19 目論見



「今回はあなたの勝ちです。完全にプランを崩されました。

 ただ次はそうはいきません。この僕、ベルベロ・ベロッティの名に賭けて必ずあなたの目論を越えてみせます」


 頭に青筋を浮かべたベルベロが、火球の矛先を横の押し入れへと変える。


 哀れ、爆散する魔石――もとい、俺の全財産。

 拙者、ちょっと味方アピールをしただけなのに、突然激昂し始めた敵に身ぐるみ剥がされたでござる。


「なんでっ!?」


 いや本当になぜ!? 

 攻撃したってことは、多分俺の嘘がバレたんだよね? だったら一思いに殺せばいいじゃんっ。

 ただの嫌がらせか、ええ? そんなにあの噂が堪えたんか……?

 だとしてもこれはやりすぎだろっ。そんなんだから掲示板で「はああ、ベロカスはこれだから」とか言われるんだぞっ。


「よくもっ、わたしの大事なものをっ」


「ふん。この僕の邪魔をするからですよ。

 ……というか端末を潰してもその状態は解除されないんですね。

 まあいいです。分かったら大人しく――」


「――間に合ったようだな、嬢ちゃんっ」

「くそ、あいつやっぱりティナちゃんの大事なものをっ」

「大丈夫だぜ、ティナちゃん。お父さんとお母さんの仇は俺らが取ってやるからっ」


 とその時、壊れてた玄関から十数人の男たちがドタドタと入ってきた。

 誰? と虚を突かれたのもつかの間、鎧や剣などなかなかに立派な装備を携えた彼らは、ベルベロの周りを取り囲み、自身の得物をベルベロへと向けた。

 交差する殺気。二人だけだった部屋は、一瞬にして戦場の模様を呈した。


 えーと……本当にどちらさんたち? 

 先頭の彼はどこかで見たような気がするんだけど……うーん、思い出せん。

 仇とか言ってるし、例の噂に騙されてきた人たちだろうか? 

 いやだとしても、普通見ず知らずの子供のためにこんな危険地帯に飛び込もうと思わないよなあ。それともこの世界の人間が底抜けにお人好しな可能性が微レ存?

 

「ち、何ですか鬱陶しいっ。

 そこのお前、さっさとこいつらをどうにかしてくださいっ」


「……なんでわたしが?」


「なんでって、それはお前が流した噂のせいで――いや、違う。

 この魔力量の少なさ……まさか彼らもあなたと同じ存在なんですか?」


「同じ、存在……? 多分そう」


「っ。……まさかここまでの大人数を一斉に操作できるとはっ。

 くそっ。おかしいと思ったんですよ。だからあんな下らない噂が――」


 俺たちの前で、ぼそぼそと独り言を零すベルベロ。

 ?? 今の質問は一体? 何で急にみんなの種族を聞いてきたんだろ? 

 まさか人間と妖魔の区別がついてない? いやでも俺のことは最初から人間だってわかってたよなあ……?

 

「おい、ベルベロさんの旦那。

 わけわかんねえことをベラベラと言ってないで、さっさと観念したらどうだ? 

 ここまで近づければ、例え妖魔を呼び寄せようと俺たちの方が先にお前を殺せるぜ?」


「……はあ? 同族の僕を殺す、と?

 まさかこの大切な時期に本格的な内輪もめを始めるつもりなんですか?」


「同族、だって? ち、お前と同じ血が流れてると考えるだけで反吐が出るな」

「フロッグっ。耳を貸すな、普通じゃ考えられないほどのクソ野郎なんだ。

 さっさと殺した方がいいだろ。なあティナちゃん?」


「っ……」


 集まった内の一人に問われ、思わず眉尻を下げる。


 うん、俺だって殺せるなら殺したいよ。

 ネタキャラみたいな名前だけど、「黎銘のフロージア」におけるベルベロ・ベロッティは間違いなく傑物。大国同士の戦争や内乱などありとあらゆる事件に関わり、幾つもの鬱展開を生み出した張本人だ。

 今この場でその芽を摘めるなら、人間陣営にとって大きなアドバンテージとなる。


 でも多分それは不可能に近い。

 ゲームでも、ベルベロを倒すには入念な準備と七面倒くさい手間をかける必要があったのだ。例外はリズなどの耐性持ちのキャラ数人。こんな包囲くらい簡単に抜け出せるだろう。


 ってか、だからこそ今の時間が意味不明なんだよなあ。

 さっさと俺たちを殺しちまえばいいのに、何をためらっているんだ? いやまあありがたいんだけどさ。

 それとも何か俺らを殺せない理由でもあるんかね?


 うーむ、どうやって応えたものかと逡巡していると、忙しなく周囲に視線を送っていたベルベロが大声を上げた。

 胡散臭い瞳が驚愕に見開かれる。


「――馬鹿なっ。フーマの魔力の気配が消えたっ!?

 ありえないっ、まさかそんなっ」

 

 ? あーと、確かベルベロは周囲を魔力を探知できるんだっけ?

 それでフーマの気配が消えたってことは……やったのかっ。俺たちのリズ・カローンが新四天王の一人を倒したっ!?

