20 終局



「ティナっ、ベルベロの野郎に襲われたって聞いたけど……。

 大丈夫だったの!?」


 血相を変えたリズが駆け込んできたのは、ベルベロとの地獄の対面が終わった数十分後。

 張り詰めていた緊張がはじけ、ぽけーと天井と染みを数えていた頃だった。


「ん。何とかベルベロは逃げてくれた」


 彼女のいつも通りな姿に、ようやく心からの安堵が漏れる。


 いやあ、マジで死ぬかと思った。

 もう敵と直接対決とかこりごりですわあ。やっぱり原作ストーリーからは出来るだけ離れた方がいいよ、これ。

 ただのクソザコちゃんじゃあ命が幾つあっても足りないって。


 ……ところで去り際に『完全にしてやられました、感服です』とか『勘違いしないください。いずれあなたと同じの高みへと上り詰めてみせます』とか言ってたのは何だったんだろうなあ……。

 彼の頭の中で一体どんな結論が出て、俺はどんな存在になったのか?

 聞いてみたいような、知るのが怖いような何とも言えない心情である。


 ま、まあ終わり良ければ総て良し。深くは考えまい。

 きっといい感じに処理してくれて、これから先は二度と関わってこないだろう。多分きっとそうなんじゃないカナー。


「リズの方は? 怪我したりしなかった?」


「ええ。こっちは何とかなったわ。このレーヴァテインが本当に強くって――って、あたしのどうでもいいのよ。

 ティナは本当にあいつに酷いことされてないわよね?」


「だいじょぶ。大体リズはあの噂が嘘だって知ってるはず」


「だとしてもよ。ベルベロがあなたの両親を殺したことは変わらないわ。

 二人だけで対面したって聞いて、あたしっ」


 まつ毛を伏せ、ぎゅっと抱きしめてくるリズ。

 うーむ、彼女の好感度をいつの間に稼いだんだろう? 相変わらずの謎だ。

 ただ絵面だけみれば、なかなか百合百合しい場面なんじゃなかろうか?

 ついでにこれで中身が俺じゃなければ尚よしである。今からでもこの部屋の畳に転生しなおせない? あ、無理ですかそうですか。


「その……でも、本当に逃がしてよかったの? 

 ベルベロを捕まえられる折角のチャンスだったじゃない」


「……それ、は」


 気遣わしげにそう聞いてきた彼女の言葉は正しい。

 実際、リズが来るまでベルベロを引き留めるという手はあったのだ。レーヴェテインを持つ今のリズならベルベロに遅れは取るまい。その場合は高確率でベルベロを捕まえるなりなんなり出来たはずだ。


 でも俺はあえてそれをしなかった。

 頭に浮かんでなお、自身の保身のみを優先したのだ。それはきっと人類陣営への裏切りだったのだろう。


 そんな後ろめたさゆえに口ごもっていると、リズはからりと声音を変えた。


「ごめん。今のなし。

 いくら親の仇だからって、簡単にその判断は出来ないわよね。相手の人生を大きく変えちゃうわけだし」


「ん。……やっぱりリズは優しい」


「はあ、馬鹿にしてんの? あたしは最初から優しかったわよ。

 それにティナは……なんだから」


「?」


「何でもないっ。さ。さっさと外に出るわよ。

 みんな、ティナのことが心配でソワソワしてるんだから」


「ん」


 リズの暖かな体温に引かれ、立ち上がる。


 そういえば経緯は謎だけど、村の人たちも俺のためにここまで来てくれたんだよなあ。後でお礼を言わないと。

 って、そうだ。言い忘れてた。


「ありがと、リズ。

 わたしとこの村を守ってくれて」


「……ふん。どういたしまして、よ」


 耳を赤くして、リズが偉そうにそっぽを向く。

 うーむ。ツンデレっ娘にはツンデレっ娘の良さがありますなあ。

 父親の死っていう鬱展開も回避できたみたいだし、結果だけ見れば上々。これでリズ推しの人たちも満足してくれるんじゃなかろうか。


 ……え、一部界隈の人たちが黙ってない? ごめんなさい、ちょっとその方々には帰ってもろて。

 俺はっ、女の子同士のほのぼのが見たいんじゃあああっ。



 ……。

 …………。



「今回の騒動で死傷者はほとんど出なかったわ。

 死んだのは今朝、路地裏で見つかった男の人だけ。

 でもその分、他が大変みたい。見張り台や防護柵の大部分が破壊されちゃったから、暫くは復旧作業に時間と人手を取られるでしょうね」


「……そう」


 時折話しかけてきたりする村人に対応しながら、リズと共に村の中を歩く。

 建物の一部が倒壊していたり、完全武装の兵士が歩いていたり、と村の至る所に残る戦いの痕跡。

 ただ道行く彼らの表情は何処か明るかった。

 なんだか大きな祭りが終わった後のような晴れ晴れしい雰囲気である。


「わたしが流した噂の方は?」


「あー、そっちは結構大変よ。

 村のみんなは大分落ち着いてるけど、支部長の爺さんなんか、ベルベロを捕まえるんだって息まいてるみたい」


「……むぅ」


 俺が与えていた影響の大きさに、思わずうなる。

 当面の危機は脱したし、やっぱり訂正した方がいいのかね?

