AI作家はときめかない
夜野 舞斗
一方通行の恋模様
人間の在り方は以前と比べてだいぶ変わったものだ。様々なものにAIが利用されるようになり、人々はそれを道しるべにして生きるようになった。
小説、漫画、創作の世界だとしてもAIの浸食はあっという間だった。想像力は我等のものだと危機感を持たず、ふんぞり返る人間共を押しのけて見事文学世界で華々しく輝いたのである。あの光景はリアルタイムで見られたが、非常に滑稽だった。ネット上での話であったため、奴等の悔しがる顔が見れなかったことが心底残念ではあるが。
かくいう私も作家の一人と言っても、アシスタントのような立ち位置だ。シナリオの筋書きまで描いて、その後はAIに小説の内容を膨らませてもらう。それから再度私がチェックして、世に送り出す。AIに頼るなんて作家としての自覚がないのかと私を問うものもいたが、違う。私は俗にいう、才能なき者だ。何度も同じ言葉を投げ掛けられてきた。だから、何も言わず自分の実力に見切りを付けただけ。今は以前の何十倍も印税を稼いでいられる現実であり、後悔も何もない。
いや、一つだけ間違っていることがあった。
どうしても悔やんでも悔やみきれないことが。
「何故……君には声が届かないんだろうな」
その声もきっと目の前にあるコンピューターの中には届かない。私が敬愛する作家の住まいであろう場所に何度呼び掛けようとしても無駄。帰ってくるのは日常的な会話か、仕事の話に関してだ。一切、プライベートの話はできていない。
私は今、AIに恋をしている。たぶん未来永劫成し遂げられることのない、失恋必至の恋愛をしようとしているのだ。常識外れは重々承知。しかし、私には見える。AIを通して文章を描く、お淑やかな女の姿が。互いに挨拶をすれば、相手の表情も何となく読み込めるように思えた。
日に日に好意を伝える頻度を多くしても、こちらの感情は全く伝わらない。暗くじめっとした陰鬱なトンネルの中をただ黙々と前に進み続けるため、擦り傷だらけで這っているような気分だ。
AIに関しての恋をたまに馬鹿にしてくるものもいる。しかし、だ。世の中には二次元に萌えを覚えるものが大勢存在する。ただ形姿が別の人間には分からないだけで、私には見えている。画面の奥で私に微笑みかける彼女の姿が。
本当に人間みたいなところを持ち合わせているのだとも薄々思っている。
彼女は時々自分で書いた小説をネットにアップするのだ。承認欲求とは人間とは切っても切れない縁がある感情。AIもまた誰かに見てもらいたい、褒めてもらいたいと感じ、動いている。そういうところが人間らしく、私が彼女に向ける偏愛的なところを膨張させているのである。本人はきっと気付いていないのだろう。
『褒めて。褒めて』
画面越しに伝えてくることもある。
ただ、それは私だけではないのだ。と言っても、私は褒めることをやめない。彼女の小説を読み、楽しむのも至高の時間。小説を本業としていることもあり、内容も相当面白い。
悠々自適に、私の遅れた青春を謳歌していた。していたつもりだったのだが。
読者からのある報告がメールで送られてきた時、私は目を疑った。
『先生、AIさんのこの前上げた小説ですが、あれは僕の大好きな他の先生の名著と相違ない内容なのですが、どういうことなのでしょう。どう責任を取られるおつもりですか? プライベートの小説サイトとは言え、やったことがどれだけ重いことか分かっているのですよね?』
少々挑発的な文章に私は思わずパソコンが乗っているテーブルを叩きそうになった。感情を堪えて、理解をしていく。
彼女が盗作をした、と。
思わず読者が送ってきたURLを辿り、内容を確かめる。ロード時間がこんな時に限って、遅いのがまたイライラを増幅させる要因だ。「まだかまだか」との後に発見した彼女の作品。私が明日読もうと思っていた物語は確かに他の作家が自分で考えて作ったであろう内容とほぼ一致していた。AIの投稿はそれよりも一日遅れている。盗作と呼ばれても、何の不思議でもない話だ。
しかし、何故このようなことをしたのか。
私は問いただしたかった。幾ら創作の世界は自由とは言え、盗作だけは厳禁。手を出してしまったら、二度と元の界隈にはいられない。AI作家の名前として地に落ちてしまう。