 マジでナイス、リズっ。ええ、ええ我々はリズの勝利を一遍たりとも疑っていませんでしたとも(手の平クルクル)。


 ……風向き、変わってきたわね。


「計画通り。ベルベロもさっさと逃げた方がいい」


「「っ」」


 にんまりと笑って、早々の退避を勧告する。


 こうなれば後はこっちのもの。リズが妖魔の群れを倒すのを待っているだけでいい。覚醒した彼女なら、ベルベロや他の雑魚妖魔なんて相手にならないのだ。


 だからどうかお願いしますっ。

 ここで「せめて目の前のこいつらだけでも殺そう」とかやけを起こさないでくれいっ。ベルベロの性格だとそれくらいやりそうなんじゃあっ。


 そんな懇願を孕んだ提案に、ベルベロは息を荒げ、鬼気迫る表情を見せた。


「……計画通り、だって? 何を言ってる? 流石にこれはやりすぎだ。あの方の望みに逆らうなんて、本末転倒だっ。

 あなたの目的は何ですか? どうしてこんなことをっ?」


「目、的? ただわたしは、平穏な生活が送りたいだけ」


「馬鹿な、そんなことのためにっ」


「じょ、嬢ちゃん、さすがにそれは優しすぎるってもんだぜ」

「でも、それが他でもない彼女の望みならっ」


 俺の本心からの願いに、動揺するベルベロと彼を囲む村人たち。


 やりすぎとかあの方とか、一体ベルベロは何の話をしてるんでしょうか?

 ってか、なんか今の返答がさっきの質問の答えになってるし。

 村人のみんなごめんっ。みんなが信じてる話、全部嘘だからっ。俺とベルベロの間に因縁何てこれっぽちも存在しないからっ。


「復讐は何も生まない。脅威は去った、彼も十分反省したはず。

 だから……みんなもありがとう。もう解散して大丈夫」


「っ、分かったぜ」


 それっぽいことを言って包囲を解かせる。

 何やら村人のみんなから尊敬が混じった視線を感じるけど、実際はただの保身。

 どうせ何の脅威にもなってないのだから、出来るだけベルベロの心証を損ねないようにした方が得だろうという打算があっての事である。


 気を使われたのか、ボロボロの部屋には俺とベルベロの二人が残される。

 探りあうのような沈黙の後、ベルベロが大きな大きなため息をついた。


「……わかりました。あなたがそのつもりなら仕方ありません。

 僕も次善を求めるとしましょう」


「? どうするつもり?」


「ふんっ、そんなの決まっています。

 敬愛すべき主に報告するんですよ、あなたの行為は明確な裏切りだと」


「……?」


 え? 俺のことをドロアーテに報告するの? なんで?

 混乱する思考。さりとてしばらくすれば、ようやく理解が追いついてきた。


 ベルベロの野郎、俺の「あなたの仲間」発言を真に受けているなっ。

 ははーん。だからあの変な小康状態が続いていたのか。ここにいるみんなが仲間だと思って、その真意を探ろうとして。「同じ存在」ってそういう意味かよ、危なっ、

 ……え、だとしたらさっきの魔石爆破は味方だと思った上での行動だったって事?

 確かにムカついたのは分かるけど……ええー。


 ってか、だとしたらやばいじゃん。

 最初の目論見通りある程度の時間的猶予は確保出来るけど、その分彼らのヘイトを貯めることになる。少なくとも目の前の彼の恨みを買うだろう。

 ただ残念ながら、その認識を改めることもできない。俺が敵だと分かれば、ベルベロの魔法によって一瞬でドカンだ。

 此処が本当の正念場。ほのぼのスローライフのために、せめてドロアーテへの報告だけは止めなければっ。


「……違う、裏切ってない。

 わたしはドロアーテ様の望み通りに動いている」


「はあ? 何を馬鹿なことを。

 この僕は彼女の勅命を受けてここにいるんですよ?」


「えーと……そう。

 今回の結果は大局的に見ればドロアーテ様にとってプラスになる」


「? なにを、いって……?」


 眉を寄せ、不信感を隠そうとしないベルベロ。


 ところで俺は何を言っているんでしょうか? 残念ながら俺にも分かりません。

 ただ俺が目指すのははっきりしている。毒にも薬にもならない無難な味方ポジションだ。いやほんと、俺なんか塵芥にも満たない存在なんだし、そんなに深く考えなくていいと思うよ?


「……フーマの死亡で得があるとしたらなんだ? 脳筋の排除? ディックの消耗? ……ん、いつの間にか新たな強力な魔力反応が増えている? それにディックの魔力にも僅かな変化があるような……。

 元々の素体によって操作した時の魔力の質が異なるのか? 

 だとしたらこれは二人の――はっ。まさか最初からそれが目的で?

 確かにそれができるなら、殺すよりも価値がある。だ、だが……いや違う。そのために噂を流して僕を足止めして――」


 独り言をやめ、勢いよく顔を上げるベルベロ。

 その瞳はさっきまでとは違う、歓喜の光に満ち溢れていた。


「全ては、剣聖ディック・カローンを手中に収めるための布石だったのか?」


「? そ、そうそう。村全体が手中」


 てきとーに話を盛って頷いておく。

 ……てか、配下に収めるとか何の話だよ。ただの人間の俺がそんなことできるわけないだろっ。そして何でお前はそれで信じるんじゃあっ。

 


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