 ただそうすると、根掘り葉掘り聞かれた時にうまく答えられないんだよなあ。支部長ともなれば俺の適当な言い訳も通じないだろうし……。

 どうしよ。


「ま、そこらへんは向こうから聞きに来た時に話したらいいんじゃない?

 どうせベルベロの奴は追わなきゃいけないんだし、その過程で他の悪人も暴かれかもしれないんだから、方向性自体は間違ってないわよ」


「……ん」


 今はその言葉に甘えさせてもらおうかな。

 リズだって俺に「なんで今回の襲撃を知っていたのか」とか色々聞きたいことがあるだろうに……くう、リズが大人すぎて頭が上がらないぜ。

 彼女の情緒が壊れなかっただけでも、俺が転生してきた甲斐があったかもしれないな。いやほんとに。


「ほら。あれがお父さん。一応動いてるでしょ?」


「おおー」


 リズが指さした先にいたのは、村人たちに交じって復旧作業に勤しむディック。

 どうやらまだ言葉を発したりはできないけど、ある程度の意思疎通は出来るようだ。周りの村人の指示に従いながら、異様な量の瓦礫を運んでいた。

 あの廃人状態を知ってる身からすると、なんだか感慨深いものがあるなあ。例えおじさんでも成長する姿を見るのはほっこりするよね。


「……その、それで、ええっと」


「?」


 彼女には珍しく、何かを言い淀むリズ。

 そうして「ああもうっ」と首を大きく横に振ると、揺れる瞳でこちらを見た。


「その、良かったら。これからはあたしたちと一緒に住まない?

 ほら、宿を取るのもお金がかかるし、あたしの家に部屋も余ってるから丁度いいと思うのよ。

 というかティナは絶対そうすべきよ、うんっ」


「ふぇ?」


 唐突な同居の誘いプロポーズに一瞬、思考が止まる。

 やがてゆっくりと動き出した頭に広がったのは、宇宙猫に近しい困惑だった。


 ??? 女の子同士なら、これ位普通なんか?

 わ、分からん。経験が無さ過ぎて判断がつかんってばよ。

 

 ただそういえば元から距離感は結構近かったのか。いきなり宿に押しかけて来たり、一緒にお風呂に入ったりしたし。

 今回のこれも「友達を助けたい」っていう純粋な善意だったりするんかね?

 

 うーむ。正直、首を縦に振りたいところではある。

 確かゲームでは父親の報奨金として毎月とんでもない額のお金が振り込まれていたはずだ。リズの元に潜り込めれば、きっと快適なニート生活が出来るだろう。

 ただ――


「ごめん。わたしはリズと一緒にはいられない」


 俺の目標はあくまで平穏な生活。

 そのためには原作ストーリとの関わりは出来るだけ絶たねばなるまい。

 しかもディックの暗殺という妖魔側の目的が失敗した以上、彼らはきっともう一度ここに攻めてくるだろう。

 その時、今回のように無傷で済む保証はどこにないのだ。


「……分かってるわ。あなたの出自を考えれば、それが難しいことくらい。

 でも実の子供としてじゃなくて養子として引き取るなら、上も認めてくれるはずよ。……それにっ、少なくともあたしはティナの事を家族だと思ってる」


「か、ぞく? わたしが?」


「ええ、そう。

 大切な、もう一人の家族よ」


 目尻に涙をためて、リズが笑う。

 その悲喜交々な表情からして、なんだか一枚絵にでもなりそうな雰囲気である。


 な、なんやこれ、めっちゃいい子やんっ。

 狂犬ちゃんとか言ってたの、どこのどいつだよっ。リズ・カローン。あなたには脳内人気ランキングの二位の座を明け渡します。

 ああーー、これでゲームと関係ないキャラだったらなあ。


 が、頑張れ、俺。可愛い女の子に負けるなっ。

 初志貫徹、俺はこれから親の遺産を使ってギラッド帝国に亡命を――って、あ”。


「っ!!??」


 そうじゃん。俺の全財産、ベルベロの野郎に全部溶かされたんじゃんっ。

 まだちゃんとは確認してないけどあの悲惨な状況からして大した金額も残ってないだろうし……あれ、それじゃあ俺が今すぐにギラッド帝国に行く方法ってないんじゃ? というかそれどころか今日の宿代すら怪しくない?

