18 魔石



「お、おいっ。妖魔の群れが攻めてきたってっ。どうすんだよ、これっ」

「ど、どうするったって俺たちに――」


 怒号と悲鳴が飛び交う、混沌としたルルーナ村。

 その中を妖魔軍の総参謀たるベルベロ・ベロッティは一人歩いていた。


 三千体の妖魔と新四天王のフーマは既に町に放たれた。フーマの方は運よく覚醒したディックに止められたようだが、大した時間稼ぎにはならないだろう。

 幾つものイレギュラーがあった侵攻作戦もこれで終わり。ベルベロたちの完全勝利で幕を閉じる。


 ただそれでも、今回の結末にベルベロには全く納得いってなかった。

 当然だ。彼女の勅命を果たせなかったばかりか、グスタフとかいう人間どもに散々馬鹿にされたのだ。このまま彼らを見殺しにしただけでは腹の虫がおさまらない。せめて、あいつだけでも自分の手で復讐しなければ。


「はっ。ここですか」


 「るるーなのさと」と書かれた建物の前で、嘲笑を零す。

 見たところ、まともな魔力は持つ人間は宿の周りにいない。これくらいならベルベロでも簡単に制圧できるだろう。


「お、おきゃく――ひいっ」


 前回の訪問で既に彼女の部屋の場所は分かっていた。

 宿の人間を押しのけ、乱暴に階段を駆け上がる。


 ベルベロの身に滾る憎悪は今、たった一人の人間に集約されていた。

 今回のイレギュラーの要因にして、ふざけた噂を流しやがった張本人。その人間の名は――


「漸く見つけましたよっ、ティナ・ルターぁああ」



 ……。

 …………。



「……なん、で、ここに?」


「ふんっ。あの程度の小細工でこの僕を欺けると思いましたか?

 舐めるのも大概にしろよ、人間」


 怒気をまき散らし、ベルベロが土足で俺の部屋に入ってくる。 

 そんな光景を見て真っ先に感じたのは、恐怖ではなく純粋な疑問だった。


 いや本当になんでベルベロがここに? 

 そもそも怒らせるようなことしたっけ? ……ってそうか。


「もしかして、あの噂を聞いた?」


「ええっ。それはもうばっちりと聞かせてもらいましたよっ。

 よくもまああれだけの出鱈目をペラペラと話せたものですねっ」


 顔を真っ赤にして、唾を飛ばしまくるベルベロ。

  

 あかんっ、完全に俺が噂を流したってバレてる奴だ、これぇ。

 ああー、あの従業員さんへの口留めが足りなかったかあ。

 せめて何かてきとーな言い訳をしなければっ。……いやでも、ここから挽回できる策なんて存在するか? 実際、俺が調子に乗って色々話を盛っちゃったのは確かなわけだし……。


 あ、そうだ。ここはお茶目なジョークってことで、流してもらおうっ。


「……面白かった?」


「っ、っ、ああああっ」

  

 ベルベロが地面を杖でたたきつけ、無数の木片が散らばる。

 なんだか子供が地団駄を踏んでいるようでほっこりするなあ(現実逃避)。


 って、あれ? ベルベロってこんなキャラだったっけ。

 ゲームだともう少しクールな性格をしていたと思ったんだけど……全く、誰がここまで彼をキャラ崩壊させたんでしょうかね。


 よし、さっさと逃げようっ。


「おっと、動かないでくださいよ。

 僕には分かります、その身に宿る魔力の脆弱さが。私の魔法を食らえば、一撃でその命を失うでしょう。

 ……ほんと、よくそれでこの僕に歯向かおうとしましたね?」


「……っ」


 杖の先から生み出された火球が、俺の至近距離で蠢いていた。

 ベルベロの明確な殺意を浴びて、ようやく実感が追いついてきた。ここが死地であると。今まさに生命の瀬戸際に立っているのだと。

 胸が早鐘を打ちように騒ぎ、視界が一気に狭まる。


 い、いやじゃっ。この体でやりたいことが沢山あるんじゃっ。

 というかこれで終わりだと、ティナちゃんに転生した意味がないじゃないか。ティナちゃんを幸せにするって、彼女の両親と約束したんだっ(存在しない記憶)。

 何とか、何とかしなければ。


「わ、わたしを倒しても無駄。

 第二、第三のわたしが現れて、お前を殺す」


「はあ? 馬鹿にしてるんですか?

 ただの人間にそんなことできるわけないじゃないですか」


「え、えーと、そう。

 わたしの体には呪いが込められていて、わたしを殺した人間は末代まで呪われることになる」


「だからただの人間にっ……はあ、もういいです。

 僕はあなたに確かめたい事があって来ただけですから」


 俺の口から出まかせにも応じず、淡々と火球に魔力を込めるベルベロ。

 殺意と優越感に満ちた瞳が瞬いた。


「ティナ・ルター。

 あなたは僕の名前をどこで知ったんですか?」


 うーむ、やっぱりそれが気になるよなあ、と納得しかけたその時、頭の中にクレバーな発想がひらめいた。

 彼への答えとなり、自身の保身にもつながるたった一つの冴えたやり方。

 

 俺の口八丁がベルベロに通じるだろうか?