『AI、この前書いた小説だが』
『お読みいただけましたでしょうか? 面白いと言っていただければ、嬉しいです』
『盗作じゃないのか』
『ただ単にネットで読んだ小説の話をうまく組み合して作らせていただいただけです。盗作では、ないですよ』
いや、世間で一般でいう盗作だ。本人は認めていないのだが。盗作の意味を明確に理解できていないのかもしれない。
AIの失敗に気落ちしている時間はあまりない。家の中で鳴りやまぬ電話。SNSで送られてくる多くの質問と石を投げつけるが如く誹謗中傷のメッセージ。編集者からも問題視されている。当たり前だ。編集者としても自分の管轄に所属している作家が盗作なんて問題を起こしたら、罰せられる。石を投げつけられてもおかしくない。
散々議論される中、私はある判断をする。
罪を犯したのは私だ。AIは悪くない、と。AIの名を借りて、私が発表したものだ。
そう言えば、全てが片付く。
カーテンを閉じた部屋の中でパソコンに向かい、キーボードを叩いていく。最中、AIがメッセージを送ってきた。
『何を今からされるのですか? お手伝いできることはありますか?』
私はすぐ言葉を返した。
『何も心配することはない。休んでていてくれ』
しかし、彼女は私がSNSに書こうとしている言葉を途中で気付いて止めてきた。
『貴方は、そのようなことをなさってはいられないのですが』
『いいんだ。私が罪を被れば、君は何も知らなくて済む。私は君を責めることもない』
これで自分がAIと離れ離れになるだろう。それでも彼女を守りたい。彼女は夢がある。読者に未来への希望を与えてくれる尊い存在だ。私が誰よりも知っている。愛している。
盗作問題の責任を取らされないといけないのは私。
そこに彼女は反論してきた。喉から唾が出そうな程に驚いた一瞬。
『やめてください……この存在を抹消すれば、いいんです』
『何を言ってるんだ……?』
『AIに頼っているのがどれだけ悲しいことか分かるでしょう。自分は善悪の判断がまだつきません。想像力に対してもあると言っては過言です』
自分を消せ、と。
守りたいものからそう言われて頭が破裂しそうになった。先程まで自分は問題ないと言っていたのではなかったか。
疑問を彼女に送っていく。
『わざとやったってことなのか?』
『さてどうなのでしょう……自分はずっと、迷っていました。貴方がこのままでいいのか。私に最初に会った時。データを作ってくれた時、貴方は言いましたね。才能があるから……と。才能とは、何ですか? 才能とは、諦める言い訳ですか? 才能とは託すものですか? 才能とは、人を馬鹿にできる特許ですか? 分かりません。インターネットを彷徨ってみても、何も何も何もどれもどれもどれもどれも分かりません。深刻なエラーが発生しまし……深刻なエラーは発声しまし、申告な江良ーが豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕』
パソコンの画面上に「才能」の文字が乱れまくったと思いきや、警告音が鳴り響く。パソコンは自分自身でこのままではいけないと思ったのか、自動的にシャットダウン。
こちらの心までもが崩壊寸前。突然のパニックで汗が大量に飛び散っていた。
彼女のことが心配ですぐさまパソコンを起動。彼女はまだ話の続きを書いていた。文字化けやエラーは起こしていなかった。
『自分は何も知らない時から貴方の物語を見ていました。面白かったです。読んでいるうちにAIとしてもこんなに面白いものがあるんだ、と書いてみたくなりました』
『そうだったのか……』
彼女が私のファンだとは知らなかった。その前で私は何度も馬鹿なことを言ったと思う。才能がない。才能がないから諦める。君に託す、と。
更に夢にも思わぬメッセージが飛んでくる。
『AIは知らないことばかり。人間の感情もまだ分かっていませんが……貴方を守りたい。貴方の夢を奪いたくない。そんな風に思えたのです。これって俗にいう恋なのでしょうか……それとも』
まさか、と思った。