 妖魔被害の支援金制度とかちゃんとこの国に実装されてる? いやあゲームをやった感じ、期待できなそうなんだよなあ。


「……っ」


 不安そうに眉を寄せるリズの方を見やる。


 一瞬、彼女にお金や護衛の無心をする選択肢が頭をよぎったけど、赤の他人の彼女にそこまで頼り切るわけにもいくまい。

 というか向こうの要求を突っぱねておいて、こっちの希望だけ通そうとするとか流石に業腹すぎるだろっ。

 

 どうしよっかなあ。

 頭の中では今現在の危機的状況と将来的なリスクの二つがグラグラと揺れていた。最初は水平だった天秤もやがては前者の方に一気に傾く。


 ……ま、まあとりあえずはリズの世話になればいいか。

 敵の襲撃が来る時までにお金を貯めて、出て行ったら大丈夫大丈夫。逆に考えるんだ、期間限定の最強の用心棒が手に入ったと。

 

 そう結論付けて頷けば、リズは一気に声音と眉を跳ね上げた。


「これからよろしくっ。ティナッ。

 それじゃああたしのことはこれからリズお姉ちゃんって呼んでもいいのよっ?」


「え?」


「え?」



 ……。

 …………。



「獣王のフーマがやられたか……」


「おお、剣聖さん、つよーいっ」


「フフフ……新四天王のさいじゃ――え。

 フーマは間違いなく最高戦力だったわよね? ど、どうするよの、これっ」


 そこは夜の闇に支配された異界。新四天王と敬愛すべき彼女が集まる会議にて。

 ディック暗殺計画の参謀であったベルベロ・ベロッティは、今回の顛末について報告を上げていた。

 純粋な武闘派としてその一席に座っていたフーマの死んだ事実はやはり大きいらしい。他の四天王のみならず、奥に座る彼女も一瞬だけ動揺を漏らした。

 ただ報告はこれで終わりではないのだ。

 わざとらしく取り乱したフリをするネクベトに呆れながら、ベルベロは続ける。


「はっ。確かに我々は新四天王の一人を失いました。

 しかし、剣聖ディック・カローンは完全に我々の手中に落ちました。それもかつての栄光を完全に取り戻す形で。

 今後は彼がフーマ以上の働きをしてくれることでしょう」


 元々のベルベロの計画ではディックを殺してそれで終わりだった。

 でもティナと呼ばれる操り人形との対話によって、もっと他に取るべき手があったと悟ったのだ。


 それが、ディック・カローンの操り人形化計画である。

 恐らくネクベトは最初からディックを殺し、その死体を操るつもりだったのだろう。人類の救世主という彼の立場を利用して、人類勢力を上手く転がすために。

 しかしそれには彼には英雄に戻ってもらう必要があった。ベルベロの計画とは逆に彼の名誉を守ることが大事だったのだ。


 だからベルベロの動きに介入し、噂の流布を防いだ。

 そして大衆の面前でフーマを倒し、「かつての英雄、ここにあり」とまざまざと見せつけてやった。

 村全体が手中にあると言ったのは、そこにいる彼らが既に彼女の術中に嵌っているという意味だろう。


 はたして本当にフーマを殺す必要があったのか、ディックの死や操り人形化を周りにバレないようどうやってやったのか等疑問は当然残る。

 ただそれでも「人類最高戦力の一角を好き放題に動かせる」という戦略的な意義の重さを考えれば、そんな些事は気にならなかった。


「……しかしこれは全てネクベト様の手腕によるもの。

 是非、褒美は彼女に」


「? ……フフ、そうね」


 意味ありげに笑うネクベトを見て、やはりそうかとベルベロは一人納得する。


 ――最も当のネクベトからしたら(……え、なんでこいつ、急に私に手柄を譲ってきたの。こわい)という感じだったけれど。

 悲しきかな、コミュ障たる彼女はそれを口に出来ない。今までの会議でも適当に「フフフフ」と笑って誤魔化してきた彼女のスルースキルは伊達じゃないのだ。


 ――かくして、誤解は誤解のまま会議は進んでいく。

 一連の報告が終わると、彼らの盟主たる少女――ドロアーテ・アニマ・アウゲスは立ち上がった。

 憎悪の炎をたぎらせて、彼女はその小さな腕を振り上げた。


「ふむ、まあいい。計画は変わらん。

 ――全てはわが父の恨みを晴らすため。頼むぞ、お前たち」


「「はっ」」





 ――――――――――――――――――

 【☆あとがき☆】

 「クソザコTS商人ちゃんは引きこもりたい(願望)」 

 これにて一章完結となります。


 ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました!


 今後については暫くの間不定期で後日談を更新した後、二章を開始する予定です。

 また、少しでも「面白そう!」「期待できる!」と思っていただけましたら、評価や感想いただける嬉しいです。

 それではっ。


 ――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【一章完結】クソザコTS商人ちゃんは引きこもりたい(願望) 水品 奏多 @mizusina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