凩の踊り子
斐古
凩の踊り子
青く澄み渡る青空。掃除の開始を告げるチャイムが鳴り響く。私は一輪車に掃除用具一式を乗せて裏庭へと向かう。
ここは木々が生い茂る裏庭。春は花が咲き誇る姿が美しく、夏は深緑の葉が風に揺れて心地いい。
そのため秋になると落ち葉が多く、集めても集めてもきりがない。さらに田舎ということを差し引いたとしても、自然豊かなこの裏庭にはもちろん虫もたくさんいる。おかげさまで理科の校内動植物観察で使う以外、この裏庭は誰も近寄らない。
しかも校舎から少し距離があるというおまけ付きであるため、生徒たちからはダントツで不人気な掃除スポットだ。
だからこそ、そんな不人気な掃除スポットである裏庭に私は自ら志願した。
別に私は虫が苦手というわけではない。それに校舎から少し離れているだなんて、私がこの裏庭を志願した理由に比べれば些細なことでしかないのだから。
私は裏庭に生えてる木々の中へ
一輪車を止め、軍手をはめる。そして掃除用具一式の中から竹箒を取り出し、近くの落ち葉を集める。
――――サッ、サッ……。
――――カサッ、カサッ……。
竹箒と地面、そして落ち葉が擦れる音がこの裏庭に響く。
――――サッ、サッ。
――――カサッ、カサッ。
今この広い裏庭には、私以外には誰もいない。
――――サッ、サッ、サッ。
――――カサッ、カサッ、カサッ。
本当はたくさんの生徒や先生が居るはずなのに、今ここに居るのは私だけ。
――――サッ、サッ、サッ。
――――カサッ、カサッ、カサッ。
この特別感が、時間が。
――――サッ、ササッ、サッ。
――――カサッ、カササッ、カサッ。
私はたまらなく好きなのだ。
――――サッ、ササッ、ササササッ。
――――カサッ、カサカサッ、カサササッ。
気分は徐々に高揚し、落ち葉を集める竹箒も自然とリズムにのる。
――――サッサッ、サササッ、ササッ。
――――カサッカサッ、カサカサ、カサッ。
私はただ裏庭を掃除しているだけなのに、こんなにも楽しくて仕方がない。
――――サッ、ササッ、サササ、サッ。
――――カサッ、カサ、カサカサ、カサッ。
そうしているうちに、落ち葉の山が出来上がる。私はその落ち葉の山を一度、一輪車へ乗せようと手を止めた。その時だった。
――――ヒューン!
突風が吹き抜ける。突然のことに私は、両目を閉じる。風はすぐに止んだ。一瞬のことだった。
両目を少しずつ開けて周りを見回す。そこは変わらぬいつもの裏庭。しいて違うとしたら、せっかく集めた落ち葉が先程の突風で全て四方に散ってしまったこと。そして突風によって木々から離れた、
私は一つ小さなため息をついては、再び落ち葉集めをする。
――――サッ、サッ、サッ……。
――――カサッ、カサッ、カサッ……。
落ち葉の音色が心地いい。
――――サッサッ、ササッ。
――――カサッカサッ、カササッ。
先程と同じく、私はリズムにのって落ち葉を集める。
――――サッ、ササッ、サッ。
――――カサッ、カサカサッ、カサッ。
そうして本日二度目の落ち葉の山が出来た。私は一輪車へ乗せるために手を止める。
――――ヒューン!