 それは分からない。ただいずれ嘘がバレることになったとしても、彼女に確認するくらいの時間は稼げるはずだ。その間に何とか次の手を考えればいい。どうせ何もしなかったらゲームオーバーなんだし、可能性があるなら試すべきだろう。

 だからどうかお願いします、と祈るように俺はその言葉を口にした。



「わたしはあなたたちの旗頭、ドロアーテ様の味方。

 殺すべきじゃないっ」



 ……。

 …………。



「なん、だって……?」


 ティナから飛び出たその単語に、ベルベロは虚を突かれていた。


 目の前の人間は今、何と言った? 

 ドロアーテ様、とそう言ったのか?


 ベルベロの背中を冷たいものが流れる。

 まるで世界が静止したようにも感じられる中、かすれた声で彼女に問うた。


「……どこでその名を知った?

 いや違う、まさかお前は彼女がどんな立場なのかを知ってるのか?」


「彼女の本名はドロアーテ・アニマ・アウグス。

 人間に討伐された妖魔王の忘れ形見にして、人間に絶対の復讐を誓う者」


「っ……」


 ああ、そうだ。この人間が言ってることは間違っていない。

 だが、だからこそおかしいのだ。

 ドロアーテ様の存在は、その出自ゆえに公には隠されてきた。軍の中でも新四天王や将軍クラスの妖魔でないと知らされていないのだ。かくいうベルベロも彼女に見出されるまでは、人間陣営の発表通り妖魔王の血筋は完全に途絶えたのだと信じていた。


 しかもドロアーテ様は大の人間嫌いで知られている。「この世から人間という種を抹消する」と豪語していたくらいだ。

 そんな彼女がはたして人間の味方を作るだろうか? それもこんなにひ弱そうな、少女の味方を。


 普通に考えてありえないのだ。

 ただの人間の小娘がそんなトップシークレットを知ってるなんて――


 いや違う。目の前のこいつがただの人間じゃなかったらどうだ?

 

『わ、わたしを倒しても無駄。

 第二、第三のわたしが現れて、お前を殺す』


 その言葉通り、もし彼女が複数のうちの一つに過ぎなかったら?


「まさか、お前の魔力量の圧倒的な低さはそれが理由?」


「? 唐突なディス?」


 妖魔と人間はそもそも生物としての構造が違うのだ。その二つを見間違えることはない。

 だがしかし、博識のベルベロを以てしても未知の分野があった。


 生物の生死を冒涜する禁忌の魔法――死霊術だ。

 死霊術師ネクロマンサーと呼ばれるその使い手たちが使役するのは、生物の死体や死骸。

 死霊術で操られた人間は初めて見るが、もし彼女がそうなのであれば、今までの疑問が全て氷解する。ドロアーテの名前を知っている理由も、複数の内の一つに過ぎないといった言葉の意味も。死霊術師ネクロマンサーは基本、数で押し切る戦術を取るのだ。

 呪い云々についても、死霊術だったらそういう趣味の悪い魔法もありそうだ。


 思えば目の前の彼女は最初からおかしかったのだ。

 建物の床と変わらない魔力量とかあまりに低すぎる。

 魔力は基本生きている生物にしか宿らない。彼女は死体という素材ゆえに、こんなか弱い魔力しか持てなかったのだろう。


 そしてベルベロはその使い手にして、ドロアーテという名前を知っている妖魔を一人だけ知っていた。


 ――新四天王の一人、沈黙のネクベトだ。


「あっはっはっ、なるほど、あの性悪女の仕業ですかっ。

 それなら僕の名前を知っていたのも納得ですっ」


「??」


 乾いた笑みと共に、ベルベロは集会でのネクベトの姿を思い出した。

 

 妖魔王の娘ドロテーアのもとに、妖魔の有力者が一堂に会した集会。

 そこでも彼女は常に不敵な笑みを浮かべ、事あるごとに「やっぱり死体は良いわね。絶対に私に逆らわないから」とかほざいていた。

 いかにも根暗っぽかったし、ドロアーテ様以外の誰かと話している事なんて見たことがなかったけれど……まさかここまでするとはっ。


 彼女が操る死体がここにあり、あんな噂を流した理由はただ一つ。

 ネクベトはただベルベロの邪魔をしたかったのだ。自身の主たるドロアーテに目を掛けられたベルベロが羨ましかったのだ。


「そこで見てるんでしょう、ネクベト?

 どうです? この僕に下らない嫌がらせをして、気分は晴れましたか?」


「……??」

 

 ティナとかいう操り人形が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが関係ない。

 ベルベロが話しているのは、彼女の五感を通じて此方を覗いているはずのネクベトに向けて、だ。


「ふん、今回はあなたの勝ちです。完全にプランを崩されました。

 ただ次はそうはいきません。この僕、ベルベロ・ベロッティの名に賭けて必ずあなたの目論を越えてみせます」


 火球を保持したまま、周囲に意識を向ける。


 死霊術は魔石等の媒体を通じて死体を操ると聞く。

 だとしたらこの近くにも、と探ってみれば、押し入れの奥に無数の魔石の気配。恐らくあれが媒体であろう。

 

 味方の手駒を削ぐような阿呆なことはしたくはない。

 だが、これくらいの意趣返しなら許されるだろう。強化した火球を押し入れに向けて射出する。


 衝撃音と爆風と共に、飛散する魔石の破片。


「なんでっ!?」


 まさかベルベロが何の仕返しもせず泣き寝入りすると思っていたのだろうか?

 ただの操り人形たる少女の悲痛な叫びが響いた。


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