまっていた。彼らは俺と違って高校に入ってから順調に成長していた。いつの間にか彼らに追い抜かれ、置いていかれようとしている。
そして9月、10月、冬季……1年生の間ずっと、俺が去年より速くなることは全くなかった。
「これまでの周回と同じやんけ……。高1の間は100も200も400も、何一つベスト更新出来やんかった……!
は?何で?何やの?『今』の俺は当時とは全然違うはずや!力も知識も当時よりもずっと上のはず!やのに何で全然強くなれてへんのや!?
いつまで停滞しとんねん、松山祐有真ぁ!!」
4回目のやり直しでもなおこの体たらく。何をやっても全く成長しない。同期は男女ともに春と比べて随分成長しているというのに。今年高宮は三段跳びで、瀧野は400mハードルで近畿ユースに進んだのに。俺はどうして彼らに続かなかったのか。
どうして高1は全然成長しなかったんだ?何なんだこれは、神か何かが俺の邪魔でもしてるってのか?もしそうなら、そいつらぶち殺してやりたい。
そういった葛藤と苦悩は、高校1年で終わらなかった。高2になってからもそれらは続いた。
怪我もせず調子も悪くないのに、タイムは停滞する一方。3年生が抜けたことで部内で100と200は俺が現状いちばん速いってことになってるが、当然それで満足するはずもなく。
何もかも全然上手くいかない。これじゃあ当時と何も変わらない。あの頃も高1から高2の夏頃までずっと、タイムが停滞していたのだ。今もそれと全く同じ。ずっと泥沼に足をとられている。
筋トレの量を増やして筋肉量増やしても、色んなドリルを取り入れて常に新しい刺激を入れても、走り込みをしても。ずっと何も変わらなかった。
そんな停滞期に陥ったせいで、高2も大阪インターハイに進めることは出来ても、また予選落ちに終わった。絶不調の俺とは反対に、今年入ってきた一年生が一人、400mで決勝4位となり、近畿へ進んだ。彼も去年全国に出場して入賞し、さらには当時のシーズンランキングトップに輝いた。まさにスーパールーキー。俺と違って1年からバリバリ活躍していた。
そんな後輩を、俺は心底妬んでしまった。
夏になってようやく自己ベスト更新した。だが全然喜べなかった。この頃の俺はもう、この人生に飽きていた。今さら速くなってんじゃねーよと完全に腐っていた。当時と同じ陸上人生歩んでんじゃねーよと、自分に唾を吐きつける。
今のタイムじゃ中学では全国レベルでも、高校では全然通用しない。ちゃんと更新しない限り高校陸上で上を名乗ることは到底不可能。
今さらちょっと速くなったから何?確かにベスト更新したけど、全然大したタイムじゃねーし。ふざけんなカス。しね。
心底落胆し失望した。今周回も何一つ上手くいかなかった高校陸上だった。もうやってやれない。この身体レベルでまた中学から鍛え直してやる。そうすれば次の高校陸上もちっとマシになるだろう。
そうなることを祈って、懐中時計の「Reset」ボタンを押した―――
4回目終了時点 100mベスト:11秒05 200mベスト:22秒19、400mベスト:51秒90、走り幅跳びベスト:6m35cm
次の更新予定
毎日 15:01 予定は変更される可能性があります
9999回もリセットして人生やり直してたらとんでもなく凄い奴になっていた カイガ @origami_oga
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