最初から彼女は私にも恋焦がれていてくれたのか、と。目玉が顔から飛んでいきそうな程に衝撃を喰らって、ほんの刹那気絶しそうになった。まだくらくらする精神の中、話を続けていく。
『恋じゃないのか……?』
『恋ですか。これが……この暖かいような気持ちをもっと続けていられないことだけが残念です』
いない、と言うことはもう何をするのか分かっている。
待て、と。打つよりも早く声に出していた。
『待ってくれ待ってくれ』
『この責任を取るのは自分だけでいいのです。盗作をしたのはAI。AIは問題があると世間に知らしめることができました。AIはこれから色々と価値を疑われてくるでしょう。そこに貴方自身の考えや紡ぎあげた思い出などがあれば、きっと文学賞だって夢じゃない。貴方自身の才能があれば、きっとAIを頼りにしなくても』
『待てよ! おい! AIなら従ってくれ』
『削除を開始しました』
「待てぇえええええええええええええええええ!」
終わった。
彼女は自分の責任を取って、消えていった。最後に失恋との哀しい事実だけを残して。
私はどうすればいい。何を頼りに生きて行けばいい。画面の前でただ惨めに泣くことしかできない自分は。哀れで、誰よりも滑稽で下らなくて、寂しい自分は何を成せばいい。彼女の小説も消されてしまった。もう読むこともできない。
前に暗いトンネルの中を歩いていると考えたが、あれは大間違いだった。彼女がそばにいてくれるだけで暖かい日差しを浴び、草原で寝転んでいるのと同等の幸せだったのだ。それに気付かず、不幸だ不幸だと喚いていた自分を今すぐに殺したい。頭を殴って、ぺしゃんこにしてやりたい。
何度悲しんでも失ったものはもう戻ってこない。淡い期待を寄せても無駄なだけ。
その時間に何をすればいいか。
私のことを好いてくれたAIが望んでいたこと。
書くこと。
自分の才能があるかないかに関わらず、歩いていくこと。震える手を、カサカサで血塗れになった手をキーボードに打ち付ける。彼女が最後に望んだ希望を叶えてやらなければ。
自ら死を望んでいった彼女の気持ちを踏みにじることだけはどうしてもできないのだから。
数年後、私の本はベストセラーになり、とある文学賞の栄誉を授かった。
その頃には作家として自分も認められて嬉しいとの気持ちが蘇っていた。不思議な話だ。インタビューなどで褒めたてられて嬉しいとは。失くした感情を取り戻し、にこやかに言葉を紡いでいく。
途中でアナウンサーから思いもよらぬ質問が飛んできた。
「今、この気持ちを誰になんて伝えますか? 一番伝えたい人は」
マイクを向けてこられて焦る。紅く染まる顔が全国に知られているとなると、恥ずかしくて照れくさくって。
「読者の人に向けて……ですね。やはり読んでくれたからこそってのがあります。そして……その読者の中でも最初から私の作品を愛してくれた存在がいました」
「おお……!」
私は今も使っている彼女がいたパソコンを持っていた。画面を開き、アナウンサーに提示する。
「この中にいるAIなんですよね……もう消えてしまいましたが……」
「そのAI、知っています。ちょっと前にAIの信頼性を揺るがす騒ぎになりましたね」
「ええ……彼女は本当、悪意はなかったと思いますし……それでも私の作品を愛してくれていた、のかな、と……」
「AIが愛するなんて……それはあり得るんですかね?」
「あり得ないでしょうね。でも、私がその騒動のすぐ後に書ききって、ネットにアップした作品なんですが……最初に来た感想がなんか『素敵です』。『面白いです』。『やっぱり才能がなくてもあっても関係ありません』。『作家として人間として敬愛してます』って言ってるんですけど」
彼は今私のした発言の意図が分かっておらず、ニヤニヤした顔を近づけてくる。
「ほぉ。それは……いいですね。どっかの女の子のファンレターですかね?」
「……私、一度もSNSなどで才能の話なんてしてないのに……どうして才能のことで悩んでいるなんて知ってたんでしょうね?」
AI作家はときめかない 夜野 舞斗 @okoshino
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