再び突風が吹き抜ける。案の定落ち葉の山は四方へと散らばり、落葉の景色が広がる。
不思議に思いながらも「二度あることは三度ある」という。このままではきっと、落ち葉を集めたところで三度目の突風が吹いて私の努力は水の泡だろう。私は「どうしたものか」と考える。ふと、とある伝承を思い出した。
それはこの地域に昔からある伝承で、この時期になると山から天狗様が下りてくるという話だ。天狗様はイタズラが好きで、今みたいに突風を吹かせたりするのだという。
もし天狗様にイタズラをされているのだとしたら、二度の突風も頷ける。そうだ、きっと天狗様のイタズラに違いない。
そう思うと、天狗様にしてやられてばかりなのは少し不愉快である。そこで私は、天狗様に一泡吹かせようと考えた。
普通なら、ここは恐怖するところだろう。だが私は今、恐怖心よりも好奇心が勝っているのだ。
何せ私は、生徒たちからダントツで不人気なこの裏庭に自ら志願する変わり者なのだから。
私は考える。いかに天狗様に「あっ」と言わせるか。考えた末に、あることを思いついた。
そしてそのために、私は一芝居打つことにした。
「あーどうしよう、大変だー。さっきから突風が吹いてきて、落ち葉がちっとも片づかない。このままじゃ先生に怒られてしまう。どうしたものかなー」
私がわざと声を大きくして言うと、どこからかサワサワと風が吹く。これがもし天狗様なら、困ってる私を見て笑っているのだろう。
なので私は、さらにこう続ける。
「でもそうだなー。前に吹いた風は、こんなものではなかったなー。それに比べたら、まるでそよ風のようだ」
すると今度は、ザワザワと少し荒い風が吹く。ちょっと怒らせてしまったかもしれない。
「でもそれは去年の話だったかなー。だとすると今年はまだ、あの時のような突風は経験していない。今年も落ち葉一つ残らなかった、あの時のような突風は吹くのだろうかー」
そう言って私は、舞台役者のように空に向かって手を伸ばす。しばらく待ってみたが、天狗様からの反応はない。さすがにわざとらしかっただろうか。
もう少しで掃除の時間も終わってしまう。仕方がないので、少し落ち葉を集めたら片づけよう。そう思った時。
――――ビュゥゥゥウウン!
さっきとは比べ物にならないくらい、強い風が吹いた。私は思わず両目を閉じて、両腕で顔を隠す。立ってるのもやっとなその風は、十秒ほど経って止んだ。
私は恐る恐る目を開け、両腕の隙間から様子をうかがう。
「わぁ……」
あんなに沢山あったはずの落ち葉は一つもない。かわりに赤色や黄色、茶色の
私はつけていた軍手を外すと、この開けた裏庭の中心へと立つ。そして心のままに、感情のままに踊る。
舞台は学校の裏庭。
演出の紙吹雪は
天井は澄みきった青い秋空。
照明は木々の隙間から溢れる斜陽。
音楽は風や落ち葉、木々の擦れる音。
観客はどこからか聞こえてくる動物たち。
私は踊った。指の先から、足の先まで。私を形作る全てに、今の私の感情を乗せて。
あぁ楽しい、楽しい。こんなにも楽しい掃除の時間は、生まれて初めてだ。
もっと、もっと楽しく……。
――――キーンコーン、カーンコーン……。
掃除時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、私は我に返る。
「そうだ、掃除……」
結局、掃除という掃除は出来ずじまいだった。天狗様と張り合おうとしたから、バチが当たったのかもしれない。
肩を落としながら掃除用具を片づけていると、何かが頭の上に落ちてきた。落ちてきたものを拾ってみると、それは裏庭には生えていないどんぐりだった。
すると、頬をなでるような優しい風が吹きぬける。振り返ると先程まで舞っていた
私は伝承を思い出した。
天狗様はイタズラが好きで、たまに突風を吹かせる。他にもお酒が好きだったり、お祭りが好きだったり。――踊りが好きだったり。
天狗様は自分が満足すると、時折お礼をするのだという。もしかしたら、このどんぐりや落ち葉の山は、天狗様なりのお礼なのかもしれない。
そう思うと、私は嬉しくなった。
私はスカートの裾を軽く持ち上げ、落ち葉の山に一礼する。
天狗様、天狗様。
また会う時は、一緒に踊りましょう。
凩の踊り子 斐古 @biko_ayato
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